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世界の裏の魔法則  作者: 初日
第六章 編入
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「……うぅ……胃が痛い」

「緊張するな……っていっても無理か。

ま、ここまできたらなるようにしかならないさ」

「なあ、それって励ましてるのか?それとも突き放してるのか?」


 悠夜はいつも通りの、梓はいつもよりかなり硬くやつれた顔で狩人育成学校の門をくぐり、試験教室へ向かう。

 毎年編入試験を受ける者はかなり少なく、一人もいないことも珍しくない。

 狩人育成学校はたいてい一つの街に一校しかないので、違う街から引っ越してきた者ぐらいしか編入試験を受けないが、この世界で違う街へ引っ越すのは、悠夜の元いた世界とは比べ物にならないほど手間や金が掛かるからだ。

 今年は悠夜と梓の二人だけらしく、試験教室に入ると机と椅子が二人分しか用意されていなかった。

 悠夜と梓が席に着いて、事前に借りておいた桜の「何度も読み直した所為でヨレヨレになった教科書」と一葉の「雑に扱った所為でボロボロになった教科書」の最終確認を行っていると、教室に試験官らしき人物が入ってきた。

 見た所「戦闘員」というより「学者」といった印象を受ける痩せ型の中年男性だ。


「本日筆記試験の試験官を務める浅田邦久あさだくにひさだ。早速だがもうじき時間なので教材を仕舞ってくれ」


 座学の教師っぽいな。などと試験官を観察しているうちに試験が始まった。






「(緊張してた割には、それなりにできてそうな感じじゃないか)」


 悠夜は少し離れたところに座る梓の様子を見て安堵する。

 視線の先では、梓が真剣な表情で問題に向き合っていた。

 勉強を始めて間もない頃、図書館で何度か行った模擬試験では


1、禁断の書カンニングペーパーに手を出す

2、神のお告げ(鉛筆転がし)に頼る

3、諦める


の三択だったのが、よくここまできたものだ。


 悠夜は梓の成長に少しばかり感動しながら問題に向き直った。






「筆記試験はこれで終わりだ。実技試験の開始時間までには、訓練場に移動しておいてくれ」


 悠夜と梓から答案用紙を回収した浅田がそう告げて、教室を出て行くと梓が机に突っ伏した。


「つ、疲れた……」

「大丈夫か?」

「……たぶん……」


 デキはまあまあといったところだろうか。


「とりあえず、あとは実技頑張れ」


 もし筆記試験の点数が悪かったなら、次の実技試験の点数でカバーしなければならない。

 悠夜は梓を促して教室を後にした。






「よし、これより実技試験を開始する。私は君達の相手役を務める上田修平うえだしゅうへいだ」


 浅田と違っていかにも「戦闘員」といった印象の屈強な男が自己紹介をする。

 実技試験は受験者が相手役の教員と模擬戦を行い、その戦闘能力を試験官が採点するという形式だ。

 訓練場の観客席では浅田を初めとする何人かの教員が、二人に、というか悠夜に興味深そうな視線を向けていた。

 やはり、悠夜が第三級狩人であることを知っている者は少なくないようだ。

 いろいろと目立つマネをしたので、当然といえば当然なのかもしれないが……。


「まずは風霧梓からだ」

「は、はい!」


 上田に呼ばれ、梓が緊張した面持ちで訓練場の中央に向かう。


「いつでもかまわない。準備ができたらかかってこい」


 上田はそういって木製の両手剣を正眼に構えて、強化魔法を発動させる。

 梓も上田の指示に従って、あらかじめ選んでおいた武器の穂先が木でできた槍(ほとんど棒と変わらない)を構える。


「(小手先の技には頼るなよ)」


 梓の魔法は強力ではあるが、まだ使いこなしているとは言えない。

 熟練度の不足を生まれ持った才能で補っているといった感じで、強化魔法は細かい動きがぎこちなく、雷魔法は術式の展開速度がやや遅い。

 強化魔法を使用した状態で、フェイントなどの相手を惑わせるような動きをしても簡単に見破られるだろうし、雷魔法は状況を考えて使用する必要がある。

 「技」では到底教員には対抗できないだろう。

 「技」ではなく「力」で押し切りにいった方が効果的だ。


「いきます!」


ダンッ!


 そして梓は悠夜の要望通り「力」に重きを置いたスタンスで戦闘を開始した。

 まずは強化魔法で底上げした身体能力を最大限活かした突き。

 正面から最短距離で間合いを詰め、小細工なしの一撃を上田の胸に向かって放つ。


「っ!」


 上田は梓の速さに目を見開きながらも、咄嗟に両手剣で槍の軌道を逸らすが、梓はすぐに槍を引き戻して次の一撃を放ち相手から反撃の機会を奪う。

 間合いの有利を活かして常に先手を取るという基本に忠実で、下手な小細工を含まない良い槍捌きだ。

 強化魔法の運用もこまめに出力を調整して魔力を節約しようとはせず、常に一定の出力で運用している。その方が魔力の消耗は速くなるが、制御に割く集中力が少なくて済む。

 そのまま梓が攻め、上田がそれを弾く。

 しばらくの間は梓が押していたが、このままでは拉致が明かないと判断した上田が、強化魔法の出力を上げ反撃に出た。


「はあ!」


 梓の槍を力任せに撥ね上げると強引に距離を詰め、梓を両手剣の間合いに入れる。


「くっ!」


 対する梓は、今までの大振りだった槍捌きを小さいものに変え、攻撃ではなく牽制を行いながら後退し、間合いを自分に有利な状態に戻そうとする。

 しかし、上田は梓の牽制を的確に捌き間合いを維持し続ける。


「(……まずいな)」


 今のところ戦況は拮抗状態にあるので、そこまで焦る必要はない。冷静に対処しつつ機をうかがうべきだ。

 だが、梓の表情は切羽詰まったものになりつつある。

 強化魔法と武術の基礎能力では上田に喰らいついていけているが、やはり梓は経験と精神力が不足している。

 そして、とうとうプレッシャーに耐えられなくなった梓は、強化魔法の出力を上げて力強く地面を蹴り、無理矢理距離をとって強化魔法を解除すると、雷魔法の術式の展開を始める。(梓はまだ、強化魔法と雷魔法を同時に使用することはできない。)

 だが、それは悪手だ。

 今無理矢理つくった間合いと梓の雷魔法の術式の展開速度では、術式を完成させるための時間が足りない。

 雷魔法の術式が完成するよりわずかに速く上田が間合いを詰めてしまう。


 案の定、上田は梓に雷魔法を使わせまいと強化魔法の出力を上げてすぐに肉薄する。


「っ!」


 梓も術式の完成が間に合わないと分かったのか、術式の展開を中断し槍で応戦しようとするが、強化魔法を解除した状態の身体能力で応戦できるはずもなく、あえなく槍を弾き飛ばされてしまい、梓の実技試験はここまでとなった。


「(まあ、善戦って程度には評価してもらえるだろ)」


 最後はプレシャーに負け、判断を誤ってしまったが、始めの一撃は悪くなかったし、その後の槍捌きもなかなかだった。

 観客席にいる教員が梓に向けている視線も、概ね好意的なものなので、筆記試験の結果が相当ひどくない限り合格は堅いだろう。


「よく頑張ったな。あれならたぶん合格ラインは超えてるよ」

「ほんとか!?」


 少し沈んだ表情で戻ってきた梓は、悠夜の言葉を聞いてすぐに表情を明るくする。


「ああ」


 悠夜は梓に労いの言葉をかけると、タオルと水筒を渡す。


「よし、次は風霧悠夜だ」

「はい」


 上田に呼ばれた悠夜は、あらかじめ選んでおいた木刀を持って訓練場の中央へ向かう。


「君も準備ができたらかかってくるといい」


 そう言う上田の顔は、梓のときと違い緊張に強張っていた。

 悠夜が第三級狩人であると知っているのだろう。


「わかりました」


 まあ、悠夜は相手が自分のことを知っているか、いないかを気にするような性格ではない。

 悠夜は姿勢を低くし、木刀を右手一本で後ろに引き絞り、左手は地面につけるという、クラウチングスタートの姿勢を崩したような構えをとる。

 上田が戸惑った様な顔になるが、悠夜はそれを無視し、


「いきます」


ドンッ!


 強く地面を蹴り、一瞬で上田の眼前まで移動する。


「!」


 そして、驚愕に目を見開く上田に向けて、刀を下からすくい上げる様にして斬り上げる。

 上田は両手剣を使い、それをギリギリのところで防ぐが、姿勢を大きく崩してしまう。

 上田が姿勢を崩した隙に、悠夜は梓とは比べ物にならない術式の展開速度で風魔法を発動させ、上田の持つ木製の両手剣を切断した。


「なっ……」


 上田は自分の柄だけとなった武器を見て絶句し、


「……参った」


 すぐに白旗を上げた。

 こうして悠夜の実技試験は呆気なく終了した。






{浅田}


「……なんて子だ」


 既に第三級狩人として活躍しているとは聞いていたが、まさか上田先生にこうもあっさりと勝ってしまうとは。

 校長が一目置くのも頷ける。

 彼の戦闘訓練の指導をすることになった先生はかなり苦労することだろう。


「(まあ、薬草学の教師である私には関係のないことか)」




 浅田はまだ知らない。

 自分がこれから先、あの少年にどれほどの迷惑を掛けられることになるのかを。




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