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世界の裏の魔法則  作者: 初日
第五章 異端の少女
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「このあたりでいいか」

 悠夜は岩肌が剝き出しになった場所を見つけると魔法を発動させる。


属性系統魔法(土) 地動殻ちどうかく


 ゴゴゴゴゴ と音を立て、大人が身を屈めなくても入れるぐらいの大きさの洞窟が出来上がる。

 これは周囲の地盤を操作する魔法で、操作に時間が掛かるため戦闘中は使える状況が限定されるが、こういった寝床造りにはかなり役立つ。

 中に入って少女を横たえ、魔獣の毛皮で造られた保温性が高く、それでいて軽くて薄い持ち運びに便利な毛布を荷物の中から引っ張り出して少女にかける。

 その後、米の持ち合わせが後少し残っていたので、火を起こし、土魔法で土鍋を造り、木を削って器と匙の形にして粥を造り始める。


「そういえばこれって漢方薬になるんだっけ」


 これとは悠夜がこの森で集めた紅角鹿の角だ。

 少女の額に手を当ててみるとかなり熱を帯びていた。一応持ち合わせの栄養剤は飲ませておいたが、風邪薬までは持っていなかったので、依頼の規定数より少し多めにあるこれを使うことにする。

 握力と皮膚の強度を強化して紅角鹿の尖った角を握り潰して小さくし、土鍋と同じ要領ですり鉢を造って磨り潰す。

 洞窟の中に ゴリゴリ という音を響かせていると少女の起きる気配がした。


「…………ここ、は……」

「悪い。起こしちゃったかな」


 少女は悠夜の姿に気付くと跳び起きようとするが、すぐに態勢を崩して倒れ、地面に頭を打ち付ける寸前に悠夜が腕を滑り込ませてそれを防ぐ。


「今粥と漢方薬造ってるから、安静にしてろ」

「…………」


 少女は何を言っているのか理解できない、といった表情をするが、悠夜は少女を横たえると再びすり鉢に向き直り、 ゴリゴリ と角を磨り潰していく。


 角が完全な粉末状になるとそれをぬるま湯で溶かして器に移す。


「ほら、これ飲め」


 一人では起き上がることすらできない少女を抱き起して、口元に器を持っていく。

 少女は一瞬躊躇うような素振りを見せたが、それでも大人しく器に口をつけ薬を飲み干した。

 その後、出来上がった粥も匙ですくって同じように口元へ持っていく。余程空腹だったらしく、今度は躊躇うことなく素直に完食した。




 食事を終えてしばらく経つと、栄養剤と漢方薬が効いてきたらしく、少女の容態もだいぶ持ち直し、今は洞窟の壁にもたれ掛って、悠夜に疑念の眼差しを向けている。

 悠夜はここで、まだ相手の名前を聞いていなかったことに気が付いた。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。僕は風霧悠夜、君は?」

「…………村上梓むらかみあずさ……なあ、なんでオレを助けたんだ?オレはお前を襲おうとしたんだぞ」

「でも、殺そうとは思ってなかっただろ」


 この世界は元いた世界ほど穏やかではない。山賊だの盗賊だのといった輩が少なからず存在する。悠夜は人を殺した経験はないが、もし自分や自分の身近な人々がそういった輩に襲われそうになったときは、一切の容赦なくその者の命を奪うつもりでいた。

 今回も自分に忍び寄って来たのが、自分に対して殺意を向けてきたなら、躊躇わずに殺しただろう。

悠夜がそうしなかったのは、梓に悠夜を殺そうという意思が感じられなかったからだ。

 もし梓に悠夜を殺す気があったなら、あのとき背後から悠夜に向けて槍の穂先で突きを放つべきだった。槍は元より刺突を目的として造られた武器で、梓の持っていた槍は多少穂先が欠けていたが、それでも十分人を殺すだけの殺傷力を有していた。

 だが始めの攻撃は、わざわざ風を切る音を立てでまで、槍の石突きによる首筋への打撃攻撃を使ってきた。

 それに加え、魔獣の魔法を使ったときも、最初から悠夜に向けて魔法を放てばいいものを木に魔法をぶつけて、悠夜を脅そうとした。


 この時点で悠夜は、梓には自分を殺す気がない。もしくは、殺したくないと思っているのだと確信した。


 そしてなにより、気を失う前に梓が見せたあの泣き出しそうな顔が頭を離れなかったのだ。


「……確かにそうだけど…………お前も見ただろ……オレの魔法」


 梓が震えた声を出す。


「……オレは………化け物なんだぞ、怖くないのか……」


 このときの梓の顔は、悠夜の脳裏に焼き付いている、気を失う前の顔と同じだった。


「(……やっぱりか……)」


 こんなどの街からも離れた森の中に、まともな荷物も持たず一人きりで踏み込み、自分のことを化け物と卑下する少女。

 きっと梓は、誰かに化け物と罵られ、恐れられたのだ。


「(でも違う)」


 梓は普通の人間より遙かに高い魔力密度を持っているが、決して化け物などではない。

 悠夜はそれを教えてやることにした。


「怖くなんかないさ、あれくらい僕にも出来る」

「………………え?」


 梓は、信じられないといった顔をする。


「ちょっと失礼するよ」

「……っ……!」


 身を強張らせる梓を抱き上げ、洞窟の出入口付近まで移動し、外の様子が見える位置に梓をもたれ掛らせる。


「よく見ていてくれ」


 そう言って悠夜は、梓の使った魔法と同質の、しかし威力は桁違いの多式魔法を発動させる。


変性系統魔法 撃砕げきさい


ドガァアアアアアアアアアア!!


 高圧縮された魔力塊が射線上の木々を薙ぎ払い、地面を抉り取る。


「な…………」


 振り向くと、梓は目をこれ以上ない程見開き、絶句していた。

 今ので、悠夜の方が逆に怖がられてしまったかもしれないが、それでもこれだけは言っておきたかった。


「君が魔獣の魔法を使えることには、ちゃんとした理由があるし、君は化け物なんかじゃない。

だからそんな悲しそうな顔で自分を卑下するのはやめろ」


 昔、よく泣いている一葉を慰めたときのように、ギュッと梓を抱きしめる。


「…………うっ、うああああああああああ…………」


 洞窟の中に梓の嗚咽が響いた。



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