16
「な。信用できる人だっただろ」
「そうだね。これで素材の売却は、どうにかなりそうだ」
現在二人は街の近くの森の中を歩いている。
悠夜はこの先の山の向こう、自分がつい最近まで暮らしていた「死の森」へ荷物を取りに行くため、光夜はさっき協会で受注した薬草の採集依頼のためである
この森に「死の森」のような名前はない。
名前が付けられるのは基本的に危険度の高い場所だけらしく、それ以外はせいぜい頭に方角などが付く程度らしい。
魔獣の存在により、行動範囲の著しく限定された環境ではそれで十分なのだ。
窮屈に感じ旅をしようと考える者は多くいるが、それを実際にやっているのはほんの一握りだけだ。
それを行うには相当な実力が必要とされるし、それほどの実力者は街が必死になって留めておこうとするからだ。
「(まあ、僕は絶対に旅するけどね)」
悠夜にとってこの「世界の裏」には、まだまだ知らないことも、知りたいことも山ほどある。一カ所に留まっているなどありえない。
「(金は「死の森」の特産物で稼ぐとして、あとはちゃんとした装備か)」
悠夜は今、「死の森」に行くということで、一度家に戻って、本来の装備を身に着けて来ている。
だが、この装備は悠夜が魔獣の角や牙を削っただけのものや、皮や鱗をそのまま強引に繋ぎ合せたものばかりだ。
素材は一級品だが、加工方法が雑すぎる。
腕の立つ職人に見繕ってもらわなければ。
「(素材売りに行ったとき、会長に聞いてみよう)」
悠夜がそんな算段を立てていると、光夜が何かを見つけた。
「おっ。こいつは青葉草じゃねえか」
「青葉草?」
「おう。これだ」
たしか光夜の受注した依頼は、如月草とかいう食用植物の採集ではなかっただろうか?
などと、悠夜が依頼内容を思い出していると、光夜は地面から一本の草を摘み取って、悠夜に見せた。
「青葉草とか言ってるけど水色だよね、これ」
「そこは気にすんな。こいつは、効力の高い解毒薬の材料になる植物で、それなりにいい値段で取引されてんだ。覚えとくといい」
「へえ。そういえば「死の森」にも似た様な形と効力の植物があったっけ、僕も一時期世話になってたよ。色は濃い紫だったけど」
まあ、単独での戦闘中は解毒薬を飲む隙なんてほとんどないし、「死の森」の魔獣の持つ毒の中には即効性の非常に高いものも多く、解毒薬を口にするより速く筋肉を弛緩させる毒もあった。そのため体内で毒を分解する魔法を開発してからは、傷口の消毒ぐらいにしか使わなくなったが。
「紫!?」
それを聞いて光夜が目を見開く。
「そうだけど、どうかした?」
「どうかしたって、それは紫葉草じゃねえのか」
「なにそれ?青葉草の親戚?」
「いや、一応種類としては同じものだ。ただ、青葉草は生える場所によって、色に濃淡の差が出る。その中でも紫に近い色をしたものが紫葉草って呼ばれてんだ」
「なにか違ったりすんの?」
「効力が大違いだ。色が濃いもの程、効力が大きく高値で取引される」
「ふーん。「死の森」では紫しか生えてなかったけどね」
「ちなみに、どれ位生えてた?」
「そこらじゅうに」
探せば大して苦労もせずに見つけられたはずだ。
それに解毒薬の材料なら、これより効力の高いものだって他にあった。
「……取り敢えず、有るだけ採ってこい。
今市場じゃ解毒薬の素材が不足してるから相当な値が付くはずだ。会長なら適正価格で買い取ってくれるし、ぼられることもない」
「分かった」
どうやら「死の森」は魔獣の素材だけでなく植物も希少なようだ。
「(図鑑でも持って来ればよかったな)」
そんなことを思っても、今更取りに帰るのも面倒なので今回のところは諦める。
「じゃあ父さん、僕はそろそろ行くよ」
「おう、気を付けてな」
「ああ」
悠夜は軽く頷きながら術式を展開する。
そして、発動
強化系統魔法(肉体強化+感覚強化) 闘氣
これは人体の持つ能力を全体的に底上げする魔法で、効力は普通の強化魔法に五感、動体視力、反射神経などの強化を足したようなものだ。身体能力の上昇率だけを見れば、普通の強化魔法とそれほど変わらない。少し上、程度だ。
この魔法は人体の持つあらゆる能力を満遍なく強化するため、個々の能力の上昇率はそれほど高くはないのだ。
しかし、この魔法は非常に効率が良く、少ない魔力で使用することができる。悠夜の高い魔力回復速度を持ってすれば、回復量が消費量を上回る。
そのため悠夜は、臨戦態勢のときや、走って移動するときなどはよくこの魔法を使用する。「死の森」を出てから、一日と半分ほどの時間しか掛けずに、街周辺の森に着くことができたのはこの魔法のおかげである。
魔力が全身に血液の様に循環したのを確認し、悠夜は駆け出した。
次回は一葉視点です。




