第689話.行ったり来たり
俺はひたすら廊下を行ったり来たりしていた。
深夜の2時。
病院の中は薄暗くて心細い。頼りになる明かりもスマホとエレベーターホールの明かりくらいだ。
クッション性の低い座席は座っていて辛いので、こうして歩いて時間を潰す。
蒼の陣痛が始まったのが1時間ほど前の話だ。ちょうど今日が予定日にあたる日だったので、救急車を呼ぶ準備ができた状態で過ごしていたため、迅速にこうして病院に辿り着いている。
救急車の中では蒼のしんどそうな声が響いていた。俺の手を潰れそうなくらいに本気で握っていて、その強さが蒼の痛みを間接的に伝えてくるようだった。いや、実際はもっと辛いのだろう。
変わってやれるなら変わってやりたい。そういう言葉がある。まさかこうしてその言葉の重みを感じるとは思わなかった。蒼が頑張っている間、俺はこうしてぐるぐると回るだけしか出来ない。産まれるまでは個人差が生じるからいつそれが終わるのかも分からない。
時間だけが過ぎていく。
蒼はまだ戻ってこない。苦戦しているようだ。
当たり前だ。初めての出産で、それが双子なのだ。順調にいく方が遥かに珍しい。
さすがに時間も時間だ。いくら緊張状態が続くと言えど体は休まろうとする。分娩室前にある座席に座るとすぐに寝てしまいそうだ。だから俺はトイレに入って顔を洗っては起き続けるためにひたすら歩く。
廊下の先にある窓。そこから見える景色。
先程まで夜の闇に包まれていた空が段々と青く見え始めた。日が昇りだしたのだ。
「朝か」
蒼が運ばれてから5時間。
まだかまだかと待ち続けた先で看護師の方が俺を呼びに来た。
「終わりましたよ」
「……っ!!あ、蒼に!会いに入っても大丈夫です……か?」
「えぇ、もちろん。あ、でも生まれたばかりのお子さんもいるので消毒だけは念入りにお願いしますね」
そう言われると俺は大きく頷いて手を消毒し、マスクをつけた。
中に入ると多量の汗をかきおでこに髪の毛がぺたりと張り付く蒼の姿がある。サイドに子供が寝かせられていた。
「……あ、刻……おまたせ」
命を燃やして疲れているだろうに、蒼はにへへと笑って俺の事を手招きしてくれるのだ。
「ねぇ、見て。この子達、とっても可愛い」
そう言って笑う蒼の姿があまりにも愛おしい。
宝物を愛でるように蒼は人差し指で2人の子供の頬を優しく撫でる。
「ほら、刻もこの子達のこと、触ってあげ……わぶっ」
蒼の言葉を聞くより先に俺は蒼のことを抱きしめていた。どうしたの?と蒼は聞くが、俺は正直何かを話せる状況じゃない。さっきから涙で前がよく見えないし、鼻が詰まって声も出しにくいのだ。
けれど、これだけは伝えないといけない。
「……蒼、俺との子たちを産んでくれて本当にありがとう。それと、お疲れさま」
第689話終わりましたね。刻も蒼も親になりました。高校生の青春模様を描いていた本作、終盤は大人になった彼等たちが見ることが出来ますので最後までお楽しみください。
さてと次回は、25日です。お楽しみに!
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