28
いまだ歓声が鳴りやまぬ道場を後にして、悠夜達は元の部屋へ戻ってきた。
「素晴らしい腕だったよ」
「ありがとうございます」
「悠夜くんは、本当に凄いな。最初と最後の一撃は、まるで見えなかったよ」
桜が興奮した様子で話し掛けてくる。
「まさか、ここまで強いとは思っていませんでした。桜が昨日、あれだけ饒舌になって話すハズです」
「お、お母さん!」
美月の台詞に桜が顔を赤くする。
「饒舌?」
「ええ、それはもう。普段は人のことなんてほとんど話さないのに、まるでこ―」
「うわあああああああ!!」
美月の言葉を桜が必死になって遮る。そんな大声を出して、肋骨は大丈夫なのだろうか?
「こ?」
「聞き返さなくていいからっ!」
「別にいいではないか、そんなに恥ずかしがることでもないだろう」
「そんなことない!」
桜は少し涙目になっている。よほど聞かれたくないようだ。
その後も、茂と美月が昨夜の話を持ち出しては、桜が必死でそれを止めるというやり取りが続く。
「(桜って家族の中ではいじられキャラだったんだ……)」
初めて会ったときは、凛とした少女だと思っていたのだが、案外そうでもなさそうだ。
「そうだ風霧君」
桜を泣き出す一歩手前までいじった茂が悠夜に向き直る。
「なんですか?」
「これからは、桜とチームを組むそうだね」
「はい」
「そうか、娘をよろしくたのむ」
「?わかりました」
茂の言葉は、何か含みがあるように感じられた。
何故かそれを聞いていた桜は、さっき以上に顔を赤くしていた。
その後の食事は、茂が「食後は、周りへの被害を考えなくてもいい場所で、強化魔法以外もありの模擬戦をしよう!」と言い出し、美月に違う部屋に引きずり込まれて、結局最後まで帰って来なかったこと以外は、つつがなく終了した。(部屋からは、くぐもった叫び声のようなものが聞こえたが、悠夜は何も聞こえなかったことにして、もくもくと食事を続けた。)
「今日はごめん。お礼をする為に来てもらったハズなのに、お父さんが模擬戦なんか申し込んで……」
わざわざ見送りに来てくれた桜は、申し訳なさそうな顔をしていた。
だが、茂と初めて会った時点で、あの展開をなんとなく予期していた悠夜には、さほど気にするようなことでもない。
「あれくらいかまわないさ。それに、おもしろい家族関係も見れたし」
「あ、あれは忘れてくれ!」
少し茶化してみると、桜は予想以上に慌てふためく。
「(二人が、桜をいじめたくなる気持ちが分かる気がする)」
もう少し、いじってみたいところだが、まだ加減がよく分かっていないので、今日はこのへんにしておく。
「とにかく、模擬戦のことは気にしなくていいよ」
「そう言ってもらえると助かる」
「じゃあ、今日はもう失礼するね」
「ああ、私の怪我が治ったら、そのときはよろしく頼む」
そう言って、桜が差し出した手を悠夜は軽く握り返した。
{桜}
「行っちゃたな……」
先ほど握手を交わした手には、まだ悠夜くんの手の感触と熱が残っている。
私は、それをもう片方の手で包み込むように握るが……
「本当に恋する乙女になってるわね」
「わああああああああああああああ!?」
いつの間にかお母さんが隣にきていた。
「い、いつからそこに!?」
「桜が風霧君の後ろ姿を、名残惜しそうに見つめているところからよ」
「悠夜くんが、帰って行ってすぐじゃないか!!」
ずっと見られていたなんて!
恥ずかしすぎる!
「隠れていなくたっていいじゃないか!」
「あら、隠れてなんかいないわよ?
桜が風霧君のことばかり気にしていた所為で、気付かなかっただけじゃないのかしら?」
「うわぁああああああああん!!」
私は羞恥のあまり、激しい運動をしないよう言われていたことも忘れて、全力でその場から逃げ出した。




