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世界の裏の魔法則  作者: 初日
第三章 初仕事
22/45

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「あれか」


 悠夜の視線の先には、街から離れた場所にひっそりと佇む工房と店が一緒になった武具屋がある。

 目的の店を見つけた悠夜は、現在立っている民家の屋根を蹴って別の屋根に飛び移る。

 他人の家の上を走っている悠夜に注目が集まる、なんてことはない。

 街が魔獣の襲撃を受けたとき、狩人はいち早く現場へ向かわなければならない。そんなときに、少しでも現場から離れたところへ避難しようとする一般人でごった返す道を逆走していては、時間が掛かり過ぎる。そのため、家の屋根から上は公共のものとされており、他人の家の上を飛び移りながら移動しても咎められることはない。

 狩人が民家の屋根を飛び移っているのは、人々にとって見慣れた光景なのだ。


 そのまま悠夜は、見られたところで驚かれたりしない(悠夜にとってみればかなりゆっくりとした)速さで移動し目的の店までたどり着く。




 中に入ると武具が、所狭しと並べられていた。

 刀のような日本の伝統的な武器から、ロングソード、レイピア、ランスなどの西洋の武器、ヌンチャク、トンファー、チャクラムなどといった使い手の少ない武器に加え防具まで揃っている。

どれもこれもかなり丹精込めて造った武具だということが、一目で分かる名品だ。だが……


「惜しいな」


 職人の腕は一流のようだが、素材がイマイチだ。

 ここに置いてあるのは、ほとんどが下級の魔獣の素材で、素材が職人の腕に追い付いていない。

 ひとしきり店内を見回った後、悠夜は店の奥へ声を掛けた。


「ごめんください。神谷さんの紹介で来た、風霧悠夜です」

「あいよ」


 奥の方から野太い声が聞こえ、一人の男性が出てきた。

 背はあまり高くなく悠夜より低い。しかし、体には筋肉がかなり付いていて、全体的にガッシリとしている。髪と目は悠夜と同じく両方黒い。そして、長く伸びた髭を持つその姿は……


「(ド、ドワーフ!?)」


 悠夜は叫びそうになるのを辛うじて堪える。

 それほどまでに目の前の男はドワーフという表現がピッタリだった。

 写生を取れば、ファンタジー小説の挿絵に使える程である。

 おまけに神谷の話によると、頑固で気難しく、気に入らない相手には、なにも売らないとのこと。


「(絶対、この人あだ名ドワーフだよ)」

「ほう、お前さんが神谷の言ってた小僧か」


 そう言って、ドワーフもとい土倉は悠夜に値踏みするような目を向ける。


「年の割に随分と鍛え込んでいるな。立ち振る舞いにも隙がない。神谷が気に入るだけのことはある」

「それはどうも。もう聞いているかもしれませんが、装備一式揃えたくてここへきました。請け負ってくれますか?」

「かまわねえ、素材はそっち持ちか?」


 土倉は悠夜の持つ大きな袋に目を向ける。


「ええ、ここにある素材で長刀、小太刀、艶消しを施した短刀か忍刀、大型ナイフ、折り畳みナイフ、レザーコートかロングコート、籠手、胸当て、脛当てを造って貰えますか? 素材が足りなければ調達して来ます」


 そう言って悠夜は神谷のときと同じく魔力遮断の袋を土倉に渡した。


「は?」


 袋の中身を見た途端、固まる土倉。そして、悠夜と袋の中身を何度か見比べ


「なぁにぃいいいいいいいいいいい!?!?!?」


 神谷と全く同じ叫び声を上げた。


「な、なんだ、これは!?」

「「死の森」で手に入れた素材です。できればあまり言いふらしたりしないで欲しいんですけど」

「お前が獲って来たのか?」

「そうです」

「見どころあるヤツだと思ったが、ここまでとは……」


 しばらく悠夜の持ち込んだ素材を確認した後、土倉は悠夜に顔を向けた。


「依頼は引き受けよう。ただ、条件いや、頼みがある」

「なんですか」

「代金の替わりに余った素材を分けて欲しい。頼む!」


 土倉は勢いよく頭を下げた。

 これほどの素材は、一流の鍛冶師ですら、一生目にすることができないであろう物ばかりなのだ。


「かまいませんよ」


 だが、悠夜にしてみればそれくらいたいしたことではない。


「本当か!」


 土倉が下げたとき以上に勢いよく顔をあげる。


「どのみち売るのに一苦労する物ばかりなんで、僕としてもその方がいいです」

「恩に着る」


 土倉は感激した様子で悠夜の手を握った。




 そしてすぐに作業開始、と思ったのだが……

寸法を取り、装備の形状について話し合おうとしたところ土倉は、武器の話になるとやたらと饒舌になり、悠夜もこの手の話が嫌いではないためすぐに意気投合し、かなりの時間話し込んでしまった。

すでに、日が沈みかけている。


「すいません、もうすぐ仕事があるので、話はこのあたりにしときましょう」

「そうだな。長々とつきあわせて悪かった」

「いえ、こういう話題は好きですし、装備が出来上がるまでの間に使う替わりのものを売ってくれませんか?」

「いいぞ、少し待ってろ」


そう言うと、土倉は店の奥から刀とグレーのジャケットを持ち出して来た。


「この店にある数少ない中級魔獣の素材で造った物だ。俺が気に入ったヤツにだけ売っている。これから出来上がる装備に比べれば、子供の玩具みたいな物だが、そこら辺の武器屋で買うよりはマシだろう」

「ありがとうございます」


 土倉が用意してくれた刀とジャケットは、中級魔獣の素材から造ったにしてはかなりの出来だ。これから出来上がる装備は、かなり期待ができそうだ。


「代金は素材から取っといてください」

「いや、それの代金はいらねえ、ただでやる」

「いいんですか?」

「ああ、こんな素材を分けて貰えるんだからそれくらい安いもんだ」

「そういうことならお言葉に甘えさせてもらいます」


 悠夜は早速、貰った刀とジャケットを身に着け協会へ向かった。






 依頼と狩人には、十から一までの階級があり、階級は依頼の達成率やなんらかの功績を挙げることなどによって上昇する。(魔獣にも十から一までの階級があるが、第一級狩人の力が第一級危険指定生物と互角ということはない。単独では、せいぜい第五級危険指定生物とやり合えるくらいだ。人間と魔獣では強さの基準が違う。)

 狩人は自分の階級より一つ上の依頼まで受けることができる。

 悠夜は最近登録したばかりで、一度も依頼を受けていないため、階級は一番低い第十級狩人である。


 悠夜が協会の待ち合わせのテーブルに行くと既に何人かの狩人が集まっていた。(協会の中には大小いくつもの番号の付いたテーブルがあり、協会が待ち合わせ場所に指定されているときは、依頼を受ける際このテーブル番号を言い渡される。)


「お、悠夜じゃねぇかどうしたんだ?」


 そして、集まっている狩人の中には光夜の姿もあった。

 夜からの仕事とはこれのことだったのか。

 神谷もこれが分かっていて、悠夜に依頼したのかもしれない。


「僕も鼠退治の依頼を受けたんだよ」

「え?ひょっとしてこいつが、この前言ってた風霧の息子か?」

「えっ、風霧の息子!?」


 何人かの狩人達も悠夜の方を向く。


「どうも、風霧悠夜です。父がいつもお世話になっています」


 悠夜はそんな視線など気にせず、軽く挨拶する。


「おお、この図太い感じとか風霧そっくりじゃね?

 俺は斉藤透さいとうとおる、魔法は強化で前衛だ」

「ぼくは北島聡きたじまさとし、魔法は風と氷で後衛、よろしく」

「私は高野理恵たかのりえ、火の魔法と雷が少し使えるわ。よろしくね悠夜君」


 光夜の仲間と思われる三人が自己紹介する。


「悠夜君は違う街から旅をしてきたんだって?」


 北島が尋ねる。


「はい、そうです」


 これは光夜とあらかじめ決めておいた設定だ。

 「一年前、こちらの世界に来て、最近までずっと「死の森」に入り浸っていました」なんて言っても信じて貰えないので、今の悠夜は父親の光夜とほとんど同じ時期(約四年前)に、「世界の裏」の違う街に落とされ、そこで魔法を習得し、その後、一人旅をしている途中この街に立ち寄って偶然光夜と再会した。ということになっている。

 「世界の裏」に来て、わずか四年足らずで一人旅ができるようになるというのは、かなり強引な設定なのだが、事実を言うよりはまだ信憑性がある。


「それって凄いことよね。魔法は何が使えるの?」


 これは高野の質問。


「強化と雷と風です」


 これも、元から用意していた設定だ。

 三つの魔法を習得しているのはかなり珍しいが、全くいないという訳ではないし、一人旅をしていたというならこれくらいあった方がいいだろうとのことだ。


「その年で三つも魔法使えるのか!すげえな!」


 斉藤がオーバーぎみなリアクションをとる。

 他の二人も驚いているようだ。


「(これだけでこの反応じゃ、全属性に加えて、人間には使えないと思われている魔法も使えるとか絶対言えないな)」


 悠夜は自分の非常識っぷりを再認識した。




 悠夜がこの街に来るまでの話を適当に流したり、逸らしたりしているうちに鼠退治の依頼を受けた狩人が全員テーブルに集まった。

 まだ十代半ばの悠夜に、怪訝そうな視線を向ける者もいたが、今回の依頼は階級制限なしの危険度の低い依頼で、隣に親子だとすぐに分かる顔の光夜がいるので、「親が子に狩りの経験を積ませようと考えているのだろう」と勝手に解釈していた。


 危険生物狩猟協会は、狩人育成学校の在学生または卒業生であるか、一定の水準を満たして許可を取った者であれば、誰でも登録可能であり、狩人の付き添いがあれば、たとえ登録者でなくとも依頼に同行することが可能なのだ。




 全員が集まったところで一人の男が名乗り出た。


「諸君、呼び掛けに応じてくれてありがとう。私は今回の討伐隊のリーダーを務める橘仁たちばなじんだ」


 ざわついていた周りが静まる。


「今回の討伐目標は、危険性は低いが、眩惑魔法を使う上、とにかく逃げ足が速い。既に二回討伐隊が編制されたが、討伐できた数は少ない。そのため今回は人員を増やし―」


 橘の話をまとめると、今までは作物を荒らしに来た鼠を迎撃するだけだったところを今回は前回より多い人数で追撃も行おう。ということらしい。


 大まかな説明が終わり、一同は鼠の被害を受けている農場へ移動するため協会を後にした。




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