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世界の裏の魔法則  作者: 初日
第五章 異端の少女
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31

{少女}


 オレは名家の出身というわけではないが、街の中ではかなり名の通った狩人だった両親の間に生まれた。

 両親は優秀な自分達の間に生まれた子供ということで、オレにとても期待していて、幼い頃から武術を叩き込まれ、オレも期待に応えようと必死で武術を習得した。

 しかし、狩人育成学校に入学して魔法を学び始めると、オレには魔法の才能がまるでないことが分かった。

 何故か、術式を展開しても完成するより早くそれが壊れてしまうのだ。

 周りから失望の眼差しを向けられ、落ちこぼれ扱いされたオレはかなり荒れて、よく喧嘩をしたりして、気が付けば一人称や話し方が男のそれになっていたり、目つきがかなり悪くなっていたりした。


 両親は才能がない上に、よく問題を起こすようになったオレのことを疎ましく思い始め、それまで良好だった家族関係は、決して良いとは言えないものになっていった。


 そんなある日、オレは展開途中で壊れてしまう自分の術式を見つめながら、自分には普通の魔法は使えないが、魔獣の魔法ならひょっとしたら使えるんじゃないか、なんて突拍子もないことを考えた。

 そして試しに魔獣の術式を使ってみたら、かなり魔力を必要としたが、ちゃんと魔法は発動し予想外の威力を発揮した。

 やった!

 これならきっと今の家族関係を元に戻せる。

 今までオレのことをバカにした連中だって見返せる。

 学校の授業をサボってばかりだったオレは、自分の使った魔法が人間には使えない種類の魔法とも知らず、街の近くの森に父さんを連れて行き、意気揚々とそれを披露した。




「近付くな!化け物!」


 ………………え?


 最初は自分が何を言われたのか理解できなかった。

 目の前では父さんが恐怖に顔を歪ませている。


「……な、何言ってるんだよ父さん、オレは―」

「近付くなと言った!」


ドンッ!


 気が付くとオレは、父さんの風魔法を受けて吹き飛ばされていた。


「……がっ……はっ」

「魔獣にしか使えない魔法を使う者など、人間ではない!二度と私のことを父親などと呼ぶな!家にも近付くな!」


 そう言い捨て、父さんはオレに背を向け歩き出す。


「……ま…って……」


 声を上げようとするが、風魔法の直撃を受けた所為でまともに言葉を発することもできない。

 そうしているうちに、父さんの背中は木々に阻まれ見えなくなってしまった。


…………そんな……オレはただ、認めて欲しかっただけなのに…………


「…………うっ、あああああああああああああああああああああ!!!!!」


 残されたオレは一人泣き叫んだ。






「くそっ、毒草ばっかじゃねぇか」


 思わず悪態をつく。最初の二日は、その辺の木の実などで食い繋ぐことができたが、ここ二日ほどは周りに食べられる植物がほとんどなく、ロクな物を口にしていない。


 オレは今、四日前まで住んでいたところとは、別の街を目指している。

 父さんに捨てられたあの日、声が枯れるまで泣いた後オレは別の街に渡り、素性を隠して生きていくと決意した。

 現在手元にあるのは、あの日森に入ったときに身に着けていた機動力重視の軽装と槍だけ、旅の用意などもちろんしていないし、目指している街までの道のりは、ずっと前に見たことのある街までの地図の記憶を引っ張り出しながら進んでいる状態だ。

 オレが生きて目的地に辿り着く確率はゼロに等しいだろう。普通の魔法は一切使えず、唯一使える魔獣の魔法は、威力はそれなりにあるが、魔力を大量に消費するものだけのオレが、街の外で四日間生き残っただけでも奇跡に近い。

 しかし、それでもやるしかない。もうあの街にオレの居場所はないのだから。


「……うっ……」


 思わず泣きそうになるのを必死に堪える。声が枯れるまで泣いたあの日に、これから先はなにがあっても泣かないと決めたのだ。




 どれだけの時間、毒草をかき分け食べられそうな植物を探していただろうか?


「…………オレこのまま死ぬのか?」


 思わずそんな言葉を口にしてしまう。

 だが、実際にそうなりかけている。

 魔獣を追い払うために、あの消費の激しい魔法を何度か使った所為で、魔力は底を突きかけているし、空腹で体力もほとんど残っていない。季節は春だがまだ相当冷える夜に野宿をしたため、風邪もひいてしまったようで体調は最悪だ。

 今魔獣に襲われると相当まずい。

 オレが半ば諦めかけていると、あるものが目に留まった。


「これって」


 オレが見つけたのは、まだ新しい人の足跡だった。


「オレ以外にも誰かいるのか?」


 何故こんなどの街からも離れたところに来ているのかは分からないが、オレはすぐにその足跡を追い始めた。




「(あいつか)」


 足跡の主は案外近くにいた。ここからだと後ろ姿しか見えないが、おそらく男だ。

 そいつは今、何かの採集を行っているようで、しゃがんだ姿勢で手を動かしている。

 オレは出来る限り気配を消し、ゆっくりと男の背後に忍び寄る。そのまま背後の茂みまで到達するが、男はまだオレに気付いていない。


「(いける)」


 オレは槍を握った手に力を込める。

 男に頼んで、食糧とあるなら薬を分けて貰うという選択肢もあったかもしれない。

 だが、今のオレの身なりはかなり汚い。このまま出て行っても賊か何かと思われる可能性は高いし、親に捨てられ完全な人間不信になっていたオレは、赤の他人を頼ることに拒否反応に近いものを感じていた。

 だからオレは茂みから飛び出し、槍の石突きを男の首筋目掛けて振り抜いた。


ブンッ


 しかし、一撃で意識を刈り取るつもりの攻撃は、苦も無く躱されてしまう。


「(気付いてやがったか!)」


 オレは内心で舌打ちしながら槍を構え直す。すると、丁度こちらに向き直った男と目が合った。

 若いオレと同い年ぐらいの少年だった。


「……女の子?」


 目を丸くする少年に向かって、オレは出来る限り低い声で告げた。


「持ち物を置いていけ」

「山賊ってやつなのかな?」


 だが、少年は怖気づくこともなく、オレに観察する様な視線を送る。


「余計なこと喋るんじゃねぇ、黙ってオレの言うとおりにしろ」

「自分のことオレなんて呼ぶ女の子は初めて見たよ。それと答えはNOだ」


 今度はキッパリと断られた。


「(くそっ)」


 オレは最後の手段に出る。

 できれば、これは誰にも見られたくなかった。


『近付くな!化け物!』


 あのときの言葉がフラッシュバックする。


『魔獣にしか使えない魔法を使う者など、人間ではない!二度と私のことを父親などと呼ぶな!家にも近付くな!』


 頭の中に響く声を無理矢理押さえつけ、槍から片手を離し、横に向けてオレが使える唯一の魔法を発動する。


「……それは……」


 少年の目が大きく見開かれ


ドガッ!!


 オレの魔法が木を一本吹き飛ばす。

 人間には使えないハズの魔法を見せたのだ、きっとこいつも父さんのようにオレを化け物と呼び怖気づくに違いない。


「もう一度だけ言う、持ち物を―」


 最後の警告を言おうとしたが、それより早くオレの全身から力が抜けた。


「(……………………終わった)」


 どうやら今のでオレの魔力は底を突いたらしい。

 こんな状態では相手がオレに手を下そうが、このまま放置しようが結局オレは死ぬ。


「(こんな終わり方なんてあんまりだ)」


 崩れ落ちながらオレはどうしようもない虚しさに囚われる。

 しかし、その虚しさは何か温かいものに包まれるような感覚によって霧散する。


「(……なんだ……あったかい………)」

「―-たな。素の状―――だけの魔力―――――――がいたなんて」


 少年が何かを言ったような気がしたが、上手く聞き取れないままオレの意識は沈んでいった。



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