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第580話.カプレーゼ

 扉を開けて中に入るとカウベルが鳴る。その音を聞き付けた店員さんが店の奥から出てきた。予約していた鏡坂だと伝えるとすぐに席に案内してくれる。

 店内は暖房が効いていて暖かいので着てきたコートはすぐに脱いだ。近くの壁にハンガーが掛けてあったのでありがたく使わせてもらうことにする。

 にしてもこの店の雰囲気はなんというか非常に穏やかだ。店内を照らす電飾が暖色系の色が理由の一つでもあるだろうが、もう少しは店内に流れているBGMだろう。流れるようなピアノサウンドで聞いていて非常に耳心地がいい。寝る前に聞けば睡眠導入剤としての役割も果たせそうだ。

 案内されたテーブルの端にはメニュー表が立てかけてある。手に取り中身を開くとどれにしようかと話し始めるのだ。


「イタリアン系だからねぇ。パスタとかピザとかなんだか色々あるけど、何がいいんだろ」

「うーん、せっかく普段来ないお店に来たわけだし、普段食べないようなのがいいんじゃない?ほら、このカプレーゼとか。美味しそうでしょ?」

「あぁ。確かにそうだな。量的にもいい感じだし前菜的な立ち位置で注文しておくか」

「うん、そうしよ」


 店員さんを呼びひとまずカプレーゼの注文を済ませる。あとはそのカプレーゼが届くまでにメインを決めてしまいたいところだ。

 学生にも手が届く価格帯にも関わらず、提供されるのは本格イタリアンの絶品料理。ここに来たからには本場というか、本物の味というのを楽しんでおきたいものだ。となると、普段食べることのないものは勿論なのだが、普段食べるものでも少し気になるというもの。カルボナーラなんかは俺が作る時の参考になるやもしれないしな。


「へ〜、お酒に合うメニュー欄もあるよ」

「どんなのがある?」

「生ハムとか。カプレーゼもそこに分類されてるね」

「ふーん。ま、俺達は未成年なのでお酒は飲めませんけど」

「気分だけ酔っちゃう?」

「カプレーゼで?」

「うん、カプレーゼで」

「難しいこと言うなぁ」


 なんてことのない、中身の無い会話をしながらも、俺達は順調にメインディッシュを何にするのか絞っていく。

 結局最終結論として出たのは俺がカルボナーラで蒼はグラタンだ。俺は案外サクッと決めたが、蒼はギリギリまでパニーニと悩んでいた。パニーニとは言ってしまえばサンドイッチのようなもの。パンで食材を挟んだ見た目で、見てもらえばサンドイッチと何ら変わらない事がわかる。蒼が選ばなかった理由は軽食感が強かったのと、美味しいグラタンが気になって仕方がなかったからのようだ。

 カプレーゼがしばらくしてから届いてその際に店員さんに追加で注文をする。


「わ、美味しそう」

「だな。普段食べない系統だから新鮮だな」

「うん。でも、頑張ったら作るのは案外いけそうだね」


 料理好きの蒼からすればカプレーゼもまた研究の対象のようだ。

 どう食べるのが正解なのか、初めてがゆえに分からないが、初めてなりに楽しんでみようと思う。

 モッツァレラチーズとトマト、そしてオリーブオイルの黄金比による組み合わせを保ちながら口に運ぶ。中に入れた瞬間ふわりと香るオリーブとトマトの瑞々しさ。何よりモッツァレラの風味が最高だ。ミルクの風味が濃く出ているのか非常に癖になる。確かにこういった少し濃い味はお酒に合うのかもしれない。

 お酒が飲めないなりに実際に味わってそう思った。

 蒼の方も見てみると俺以上にカプレーゼを楽しんでいる。食材一つ一つの特徴や、胡椒などのアクセントも細かく舌で見ているのだろう。

 カプレーゼの想像以上の味わい深さに感嘆しながら、名残惜しくも最後の一口を食べ終える。

 前菜でこれだけのインパクトだ。メインとなるとさらなる衝撃が走ることだろう。

 自らハードルを上げながらも、易々と超えてきそうな布陣に俺は思わずニヤリと笑ってしまうのだった。


第580話終わりましたね。カプレーゼですよカプレーゼ。えぇ、作者食べたことありません。なんで無いのに書いてんだって話ですけど、美味しそうだったものでつい書きました。いつか食べてみたいですよね。

さてと次回は、20日です。お楽しみに!

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