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世界の裏の魔法則  作者: 初日
第三章 初仕事
26/45

24

{桜}


 私の生まれた鳴宮という家系は、昔から強化魔法と剣術に優れた狩人を数多く排出してきた名家だ。

 鳴宮家では、子供に狩人になるための英才教育を施すのが常であり、私もその例に漏れない。他の狩人を目指す子供たちよりも、かなり早く訓練を始めた私は、狩人育成学校に入学し、協会で依頼を受けることができるようになると、それほど頻繁ではないが、放課後や休日に父と共に依頼をこなすようになった。

 それから一年程すると、そろそろ一人で依頼を受けるようにしろと言われた。私は人見知りなので渋ったが、どのみちいつかは、独り立ちしなければならないと押し切られてしまった。

そして、私が一人で依頼を受けるようになってから、もうじき一年が経つ。


「あのテーブルだな」


 今回受けた依頼は作物を食い荒らす大人の半分位の大きさをした鼠の駆除だ。

 私が、依頼書に記されていた番号のテーブルに向かうと、すでに依頼を受けた大半の狩人が集まっていた。

 私ぐらいの年齢で依頼を受ける者は少ないので大抵の場合は注目を集めてしまうのだが、今日はそれ程でもなかった。

 私の代わりに注目を集めている人物がいたのだ。

 黒い髪と黒い瞳を持つ、私と同じ位の年の少年だった。

 その少年は、自分が注目されていることなど、気にも留めずに近くの狩人達と話していた。

 私には真似できそうにないことだ。

 ずっと孤立ぎみだった私は、彼となら友達になれるかもしれないと思った。




「あの、ちょっといいかな」


 私は移動中、思い切って前を歩く少年に話し掛けた。


「僕?」


 振り向いた少年は漆黒の髪と瞳が、夜の暗さと相まってどこか幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「そ、そうだ、きみもこの依頼を受けているのか?」


 一瞬見とれそうになって、声が少し上擦り、当たり前のことを聞いてしまう。変に思われてしまっただろうか?


「まあね」


 だが、少年は特に気にした様子もなく普通に答えてくれた。

 よかった。この少年はかなり話しやすそうだ。


「そうか、私は鳴宮桜なるみやさくら。きみと同じでこの依頼を受けているのだが、同世代の話し相手がいなくてな」


 私は自己紹介をするが


「鳴宮?それってまさか、優秀な狩人を何人も排出してきたあの名門の鳴宮?」


 近くにいた女性が鳴宮という名前に反応を示す。


「……ええ、まあ」

 思わず生返事を返してしまう。

 別に鳴宮の人間であることが嫌な訳ではない。むしろ名家の出身であることは、誇りに思っている。

 でも、敬遠するような態度を取られるのは嫌だ。

学校のみんなも、私には一線を引いた感じで接してくる。私はもっと普通に接してほしいのに。


「へえ、僕は風霧悠夜。確かに僕等の同世代は見かけないね」


 だが、またしても少年は特に気にした様子もなく、普通に自己紹介を行う。

 たとえ鳴宮の名前をしらなくても、女性の話から名家であることは分かったはずだ。それなのに、この少年の態度は最初のものと全く変わらなかった。

私はなんだか嬉しくなって、もっと話がしたいと思った。


「風霧君はよく依頼を受けたりするのか?」

「いや、今回が初めてだよ」

「それにしては随分と落ち着いているな。私はもう何度か依頼を受けているのだけど、周りが大人だけというのはどうにも慣れない」


 たまに周りからチラチラと視線を向けられるので、よく居心地が悪く感じることがある。


「そういうのは人それぞれだろ」


 風霧くんの答えはあっさりしていた。

 周りの視線などは、あまり気にしない性格なのだろうか?


「そうかもしれないが……、風霧君はこれからも依頼を受けたりするのか?」

「たまにね」


 それなら、これ以降も会う機会があるかもしれない。

 

「もし今回みたいに同じ依頼を受けることになったら、また話し相手になってくれないか?」


 話し相手がいないのは正直寂しい。


「いいよ。僕も話し相手がいるのは嬉しいしね」


 私の問い掛けに風霧くんは快く頷いてくれた。


「そうか、ありがとう」




 その後の話によると、風霧くんは私より一つ年下らしい。それを知った風霧くんは敬語を使おうとしたが、全力で断った。今の接し方を変えられるのは、なんだか嫌だった。

 そして驚いたことに風霧くんは「渡り人」で、四年前こちらの世界に来たにも拘らず、強化、風、雷の三つの魔法を習得しているらしい。狩人育成学校の生徒には二つの魔法を習得している者が数名いるだけで、ほとんどの生徒は一つの魔法しか使えない。私も入学時は強化魔法一つしか使えず、最近になって風魔法を習得したところだというのに。




 そうしているうちに私達は、鼠の被害が出ている農場に到着した。

 私達は、農場の周りを囲うように立てられている柵の近くの草むらに身を隠す。

 私は気配を消す技術は、必要最低限しか会得しておらず、あまり詳しくもないのだが、それでも風霧くんの気配を消す技術は凄いと思った。風霧くんは私のすぐ近くにいるにも拘らず、ほとんど気配を感じないのだ。

 迷惑でなければ今度、気配を消す技術についてレクチャーして貰おうか?


「来たぞ」

「まだ仕掛けるな、もっと引き付けてからだ」


 そんなことを考えていると、周りから小声が聞こえてきた。

 どうやら標的が来たらしい。


「撃て!」


 そして、今回の討伐作戦のリーダーを務める橘さんの攻撃の合図が上がり、幾つもの魔法が鼠の群れに降り注ぐ。


「強化魔法部隊、誘導開始!」


 そして私達も行動を開始する。

 強化魔法によって上昇させた身体能力を駆使して、鼠を誘導し後衛の人達が、攻撃を当てやすくする。

 私はまだ、強化魔法と風魔法を同時に扱うことは出来ないので、鼠を誘導するだけだが、風霧くんは魔法による攻撃も行っている。私は同世代の中では、優秀な部類に入るはずなのだが、風霧くんを見ているとなんだか自信がなくなる。


 私が密かに自信喪失している間に、作戦は次の段階に入った。森の中へ踏み込んだ追撃戦だ。

 しかし、足場が悪い上に、木々の生い茂った森の中では、なかなか成果は挙がらなかった。


「これ以上踏み込むのは危険だ。討伐作戦はここまでで切り上げる」


 橘が撤収を告げる声が聞こえる。

 まだ、かなりの数の鼠が残っているが、いいのだろうか?


「おい!あの鼠もう幻影を出せないみたいだぞ!」


 私が撤収を渋っていると、一人の狩人が声を上げた。


「本当か!」

「よっしゃ!これで仕留められる!」


 周りの狩人達が活気づく。


「待て!引くと言っただろう!」


 橘さんが声を張り上げる。私は一瞬どうしようかと迷ったが、他の狩人達が駆け出したのと、風霧くんに少しくらいは、いいところを見せておきたいという気持ちが逸り、結局は周りの狩人達に続いた。


 鼠に、もう幻影を造り出すだけの魔力が残っていないのは本当のようで、普通に刀で仕留めることができたため、私は刀を振るって、次々と鼠を斬り伏せる。

 他の狩人達もかなりの数を仕留めたようで、もうじき終わりかと思ったとき。


「ぎゃあああああああああああ!!」


 少し離れたところで誰かの悲鳴が上がった。

 悲鳴はすぐに数を増やし、それに怒号が加わる。


「何が起きているんだ」


 私は悲鳴と怒号が入り混じる方へと駆け出した。

 木々の枝や草をかき分け、少し開けた場所にでる。


「な、なんだあれは!?」


 そこには、今まで目にしていたものとは、比べ物にならないほど巨大な鼠がいた。


「くらえ!」

「くたばれ!」


 何人かの狩人が巨大な鼠に向かって魔法を放つ。

 しかし、その魔法は命中したにも拘らず、ほとんどダメージを与えることができなかった。


「ダメだ!魔法がほとんど効かない!」

「接近戦を仕掛けろ!」

「バカ!やめろ!」


 何人かの狩人が、巨大鼠に接近戦を仕掛けようとするが


「ヂュオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 巨大鼠が耳を塞ぎたくなるような、金切り声を上げた。

 それに応えるように、森のあちこちから、私達がさっきまで討伐していた鼠が大量に湧き出でてきて、近くにいた狩人達に襲い掛かる。


「撤退だ!撤退しろ!」


 橘さんが撤退命令を出すが、狩人達はそこら中から湧き出す大量の鼠に取り付かれて、次々とやられていく。


「なんとかしないと」


 巨大鼠はまだ、私には気付いていない。

 不意を突けば、仕留められるかもしれない。

 そう思った私は、足音を忍ばせ、それでいて可能な限りの速さで巨大鼠に近づく。

 周囲は悲鳴と怒号が飛び交っているため、少しぐらいの足音は聞き取れないし、巨大鼠も橘さん達の方へ注意を向けていたため、私は巨大鼠に気付かれずそのすぐ近くまで移動することができた。


「鳴宮よせ!!」


 離れたところから、風霧くんの声がした。


「(大丈夫、いける!)」


 今まで、刀で仕留めた鼠の毛皮は、それほど防御力はなかった。

 親玉なら、その毛皮も頑丈にできているだろうが、急所を狙えばきっとうまくいく。

 私は巨大鼠の首元めがけて刀を振り下ろした。


「なっ!?」


 しかし、巨大鼠の毛皮は予想を遙かに上回る堅さで、私の刀は浅い傷をつけただけだった。

 巨大鼠の目が、驚きのあまり硬直した私に向く。


 まずい


 そう思ったときには、すでに私は撥ね飛ばされていた。

 そのまま、受け身も取れず木に叩き付けられる。


「か、っは」


 肺から空気が無理矢理押し出され、息が止まる。

 なんとか息を吸おうと喘ぐが、その度に脇腹あたりに鈍い痛みがはしる。肋骨にヒビがはいったのかもしれない。

 視界の端では、巨大鼠がこちらに向かってきていた。


「(逃げないと)」


 だが、強かに打ち据えられた体は、まるで思い通りにならない。

 そして、巨大鼠がその鋭く尖った前歯を剝き出しにして飛び掛かる。


「ヒッ!」


 恐怖のあまり、思わず目を瞑る。

 しかし、痛みは訪れず、代わりに温かいなにかに包まれるような感覚が訪れた。


「危ないところだったな、鳴宮大丈夫か?」


 そして、少し前まで聞いていた声。

 でも彼は、ついさっきまで、離れたところにいたはず。

 おそるおそる目を開けてみる。

 最初に目に映ったのは、闇夜に溶け込むような漆黒の髪と瞳。見間違えるはずもない。


「・・・・・風霧、くん・・?」

「ああ、意識はあるみたいだね」

「っ!」

 いつの間にか私は、風霧くんにお姫様抱っこされていた。いきなりのことに頬が熱くなる。


「ヂュオオオオオオオオ!!」


 思考停止していた私を巨大鼠の金切り声が、現実へ引き戻す。

 巨大鼠はすでに、こちらへ向かって突進してきていた。


「少し掴まってくれる」


 しかし、風霧くんの声は、移動中会話していたときと、なんら変わらない落ち着いたものだった。


「え?っきゃああああ!?」


 そして、いつの間にか私は空中にいた。慌てて風霧くんの首に腕を回す。


「こ、これは一体!?」


 風霧くんは、私達に向かってきた巨大鼠の頭上を軽々と飛び越えていた。

 人ひとりを抱きかかえた状態で、ここまで高く跳躍するなんて、一体どんな脚力なのだろう。


「あとで話すよ、もうじき着地だから舌噛みたくなかったら、口閉じといた方がいいよ」


 風霧くんはそう言ったが、着地はさっきの高さから飛び降りたとは思えないほど、軽やかなものだった。


「悠夜!」


 私が目の前の信じられない出来事に困惑していると、風霧くんのお父さんと仲間の人達が駆け寄ってきた。


「父さんか、丁度良かった鳴宮のこと頼むよ」

「分かったが、勝てそうか?」

「問題ないよ」

「え!?」

 そして、風霧くんは私を更に困惑させることを平然と言ってのける。


「問題ないって、いくらなんでもアレはヤバイだろ!」

「そうだね。小さいのもかなりいるし」

「今は引くべきよ」


 他の人達も私と同じ心境のようで、口々に反論するが


「けど、アレを何とかしないと撤退も何もないでしょう。動けないのもたくさん居るし」


 この言葉に皆黙り込む。

 確かに、負傷した人達を救出するには、あの巨大鼠を何とかするしか方法はないのかもしれない。

 しかし、魔法がほとんど効かない上に、あんな丈夫な毛皮を持った相手にどうやって・・・


「悠夜なら大丈夫だ。それより俺達は怪我人の救出と応急処置だ」


 そう言って、風霧くんのお父さんが、風霧くんに抱きかかえられている私を受け取ろうとする。そこでようやく私は、自分がいまだに風霧くんの首に腕を回したままであることに気付き、再び頬が熱くなる。


 風霧くんは、そんな私には気付かず、巨大鼠に向き直る。


「じゃあ派手にやってくる」


 そして、風霧くんが雷魔法を発動させ


バリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!!


 視界が白く染まり、轟音が辺り一面に鳴り響いた。


「!?」


 私は驚きのあまり絶句する。

 名家の出身故、昔から親の知り合いの名の通った狩人に、仕事風景を見学させて貰う機会は何度かあったが、これほどの威力の魔法を使うことができる者は、その中でもほんの一握り、それも一種類の魔法のみを長年かけて磨き上げた者だけだった。

 なのに、風霧くんは私より一つ年下にも拘らず、これほどの威力の雷魔法に加え、風魔法と強化魔法まで習得しているという。


 今の雷魔法で、鼠の群れの大半が薙ぎ払われ、魔法がほとんど通じないハズの巨大鼠も体のあちこちが焼き焦げていた。

 私以外の狩人達も似た様な反応をしていた。唯一風霧くんのお父さんだけは、どこか達観したような顔をしていたが。


 そして、この現状を造り出した当人である風霧くんは、すでに巨大鼠の目の前まで移動していた。


「ヂュオオオオオオオオオオオオオ!!」


 巨大鼠は私に襲い掛かったとき同様、口を大きく開けて風霧くんに噛みつこうとするが、風霧くんはそれを最小限の動きで鮮やかに躱し、攻撃を空振りした巨大鼠に向けて、刀を抜き放つ。


「ヂュアアアアアアアアアアアアア!?」


 風霧くんの刀は、私のときとは違い、深々と巨大鼠の脇腹を切り裂き、巨大鼠が苦悶の鳴き声を上げる。

 風霧くんが今手にしている刀は、相当な業物のようだが、それを考慮しても凄まじい技量だ。

 このまま、一気に倒せるのではないかと思ったが


「ヂュオオオオオオオオオオオオオ!!」


 巨大鼠が子鼠を呼び寄せたときと、よく似た金切り声を上げる。

 しかし、今度は呼び寄せられた子鼠全てが、風霧くんへ殺到していった。


「風霧くん!!」


 いくら風霧くんでも、あれだけの数に一斉に仕掛けられては捌き切れない。

 そう思ったのだが、風霧くんは刀と風と雷で飛び掛かってきた鼠を片手間の様に薙ぎ払ってしまった。


「すごい……」


 あれほどの領域に至るには、一体どれほどの才能と修練の積み重ねが必要となるのだろうか。

 私が風霧くんの圧倒的な力に半ば茫然としていると、突然風霧くんの姿が消えた。

 そしてどこかから


タッ タッ タッ


 という軽やかな音が聞こえた。


「あいつ、どこいったんだ!?」


 一人の狩人が困惑した声を上げる。


 私も周囲を見渡すが、風霧くんの姿はどこにもない。


「上だ!」


 誰かがそう叫び、全員が夜空を見上げる。


 いた


 風霧くんは、ちょうど空中で態勢を整えたところだった。

 月の光に照らされたその姿は、とても美しく誰もが目を奪われた。

 そして、風霧くんは巨大鼠に向かって一直線に落下し


「ヂュアアアアアアアアアアアアア!?」


 巨大鼠の背中に、刀を刀身がほとんど見えなくなる程深々と突き刺した。

 だが、それだけでは終わらず、手元に雷魔法の術式が展開し

 

バチバチバチバチバチバチバチバチバチ!!!!!


「ヂュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 またしても、風霧くんの雷魔法によって、夜の森が白く染まる。

 雷が収まり、辺りが夜の暗さと静けさを取り戻し、ゆっくりと巨大鼠が地面に崩れ落ちた。


 一瞬の静寂、そして風霧くんが刀を鞘に納める キン という小さな音が響く。


 次の瞬間、狩人達が一斉に歓声を上げた。




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