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第621話.カフェでのバイト

 新しく始めたカフェ黒木でのバイト。

 ここ一年近く通い続けたおかげでマスターとも顔馴染みだったので、面接はするすると進み採用に至るまでそう時間は要さなかった。

 そうして私が白のカッターシャツに黒のパンツとエプロン姿でこうやって働き始めることができたのだ。

 大まかなバイトの動きというのはお客さん時代の一年を通してみっちりと見てきたつもりだ。なので裏の作業以外は大方何をすればいいのか分かっている。バイトの先輩も私の事は認識していたらしく仕事の飲み込みも比較的早い方だと喜んでくれた。

 そんな感じで最初は教えながら色々と作業をしていき、慣れた頃にはもう大方1人でこなせるようになってきた。それにマスターが常駐しているのでいざとなればマスターを呼べばいい。

 学校が自由登校の今、私は平日のお昼からシフトに入ることも少なくない。ただ平日の昼間となると世間は絶賛稼働中なわけであって、カフェに訪れるお客さんもそうそういないのだ。ママ友同士のお茶会であったり、マダムの至福の時を彩る場所だったり、商談の交渉の場だったり。人は来れどその数は多くない。必然的に暇な時間も多いのだ。

 そういった時は私はカウンター席に座ってマスターの淹れるコーヒーを楽しんだりしている。大前提として私はこのカフェのファンなのだ。こうやってコーヒーを飲むだけでも十分満足。その上お給料も出るのだから最高という他ないだろう。

 にしても今日は一段と人が来ない。


「雨、止みませんね」


 窓に打ち付ける多量の雨粒。

 目の前を通るアスファルトの道路も雨ですっかりと黒く染ってしまった。

 傘をさして歩く人も少なく走る車もそう多くはない。この街から人が随分と減ったような感覚に陥る。

 カフェの中で響くジャズミュージックが妙に虚しくて、コーヒーの苦さがそれを余計に際立たせたような気がした。


「これはどこでも聞くような言葉ですが、私の好きな言葉でしてね、止まない雨はないというものがあります。基本はなにか困難などを雨に例えて使う言葉ですけど、当然本物の天気にだって適用できます。だから、今はこうして強く降りつけていますけど、明日にはきっと晴れますよ」


 マスターはそう言いながら温和な笑顔を浮かべた。



✲✲✲



 結局今日の雨は天気予報を見る限り明日まで止みそうになく、むしろ強まるようだったので早めに閉店することになった。

 私はマスターと閉店作業をしてから上がる。


「お先に失礼します」

「はい、お気をつけて」


 打ち付けるスコールのような雨から傘で身を守りつつ私は歩いて阪急御影駅の方に向かう。そこにさえたどり着けばあとは電車のバスでほとんど濡れずに家まで帰れるのだ。

 交通費も支給してくれるからやはりこのバイト先は素晴らしい。そう思った今日の午後なのである。


第621話終わりましたね。一応補足というか認識を正すために。今回の一人称視点は華山のものです。大方の人は分かっていたとは思いますが念の為。

さてと次回は、10日です。お楽しみに!

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