第609話.コードネームブロッサム
血なまぐさい世界で生きてきた。
ノルマを達成するのが当たり前の世界。けれどそのノルマを達成しても次のノルマで死ぬ可能性がある厳しい世界。
「……ターゲットの削除、完了しました」
「了解。コードネームブロッサム、帰還後話がある。アジトに寄っていけ」
「……話、ですか?」
「あぁ。そこに長居されたらしっぽを掴まれるやも知らんからな、早く戻ってこい」
「分かりました」
幼少期から年齢に見合わない超負荷のトレーニングを積まされてきた。そのおかげか、私の身体能力は同世代の一般平均と比べた時随分とかけ離れたものとなっている。
瞬間的な速さは陸上選手以上の速度で走りだし、格闘スキルは様々な分野に武術に精通することでどんなターゲットでも確実に仕留めてきた。
またナイフ術や、ハンドガン。遠距離からのスナイプなど、とにかく人を殺す術は最高レベルにまで仕上げている。
もちろん勉学だって疎かにはしていない。咄嗟の判断は意外と中学、高校の知識だけで何とかなるものだ。おかげで街中に潜む時も女子高生に扮して同僚とそれっぽい会話をしながら気付かれないようにするなんてこともざらだ。
「けど……普通の高校生活ってのは、知らないなぁ」
アジトに戻り上司と対面する。幼少期から私に全てを叩き込んでくれた親代わりであり師匠のような人だ。
「ただいま戻りました。それで、話とは?」
「あぁ」
パソコンを見ていた上司はメガネをデスク上に置き、立ち上がると私に近付いてくる。
さすが私の上司だ。相手に警戒心を失わさせるような柔和な空気をまといながらも、一切の隙がない。その所作一つ一つが命を刈り取る決定打になりそうだ。
改めてこの人のやばさというのを肌で感じていると知らぬ間に私の目の前まで迫っていた。
「単刀直入に言う。コードネームブロッサム、今日からお前は数年間にわたり休養期間とする」
「はい、今回もミッションを遂行し……え、休養?」
「あぁ、休養だ」
冗談を言っているとは思えないほどに真っ直ぐ真面目な瞳。長年この人を見たからこそわかる、その言葉の真実性。だが、それが逆に私の中で違和感を生み出す。
「なんのための休養でしょうか。私は特にミスも犯さず、ミッションも完遂してきています。それをなぜ数年間も休養にするのですか」
そう尋ねた私の言葉に上司は少し顔を歪ませて申し訳なさそうにした。
「……ブロッサム、お前が路地裏に捨てられていた孤児の話はした事があるな」
「はい。上司が雨降りしきる中拾ってくださったと」
「あぁ。それは紛れもない真実だ。そして、そんなお前を私は人殺しのプロに育ててしまった。それが正しいか正しくないかで言えば間違いなく不正解なのだろう。親の愛情なんて分からないし、私はあくまで躾ではなくお前には訓練しかつけてやれなかった」
いつもよりも感情の籠った声。
初めて聞いたかもしれない。
「けれど、お前はまだ若い。人間の生を一番謳歌出来る若い時間を人殺しになんて割くほど無駄なことはない。だからこそ、ブロッサム、お前にはこれから普通の女子高生として暮らして欲しい。この世界を見てきて欲しい。本来あるべき血なまぐさくない、綺麗な世界を」
そんな声がなぜか遠のいていく意識下で微かに聞こえてきた。
次に目を覚ました時は私が拠点とするマンションの一室だった。
「首に腫れたあと……麻酔銃でも撃たれたのか?」
おそらく私ですらも気が付かぬうちに打ち込まれていたのだろう。であればこの状況とこの後に辻褄が合う。
私はベッドから起き上がりどうしようかと上司に連絡するが繋がらない。代わりに一通のメールだけが残されていた。
『お前の転入する高校は既に決まっている。2日後が初日だから必ず行くように。それと、その場で通すお前の名前もテーブル上の書類に残しておいた。しっかりと確認しておくように。休養が終わる時期はこちらが判断する。その時が来る一月前にはメールをするので必ず確認するように。それと、お前の保護者役を隣に住まわせている。金銭関係はお前の口座からでも余裕で出せるだろうが、ここは偽装家族として保護者役に払わせるように。何気にするな。ちゃんとその分の金は私が用意したものだ。気兼ねなく使うようにな。それではまた次のミッションで』
普段の暗号だらけのメールとは違う、純粋なもの。
一通り目を通し終えた後に、私は書類にある自分の名前を見た。
「桜崎澪」
どうやらこれが私の名前らしい。
✲✲✲
ベッドの上で熱心に漫画を読む蒼。
今日買ったばかりにも関わらず、面白くてどんどん読み進めているようだ。
当たりの作品を引けて良かったなと思いつつ、俺の方にももう少し構ってくれてもいいのではないかと少し寂しい気持ちにはなる。が、こうやって楽しそうにしている姿を見るだけでも幸せな気持ちにはなれるのだ。あまりわがままは言わないでおこう。
第609話終わりましたね。コードネームブロッサムですって。かっこいいですね。桜崎の桜から来てるんでしょうね。作者は安直ですから。
さてと次回は、17日です。お楽しみに!
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