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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
最終章 浅葱の彼方へ
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撤退命令

錦の旗が薩長連合軍の手によって掲げられた。

旧幕府軍は賊軍となり、これまでの勢いは急激に衰えた。

自分たちが正義だと信じていたのだから当然だろう。

逆に官軍となった薩長連合軍の士気は上がる一方だった。


日が昇るのと同時に勢いづいた官軍の兵士たちは、手当り次第に旧幕府軍の兵士を斬り、銃弾で撃つ。


「一人も残すな!壊滅させろ!」

「おお!!」


一万を超える徳川の兵士たちは戦いを放棄し、ばらばらと散り逃走を図った。例え数が相手に勝っていようとも、実際に刀を振るい人を殺す経験をした者は多くなかった。

二百五十年もの長い期間を納めてきた為、生死を分けた戦争を経験していなかったのだ。


「土方さんどうする!」


原田が苛立ちを隠しきれずに問う。

土方は奥歯を噛み締め、拳を握りしめ官軍を睨みつける。


「くっ…。退く、大阪城に向けて撤退だ!」

「分った。撤退ーー!!」


此処で犬死するわけには行かない。終わらせてたまるかと土方は(はらわた)が煮えくり返るような思いで撤退を決断した。


「まだ伏見や鳥羽に生き残った隊士たちがいるだろう。誰か伝令を頼める奴はいないか」


一人でも多くの仲間を助けたい。

それぞれの武運にかけてやりたい。


「副長。俺が行きます」


(山崎さん!!)


「いや、かなり危険だ。お前は失いたくない、他の者に」

「俺が!行きます」


山崎の双眸は土方を矢のように突き刺した。


「俺なら何処に隊士たちが居るか分かります」

「だが」

「必ず、生きて戻ります」


椿は黙って聞くしかなかった。自分に止める権利はない。

新選組として武士として山崎は任務を全うしようとしている。


「分った。山崎烝、貴殿に全隊士の撤退命令を託す。必ず生きて帰れ!命令だ!いいな!」

「御意!」


土方の撤退命令を預り、山崎は再び鳥羽街道を駆けるのだ。

一礼し、頭を上げると視線を椿に向けた。

椿の顔を焼き付けるように暫く見つめ、ふわりと笑ってみせた。


それを最後に山崎は背を向け、傍に繋いであった馬に跨った。

手綱を握り、(あぶみ)で軽く馬の腹を蹴るとあっという間に土埃の中に消えていった。


「山崎さん!!」


もう椿の声は届かない。

山崎の背中が小さくなり、見えなくなった。


(どうして笑ったの。あんな優しい顔でっ・・・)


「退け!大阪城を目指せ!新選組、撤退!!」


近くで叫ぶ原田の声が遠くに聞えるほど、椿の頭は霞んでいた。

土方に手を引かれ、ただ脚だけを前に動かした。

振り向かない、先に大阪城で待つのだ。

必ず戻ってくる!歯を食いしばって走り続けた。


ーーーーー


「新選組!伝令、撤退っ!大阪城へ走れ」


山崎は馬と同化するように低い姿勢で駆けた。


刀で斬り合う隊士たちの間を抜け伝令を飛ばす。

銃弾が飛び交う中も、砲弾が落ちる中も山崎は走り続けた。


「新選組全隊士に告ぐ、撤退ーー!!」


「山崎!」

「斎藤さん!ご無事でしたか」

「ああ、かなり酷い戦だ」

「はい、副長より命令です。大阪城へ向けて撤退して下さい」

「承知した」


言葉少なめに交わすと山崎は再び伏見へ向けて駆けて行った。

斎藤も斬り掛かって来る官軍の兵士を倒しながら、大阪へ足を向けた。


山崎の伝令を聞き、次々と隊士たちが引き揚げて行く。

散り散りになりながらも、(みな)は大阪城を目指した。




ーー大阪城ーー


命からがら撤退してきた者たちが大阪城へと入る。

先に到着した土方たちは、将軍慶喜への目通りを願い出た。

しかし、


「江戸に向かった・・・だと?」


既に徳川慶喜は大阪城を後にし、半数の兵士を連れて江戸に立った後だった。


「なんてザマだ!」


その間も続々と旧幕府軍の兵士たちが入城する。

怪我をした者も脚を引きずりながら、肩を支え合いながら。


「椿じゃないか」

「良順先生!」


松本良順は此処で怪我をした兵士や、巻き込まれた町民の治療をしていたのだ。椿も引き揚げてくる隊士に備え医療班に加わった。

此処で待てば皆に必ず会えると信じて。


(山崎さん!どうか無事に帰って来てください!)


心の中で何度も叫びながら、椿は手を動かした。


酷い有り様だった。

銃を向けられた上に、刀で斬りつけられた者が多かった。

弾を取り除き、縫合しキツく縛る。

繊細な指の動きに加えて、最後は力を入れて縛り上げる

何人、何十人と同じ事を繰り返せば指も腕もいうことを利かなくなってくる。細かい作業の時になると指先が震えだす。


「椿、大丈夫か?少し休みなさい」

「いえ、大丈夫です!」


休んでいる間に山崎が戻ってくるかもしれない。もしかしたら、怪我をしているかもしれない。

それを考えると、この場から離れたくなかった。

次々と運ばれる兵士たちを一人づつ確認する。

まだ、山崎は戻らない。


瀕死の者が運ばれて来る度に、もしかしたらと心臓が速まる。

山崎ではない事に密かに安堵し、出入りのする方向を注視しながら治療を続けた。


ーーダンっ!戸が励ましく開けられた。


振り向くとそこに、永倉が立っていた。


「永倉さん!よくぞご無事でっ」

「っ、椿ちゃん・・・」

「ん?お怪我でも?」

「ははっ!見てみろ無傷だぜ?凄いだろ」


永倉は腕を曲げて笑いながら、威張るように無傷を強調する。


「ふふふ、さすが二番隊の組長ですね」

「おうよ!で、すまん。松本先生呼んでくれるか?」

「はい」


椿は松本を呼んだ。

入口で永倉と松本はヒソヒソと何やら相談をしている。

椿はその間も怪我人の治療にあたる。


「・・・分った。私が行こう」

「すまない」


松本は硬い表情で永倉の申し出を受けた。


「椿、少し外す。ここを頼めるか?」

「はい、急用ですか?」


松本は「ああ、幕府側のお偉いの治療だ」と言って出ていった。

椿は此処が落ち着いたら手伝おう、そう思っていた。


「私も後で・・・え?(もう、居ない)」


あちこちで呻き声がする。

椿は薬を手に広間を走り回った。

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