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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
最終章 浅葱の彼方へ
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私は医者です!!

松本は永倉に連れられて、少し離れた部屋へ通された。

そこには土方を始め新選組の面々が揃っていた。

松本の到着を待ちかねたように土方が口を開く。


「松本先生。これを」

「酷いな」

「ああ、腹に何発か銃弾を受けている」

「うむ」


松本は布団に仰向けに寝かされた男の傍に腰を下ろした。

まだ、息はある。

目は固く閉じられ、虫の息と言ってもいい程だった。

着物を捲ると真っ赤に染まったサラシが巻かれてあった。


「これは?」

「たぶん、自分で巻いたのだろう。これにはその心得がある」

「大した男だ」

「ああ。だから先生!こいつを助けてやってくれっ。頼む、この通りだ・・・」


土方が松本に深々と頭を下げている。

取り囲むように座っていた他の者も同じ様に頭を下げた。


「松本先生、お願いします」

「何でもするから、頼む」


新選組の組長たちが、自らの額を畳に押し付けて請う。

そうまでさせるのはこの男の偉大さか、それとも・・・


「頭を上げてくれ、医者に絶対的な力は無い。だが、私が持ちうる全ての力を注ぐと誓う」


松本は無言で目の前に横たわった男の治療にかかった。

此処に生きて運ばれた者たちの比ではない。重症だ。

傷からして半日以上は経っている。

息をしているのが奇跡だと言いたいくらいだった。



その頃椿は広間で対応していた怪我人もようやく落ち着き始めた。

残念ながら息を引き取ったものもいた。

それでも、やれることはやったつもりだと振り返る。


(山崎さんはまだ?)


まだ戻らない山崎の安否が気になる。胸の奥がざわざわしてならない。

そのざわざわを掻き消したくて一心に怪我人の治療をした。


(良順先生はまだ。ここも落ち着いたし手伝いに)


椿は何かしていないと落ち着かなかった。廊下にでて良順を探した。

それにしても新選組はどうなったのか。永倉の顔は見たが、他の者たちは無事なのかと気にかかる。

廊下を歩いていると、聞きなれた声が聞こえてきた。


「頼む、何とか助けてくれ!失くしちゃならねえんだこいつは」


土方の悲痛な声が聞こえる。すると他にも「先生、どうか」と斎藤の声もする。

「先生っ!」原田や永倉までも。そして「僕からもお願いします」と沖田の声もする。

皆に共通するのはある人物の命を救ってほしいと松本に縋っていることだった。


(もしかして、近藤さんがっ!?)


肩の傷が悪化してしまったのだろうかと一瞬頭をよぎった。


「椿です。失礼します!お手伝いにあがりました」


障子をスーッと開けると、一斉に皆が振り返った。とても驚いた顔をして。

その中には椿が心配していた近藤の姿もあった。


「あれ、近藤さん・・・え?では、どなたが」

「椿っ!」


ものすごい勢いで土方が歩み寄り、椿の前に立ちはだかった。

それはまるで進入を阻むかのように。


「あの」

「椿、お前は少し休め。ずっと働きっぱなしだろう?」

「いえ、それは皆さんも同じです。私は大丈夫です」


椿は怪我をしている人物が誰なのか、なぜ新選組幹部たちが深刻な顔をしているのか。

それが気になって仕方がなかった。


「椿」と松本が低い声で呼んだ。


「はい」

「お前が医者として向き合えるのならば、入室を許可しよう。もしお前が女として狼狽するのなら、一歩たりともこの者に近づくことは許さない。どうする」

「え・・・?」


椿は松本が何を言いたいのかを考えていた。目の前の土方は不安そうにその瞳を揺らしている。

土方が動揺するほどの人間なのか・・・医者として、女として。その意味は。

椿が考えている間も松本の手は動いていた。

真っ赤に染まった布がたくさん散らばっている。倒れた男の腕が血で染まっているのが見えた。

時々、ピクピクと反応している。かなり危険な状態である事は察しがついた。


その放り出された、血で汚れた腕を椿はじっと見つめる。

男にしては割と細く長い骨ばった指、細やかな仕事が出来そうな繊細さを覗かせる。

顔は島田が座っていて見えない。でも腕の作りからして体格は想像できた。

新選組であてはまる人物と言えば・・・


「良順先生!!」


椿は心臓が激しく唸り始めたのを感じる。まさか、いや違う、でもひょっとして、そんな言葉が脳を支配する。見れば見るほど椿が想う男の顔しか浮かび上がってこない。


「椿!今のお前は医者か、それともただの女か!」

「ぃ・・・、医者ですっ!!」


土方のわずかな制止を振り切り、良順と島田の間に体をねじ込ませた。

そこに横たわっていた人物を見て椿は心臓がドクンッと音を立てて跳ねた。


(うそ、誰か嘘だと言って!山崎さんっ!!)


叫びたくなるのをぐっと堪えた。ここで泣き叫んでは外に追い出されてしまう。


瀕死の重体に陥っていたのは、山崎だった。

全隊士に撤退を知らせるまで、ぎりぎりまで退避せずに伏見・鳥羽・淀と駆けていたのだ。


「椿」と、皆が名を呼ぶ。


椿は乱れる精神を取り繕う為か、両目を閉じた。

早打する心臓、浅い呼吸、込み上げてくる恐怖と涙。

椿は全てを抑えこむようにゆっくりと深く呼吸をした。


私は医者だ。女になる前から医者だった。

この人を救うのは私、死なせないと誓ったのは私だ!


「私は医者です。新選組の医者です!」


良順は椿の言葉に驚くと同時に、強い意志を持った椿の瞳に射ぬかれた。目を細めて彼女を見る。

なんと強い女になったものだと。


「分かった、治療を続ける。椿は私の助手をするように」

「はい!」


(絶対に死なせません。あなたは約束通り戻って来てくれた。だから今度は私が約束を果たす番です)


「山崎さん!椿です。もう大丈夫です。だから頑張って!」


椿がそう叫ぶと、山崎の瞼がピクリと動く。


誰もが息を呑んで、二人の医者と山崎を見守っていた。

あと、数話で完結な予感がします。


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