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世界の裏の魔法則  作者: 初日
間章 朝の鍛錬と通りすがりの老人
20/45

18

「朝か」


 朝といってもまだ暗いが、目を覚ました悠夜はベッドから起き上がる。

 元いた世界では、朝には少し強い程度だったが、「世界の裏」に来てからは時間が来るか身に危険が迫れば、目覚まし時計も使わず瞬時に覚醒できるようになった。(なる必要があった。)


 素早く着替えて部屋を出る。

 そして悠夜はまず雪菜の部屋へ向かい、ドアをノックする。


「雪菜、時間だ、起きてるか?」

「うん。今起きたところ」


 中からはっきりとした返事が返って来る。雪菜は朝に強いようだ。

 悠夜は雪菜の部屋をあとにして、一葉の部屋へ向かう。


「一葉、入るぞ」


 雪菜の部屋のときとは違いノックもせずにドアを開ける。

 一葉は昔から、朝に弱く人に起こして貰わなければ、なかなか一人では起きられない。

 明かりを点けると散らかっただらしのない部屋が露わになる。


 ちなみに部屋の明かりは、魔石と呼ばれる「世界の裏」特産の物質によって点いている。

 魔石は魔獣の体内で生成される魔力の圧縮体だ。

 大抵の魔石は周囲を照らしたり、小さな火を起こしたりと戦闘で使えるほどの出力は持っていないが、電気のないここでは魔石が電気の替わりに人々の生活に大きく貢献している。


 ベッドに近づき、気持ちよさそうに眠る一葉を揺さぶる。


「一葉、起きろ、時間だ」

「ん~……もう少し……」

「ダメだ。そもそも鍛錬をつけてくれって言ってきたのはそっちだろ」


 そうなのだ。悠夜が昨日、「死の森」から帰って来ると家族皆から悠夜の魔法を教えてくれと頼まれた。

 どうも悠夜が家を空けている間に、悠夜の魔法について話し合いがあったらしい。

 悠夜の魔法は、あまり人には知られない方がいいため普段は使えないが、悪鬼の群れに襲われた時のような想定外の事態が起きた時にはやはり力が必要になる。そのため、不足の事態に備え全員悠夜の魔法を教えて貰おうという結論に至ったそうだ。

 そして今日は鍛錬初日。

 しかし、一葉は初日からこの調子である。

 長女としてもう少ししっかりして欲しいものだ。

 そんなことを思いながらしつこく揺さぶっているうちに、ようやく一葉が上半身をベッドから起こした。


「おはよう、やっと起きたか」


 すでに他は起きているだろう。


「ん…………」


 一葉は眠気眼をこすりながら目を開き


「…………え?」


 硬直した。


「な、なんで悠夜がここに?」


 どうやら起こしに来たのが悠夜だと今気付いたようだ。


「起こしに来たからに決まってるだろ。昨日僕に鍛錬つけてくれって言ったの忘れた?」

「あ、そ、そうか……」


 そして一葉は回りを見回す。

 目に入ってくるのは、脱ぎ散らかした衣類やほったらかしの教材が散らばる全く整頓されていない自分の部屋。

 年頃の少女が意中の相手に見られて恥ずかしくないものではない。

 一葉は顔を引きつらせながら、おそるおそる部屋に置いてある鏡に写った自分の姿を確認する。

 そこには、髪が乱れ、寝間着が際どいところまで着くずれ、頬に涎の跡がついた到底人には見せられない自分の姿が写っていて……


「いやあああああああああああああああああああああ!!!!!」


 家中どころか街中に一葉の絶叫が響き渡った。






「ぐすっ……ううっ、およめにいけない……」

「いや、ほんとごめん」


 現在悠夜は頭から布団を被り、ぐずっている一葉をなだめている最中だ。


「(昔は全然気にしなかったのに、一葉も年頃なのかなぁ)」


 内心では「これくらい気にすることでもないだろう」と思っているが、そんなことを口にすれば泣きながら罵倒されそうなのでやめておく。


「…………もの」


 一葉がなにかを呟いた。


「え?なんて?」


 しかし、声が小さすぎて聞き取れず、聞き返す悠夜。

 すると、一葉は布団から顔をわずかに覗かせ、もう一度呟いた。


「……今度の休み、買い物に付き合って。それで、許す」

「ああ、分かった」


 それくらいなら、おやすいごようだ。

 悠夜が快諾すると一葉はぱっと明るい顔になる。

 立ち直りが早いところは、そのままのようだ。


「っ?」


 どうやら、機嫌はとれたようだな。

 と思っていると、何者かに後ろから脇腹を抓られた。痛くはないが、妙な感覚だ。

 振り向くと雪菜がムスッとした表情で悠夜を見つめていた。


「どうした?」

「……わたしも行きたい」

「へ?」

「買い物、わたしも行きたい」

「それなら雪菜も一葉と一緒に―」

「兄さんと二人で」


 雪菜に言葉を遮られる悠夜。


「いや、一緒に行けば―」

「「よくない」」


 今度は一葉まで声を揃えて、悠夜の言葉を遮る。

 二人は仲がいいはずなのになんでだ?

 などと悠夜が頭を捻っているうちに、土曜日に一葉、日曜日に雪菜と買い物に行く約束を取り付けられた。






「じゃあ、始めようか」


 そして、予定より少し遅れて家の近くにある川の畔で鍛錬を開始。

 悠夜はまず自分の我流魔法、命名多式魔法(多数の工程を含んだ術式による魔法)の基礎とも言える魔力を圧縮するための術式を四人に習得させることにした。

 しかし、ここで問題が発生する。


「ぬおおおおおおおお!!」

「くうっ!!」


 光夜と雪子の魔力が、なかなか圧縮されないのだ。

 一葉と雪菜は、おぼつかないながらも少しずつコツを掴み始めているようなのだが、光夜と雪子の魔力は圧縮しようとすると凄まじい反発力を見せる。


 子供のうちは、体の柔軟性を上げるのは簡単だが、大人になってからでは、なかなかそうはいかないのと似たようなものだろうか?


「う~ん、どうも年齢によって魔力の質が異なるようだなぁ」


 このままでは埒が明かない。


「この術式は、父さんと母さんには向いてないみたいだね。もう一つの術式を試してみようか」

「(ぜいぜい)…………もう一つ、だぁ?」

「(はあはあ)…………他にも、あるの?」


 息を切らせながら尋ねる二人。


「ああ、難易度が上がるけど、今の術式じゃダメっぽいしね」


 もう一つの術式とは、多式魔法の中でも出力の高い魔法に組み込まれている魔力を超圧縮するための術式だ。

 この術式で、二人の反発してくる魔力を無理矢理圧縮するのだ。

 扱いが難しく、多式魔法初心者には酷だが我慢してもらおう。


 術式を変えるとかなり効率は悪いが、何とか大人二人も魔力の圧縮ができるようになった。

しばらくはこれを繰り返して、もっとスムーズに魔力の圧縮を行えるようになって貰わなければならない。

 悠夜が、この鍛錬を毎日行うことを言い渡して本日の鍛錬は終了した。






 四人が疲労困憊といった感じで家に戻った後、雪子が朝食の用意をするまでまだ時間があるので、悠夜は自分の鍛錬を開始した。

 その場に座り坐禅を組む。

 今の悠夜は傍から見るだけでは、ただ坐禅を組んでいるだけなのだが、その体の中では人間の領域を遙かに上回る量と密度の魔力が、これもまた人間の領域を遙かに上回る精密な制御の下に統制され、全く外へ漏れることなく渦巻いている。

 魔力と肉体を極限まで活性化させ、それを維持する。

 すると、悠夜の研ぎ澄まされた感覚が一つの人の気配を捉えた。

 ただの気配ではない、巧妙に隠された気配だ。素の状態ではかなり近付いてからでなければ気付かなかっただろう。

 その気配はどうやらこちらへ向かっているようだ。

 この場を離れようかとも考えたがやめる。

 別に今やっていることは見られたところで、ただ坐禅を組んでいるようにしか見えないし、なによりこの気配の主のことが気になったので、そのまま坐禅を続ける。

 そして、気配が悠夜のすぐ近くまでやって来た。


「朝早くから感心じゃのう」


 悠夜は声のした方へ目を向ける。

 そこには、白く染まった長い髪を持つ、いかにも魔法使いといった感じの老人が立っていた。


「(この人、相当デキるな)」


 気配を感じたときから思っていたが、目の前の老人はおそらく神谷を上回る実力者だ。


「あなたは?」

「驚かんのじゃな」

「気配を感じ取るのは得意ですから」


 ここまで近ければ素の状態でも十分気付ける。

 すると、老人は面白そうに目を細める。


「そうかそうか、ちなみにわしはただの通りすがりじゃ。坐禅中話し掛けてすまんかったのう」


 明らかに、ここを目指していたでしょう?

と言ってやりたかったが、それを言うとだいぶ前から気付いていたと、ばれてしまうので口には出さない。


「僕に何か用ですか?」

「用というほどのことではない。少し聞きたいことがあっての」

「聞きたいこと?」


 悠夜は首を傾げる。

 今の悠夜は、ただの川の畔で坐禅を組んでいる少年だ。わざわざ精神統一をしている人間に話しかけるなどという失礼なことをしてまで何を聞こうというのか。


 すると、老人の目が鋭くなり


「うむ、では率直に聞こう。……おぬし何者じゃ」

「!」


 思わず身構えそうになるのを堪え、ポーカーフェイスを作り聞き返す。


「……何者というのは?」

「言葉通りじゃ。おぬし、ただ者ではなかろう」

「(何故分かる!?)」


 悠夜は内心困惑する。

 悠夜はこの街にいる間ずっと一つの魔法を使っていた。


隠密系統魔法 偽装ぎそう


 これは自分の気配を消すのではなく、偽る魔法。

 達人と呼ばれる者達の中には、気配で相手の力量がある程度予測できる者もいる。

 それは悠夜にも可能だ。

 だから悠夜は普段、気配から力量を悟られないように、自らの気配を偽っている。

 

「どうしてそう思うんですか?」


 今、目の前の老人にとって悠夜は、年の割にはかなりデキるが異常というほどではない、くらいの力量に見えているはずなのだ。


「わしはこれでも若い頃は名の通った狩人での、気配から大まかに相手の力を測ることができるのじゃが、おぬしの気配ははっきりしすぎておる。

普通気配とはもっと曖昧で不確かなもの、変わりもするし、揺らぎもする。

じゃが、おぬしの気配にはそれが全くない。まるで、あらかじめ見せるために用意しておいた作り物のようにな」

 そして、老人の答えは悠夜の思いにもよらないものだった。


「…………今まで考えたこともありませんでしたよ」


 これは、自分の負けだ。悠夜は素直にそれを認めた。


「シラを切ったりはせんのじゃな」

「どうせ確信しているんでしょう?」


 今更とぼけたところで無意味だ。

 まあ、何を隠しているのかまで教えるつもりはないが。


「ほっほっほ、その通りじゃ」


 愉快そうに笑う老人。

 だが、すぐに先ほどと同じ鋭い目つきに戻る。


「で、改めて聞くがおぬしは何者じゃ?」


 悠夜は正直に答えた。


「僕にもよく分かりませんね」

「分からんとは?」

「僕は「渡り人」で、一年前この「世界の裏」に来たのですが、最近まで人と接する機会がなかったので、ここの人々にとって、自分がどういった存在なのか分からないんですよ」

「ほう、「渡り人」か」


 老人は興味深そうに目を細める。


「僕の方からも聞いていいですか?」

「かまわんよ」

「あなたには、僕がどんな存在に見えますか?」


 この質問に深い意味はない。単なる好奇心だ。


「ふむ、そうじゃのう―」


 老人は途中で言葉を切る。答えるのを躊躇ったわけではない。

 それは悠夜にも分かっている。人の気配が近付いて来たのだ。


「続きはまた、そのうちの」

「そうですね」


 悠夜もこれに頷く。




 そして、老人が居なくなってすぐ


「悠夜、朝ご飯できたわよ」

「分かった、今行く」


 悠夜は坐禅をやめて立ち上がり


「この世界には面白い人がいるんだな」


 そう言って、楽しそうに笑った。






{老人}

「面白い若者じゃったのう」


 老人は離れたところから、川の畔をあとにする悠夜を見ていた。


「わしの見立てが正しければ、おぬしは人々に希望を与える勇者にも、絶望を振りまく魔王にも、世界を救う救世主にも、崩壊させる悪魔にもなれるとんでもない存在じゃ」


 誰も居ないところで、悠夜の問いに対する答えを口にする。


「おぬしがこの先、この世界で、どのように生きていくのか楽しみにしとるよ」


 そういう老人の顔は、悠夜と同じく楽しげだった。





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