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世界の裏の魔法則  作者: 初日
第三章 初仕事
21/45

19

「なあ悠夜。やっぱりそれ協会に持っていくのか?」


 今、風霧家に居るのは悠夜と光夜の二人だけだ。

 一葉と雪菜は学校へ、雪子は買い物へ行っている。

 光夜もこの時間帯は大抵仕事に出ているのだが、今日の仕事は夜からだそうだ。


「そのために取ってきたつもりだけど?」


 光夜が「それ」と言って指差したのは、部屋の隅に山積みにされている悠夜が昨日「死の森」から持ち帰った魔獣の素材と薬草の数々だ。

 あらゆる上級魔獣の角、牙、爪、鱗、毛皮、甲殻、魔結晶(高純度の魔石のこと)や秘薬だの霊薬だのといった最高級薬剤の材料となる薬草などなど。

 昨夜悠夜が持ち帰ったこれらを見て、一葉と雪菜は「すごーい」といった感じだったが、これらの内に秘める強大な魔力が分かる光夜と雪子はしばらくの間絶句していた。


「取り敢えず持っていくのは半分位にしとけ、多分それでも協会側は買い取りきれねぇと思うが」

「協会って貧乏?」


 これの半分も買い取りきれないとは、財政難にでも陥っているのだろうか?


「お前の持ち帰った素材が高すぎるんだよ」

「あまり実感が湧かないな」


 とはいっても、光夜がそういうのならしかたない。

 悠夜は言われたとおり持ち帰った素材を半分ほど持って家を出た。


 街の中はすでに活気付いていた。

 店には元の世界にあった物からなかった物まで、様々な商品が並び、たくさんの人々が行き来している。

 当然その中には武装した者もいる。

 持っている武器は東洋の物から西洋の物まであらゆる種類が存在しているが、武器の材料となっているのは鉄や鋼といった普通の金属を使った武器か下級魔獣の素材で造られた武器がほとんどで、たまに中級魔獣の素材で造られた武器を見かける程度だ。上級魔獣の素材で造られた武器を持っている者は、一人も見当たらない。


「(中級以上の魔獣の素材はあまり流通していないのか?)」


 確かにそれなら光夜が言うことも分からんでもない。

 そうやって回りを観察しているうちに協会の建物が見えてきた。




 正面入り口は使わず、神谷に教えられた関係者用の裏口から協会の中に入り、関係者用の受付で手続きを済ませる。

 受付の係員は関係者用の裏口から入ってきた悠夜を見て、初めは怪訝そうな顔をしていたが、神谷に渡されていたフリーパスを見せると恐縮したような態度と丁寧な言葉使いで神谷の部屋まで案内してくれた。


 係員にお礼を言ってドアをノックする。


「こんにちは、風霧悠夜です」

「…………入ってくれ」


 返事は少し遅れて返ってきた。

 それに、神谷の声にも覇気がない。

 どうかしたのだろうか?


「失礼します」


 そういって中に入ると、この前部屋に来た時にはなかったものが目に付いた。

 机の上に積み上げられた書類の山である。

 そして、椅子には憔悴した顔の神谷がグッタリとした感じで座っていた。


「……おつかれさまです」


 あまりにも分かりやすい状況だ。

 バトルジャンキーにデスクワークは苦行だろう。

 書類に忙殺された神谷に悠夜は同情した。


「素材の売却に来たんですけど日を改めた方がいいですか?」


 今はかなり忙しそうだ。


「いや、心配には及ばん。丁度休憩しようと思っていたところだ」


 ノロノロと椅子から立ち上がる神谷。相当疲れている様子だ。


「何かあったんですか?」

「ああ、最近大して強くはないのだが厄介な新種の魔獣が発生していてな、まあこの話は後でいいか。早速だが素材を見せてくれ」

「どうぞ」


 悠夜は肩に担いでいた大きな皮の袋を神谷に渡す。

 この袋の素材となった魔獣、正確にはその魔獣の皮には、内部の魔力を隠蔽する効果がある。そのおかげで、ここへ来るまで下手に注目を集めることはなかった。

 神谷は袋を開いて中を覗くと、一度閉じて掌で顔を覆った。


「いかんな、相当疲れが溜まっているようだ。中身が全て「死の森」の素材に見えてしまう」

「実際に「死の森」の素材ばかりですよ」


 悠夜が呆れたように言うと、神谷はもう一度袋の中を確認し


「なぁにぃいいいいいいいいいいい!?!?!?」


 協会中に神谷の絶叫が響いた。




「いや、取り乱してすまなかった」


 慌てた様子で飛んできた職員を持ち場に戻らせ、落ち着いたところで神谷は謝罪した。


「別に構いませんが、ここまで驚かれるとは」

「いや、こんなものを見せられれば大抵似た様な反応をすると思うがね・・・」


 神谷はいまだに、目の前の品々を信じられないような目で見ている。


「どうやって手に入れたか聞いてもいいかね」

「普通に「死の森」で獲ってきたものですけど」

「少なくとも、それは普通と言える所業ではない」


 しかし、悠夜にはこれ以外に言いようがないのだが。


「「死の森」の素材ってどれくらい珍しい物なんですか?」

「珍しいなんて次元の話ではない。こういうのは街に一つ、二つあるかないかの代物だ」

「そんなにですか……」


 さすがにこれは予想外だ。


「取り敢えず売却お願いします」


 そうはいっても、結局売ることに変りはないし、売るときのゴタゴタは神谷さんに任せておこう

 などと、無責任なこと考えながら悠夜は切り出した。


「すまん。全部は買い取りきれん」


 そして、光夜の予言通りの返答。


「どれくらいまでなら買い取れますか?」

「それほど多くはない。金の問題もあるが、それ以前にどうやって捌くかが問題だ」

「神谷さんの手腕でもう少しなんとかなりませんか?」

「なんとかといわれても…………」


 神谷の表情は、「できない」というより、「大変そうだ」といったものだ。

 仕事が山積みの今は余裕がないというのもあるかもしれない。


「(けど、ここは神谷さんに頑張って貰おう)」


 これから先も、この人には色んな素材を買い取って貰わなければならないのだ。


「神谷さん。もしなんとかしていただけるなら、ここから好きな素材を選んで自分の武器にしてくれて構いませんよ」

「なんだと!!」


 凄まじい食付きを見せる神谷。

 この部屋に入ったときの憔悴した雰囲気は吹き飛んでいた。


「……ええ、これからもお世話になる訳ですし」


 あまりの食付きに若干引きながら答える悠夜。

 すると神谷は


「これさえあれば私のハルバードも―」


とか興奮した様子で素材の鑑定を始めた。

ここまで効果があるとは……


「そうだ、こういった素材で武器を造ってくれる腕利きの武器職人はいますか?」

「ああ、それならうってつけの職人がいる」


 素材の鑑定をしながら神谷が答える。


「それはよかった。どんな人ですか?」

「私の友人で土倉克司つちくらかつしという個人で武具屋を営み、魔獣の素材でのみ武器を造っている凄腕職人だ。君のことはすでに話してある」

「へえ、凄腕ってことはやっぱり有名なんですかね?」

「ああ、だが君の予想とはおそらく違う方向にな」

「?」

「魔獣の素材で造られた武器にはその魔獣の魔力が宿るとされているが、それは持っている魔力が強力な魔獣の素材で造られた武器だけだ。そうでない魔獣の素材は武器にしたところで何の力も持たないし、普通の鉄や鋼で造った武器の方が性能は高い。強力な魔力を持つ魔獣の素材なら話は別だが、そんなものは滅多に市場に出回らないし、出回ったとしても大手武器屋がすぐに買い取る。だから大半の個人の武器屋は普通の金属の武器と魔獣の素材の武器の二種類を造る。だがこの土倉という職人は魔獣の素材で武器を造ることにこだわって、それ以外は造ろうとしない。普通にやっていればかなり儲けられる腕があるにも拘らずにな」

「なんだか面白そうな人ですね。どこにいるんですか?」


 悠夜はこういった自分の道を突き進むタイプの人間が嫌いではない。


「後で場所を教えよう。それと、これほどの素材を入手できる君に依頼したいことがあるのだが」

「依頼ですか?」

「ああ、それの元凶だ」


 神谷は忌々しそうに山積みの書類を睨み付ける。


「そういえば、まだ何かあったのか聞いていませんでしたね」


 強くはないが、厄介な魔獣がなんだのと言っていたか。


「作物を荒らす魔獣だ」

「なるほど、外部との交易が限られたここでは死活問題ですね」

「大人の半分位の大きさをした鼠で、夜中に作物を食い荒らし、狩人が近付くとすぐに逃げる。それだけなら別に珍しくもないのだが、なかなか仕留めることができない。この鼠は攻撃をすり抜けるという報告が複数挙がってきているので、おそらく眩惑魔法を使っているのだろう」

「確かに厄介かもしれませんね」


 おそらく件の鼠が使っているのは、自分の姿を本来の自分のいる位置より少し離れた位置に映して、相手を撹乱する魔法だ。

 視覚に頼っているようでは、攻撃は当たらない。


「取り敢えず、仕留められるかどうかやってみます」

「よろしく頼む。討伐隊に参加ということになるので、夜になったらまた協会へ来てくれ。それとこれは、君の狩人としての階級章と素材の代金だ」


 そう言って神谷は、フリーパスと同じ位の大きさの金属板と小さな巾着袋を差し出した。

 どうやら先ほど鑑定していた素材は、悠夜が持ってきた分の半分程が買い取って貰えたようだ。


 悠夜が渡された巾着袋を開くと


「これって……」

「すまんが、用意していた金で買い取れるのはこれが限界だ」


 神谷は申し訳なさそうにしているが、悠夜は巾着袋の中身に驚愕していた。

 巾着袋には五百円玉ほどの大きさをした白銀色の硬貨が十数枚入っていた。「世界の裏」には紙幣はなく硬貨が流通している。種類は鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の五種類があり、鉄貨十枚で銅貨一枚、銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚、金貨百枚で白金貨一枚となる。日常生活で使われるのは主に鉄貨、銅貨、銀貨、たまに金貨で、白金貨はほとんど街同士の交易の時くらいしか使われない。


円で表すと


鉄貨てつか約10円

銅貨どうか約100円

銀貨ぎんか約1000円

金貨きんか約100000円

白金貨はっきんか約10000000円


だいたいこんな感じである。


 そして、悠夜が今受け取ったのはこの中で最も価値の高い白金貨だ。


「(これは買い取り切れないのも無理はないか)」


 悠夜は、今度からはもう少し手頃で、売りやすい素材を持って来ることにしようと思った。

 




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