慶応四年一月三日―賊軍―
目の前にあるはずの徳川の歩兵部隊が、壊滅状態だった。
何がどうなって、こうなったのか。
まだ息のある兵士に土方が駆け寄り、
「おい!徳川が誇る歩兵部隊に何があった!!」
すると男は目だけを土方に向け、蚊が泣くような声で答える。
「ここで薩摩と激突しっ、…はぁ、はぁ、ぐっ。さ、薩摩が我々に、発砲…し、た」
「鉄砲でか!?」
「て、っぽうと・・・ほ、砲弾(大砲)」
こんな通りで砲弾を放ったと言う。
見渡せば家屋も道もえぐられたように崩れ、倒れた兵士の殆どは吹き飛ばされたのかあり得ない方向に身体が曲がっている。
椿はその男の身体を素早く確認した。
「こ、これは」
「どうした。そいつは助かるのか」
「分かりません。身体の殆どの骨が・・・折れています」
「チッ!」
吹き飛ばされ地面に叩きつけられた事がそれを理由付けている。
その時、
「新選組の首を頂戴いたす!」
と、瓦礫の影から男が刀を振り上げて飛びかかってきた!
土方は椿を背に隠すと素早く刀を構え、男の一太刀を片手で払った。
「貴様、何処の者だ!」
「お前の首を戴いたら教えてやるっ」
キーン、ガガガッ!! ヒュン…キーン!
刀と刀がぶつかる。時折、火花が見える。
椿も腰の短刀に手を掛けた。土方の足枷になってはならない。
「貴様に俺の首が取れるかぁぁ!!」
ズザッ! 生々しい音がすると、男は仰向けに倒れた。
目をむいて死んでいる。
椿は初めて目の前で人が殺されて死んでいくのを見た。
殺らなければ殺られる。これが戦争・・・
「呆けている場合じゃねえぞ!見ろ!」
「はっ!?」
黒い影があちこちからぞろぞろと出てくる。
此処を通ることを承知の上で待ち伏せしていたのだろう。
土方は椿を背に庇いながら退路を探る。流石にこの数を土方一人では敵わない。
「土方さん!」
原田率いる十番隊がやって来た。鉄之助も刀を抜いて応戦しているではないか!
なんとか目の前の敵を斬り倒していく。
それでも無傷と言うわけにはいかなかった。敵味方完成なく倒れる。
椿には何もすることが出来ない。ただ、邪魔にならないように逃げるしかないのだ。
目の前の光景に恐怖と不安が椿を襲う、後ずされば倒れた兵士につまずく。
血塗れで目を剥いたまま絶命している。
震える手で、その者たちの瞳を閉じてやることが精一杯だ。
「うあっ」 隊士の一人が蹴り倒され、目の前で斬りつけられる。
ズグッ! 「ぐはぁぁ!」肉を切裂く音が鼓膜を震わせる。
駆け寄って助けたくとも、自分がそれで斬られては意味がない。
足が竦む、手が震える、声が出ない。
「椿!走れ!」 原田が叫んだ。椿はその意味が理解できない。
それよりも足が動かないのだから。
土方の顔が歪み「椿!」とひたすら叫ぶ。椿がそっと後ろを振り向くと、
「新選組の首を頂く。覚悟せよ」
男が静かに刀を振り上げた。『殺される!』椿は腰の短刀をとっさに抜いた!
一瞬男が目を剥く。
間合いは十分すぎるほどある、握りしめたその短刀を椿は右から左に弧を描くように滑らせた。
「ぬおっ、お主っ。居合か!しかし、そんな軟な一刀では殺せぬぞ」
後ろによろけながらも男は体勢を整える。
竦んだ足に気合を入れて、逃げようと地を蹴ったその時、誰かが椿の手を取り強く引いた。
「椿さん!」
ーー 山崎だ!!
山崎は素早く椿を自分の後方へ退け、目の前の男を斬った。
肩で息をしながら椿の方へ来るとヒシッと一瞬抱きしめ「間に合った」とこぼした。
まだ安心は出来ない。
山崎は椿の手を握りしめ、転がった死体の間を駆け抜ける。
他の新選組は無事なのだろうか。
来た道を振り返ると、焼け焦げた家屋と無造作に並んだ死体が伏見の街道を埋め尽くしていた。
辛うじて振り切った隊士たちは林道に駆け込み、身を隠した。
もう辺りはすっかり暗くなり簡単に動けるような状態ではなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「椿さん、大丈夫ですか」
「はい、私はなんともっ。それより山崎さんは」
「俺は大丈夫です。かなり酷い状況ですね。これでは入京は難しい」
「そんなに・・・」
「一旦引くように伝令は飛ばしたのですが、皆散り散りで安否までは分かりません」
山崎の険しい顔を見ると、今の幕府軍の状況が思わしくない事が分かった。
土方と原田も合流し現状を確認し合った。
「想像を超える酷い有様だな」
「土方さん、やつらの武器には敵わねえ。新八たちは無事だろうか」
「あいつは殺しても死なねえよ」
「・・・だな」
そう言って希望を口にすることしか出来なかった。たった一発の砲弾が多くの家屋を焼き尽くす。
そこにはたくさんの町民たちが生活をしている場所だ。
死ななくていい者たちが死んでいく・・・
「向こうもこの闇の中では追って来ないだろう。今のうちに休んでおけ!寝るなよ、寝たら凍死だ」
雪こそないが、夜になれば冷え込みが増す。
椿は怪我をした隊士たちの様子を見る為に体を動かした。銃弾に当たったものはいない。
斬られた隊士の腕や足をサラシで止血し、傷口を布で覆った。
気休めの手当てしか出来ない。それでもしないよりはましだった。
日付も変わった未明、急にあちこちでどよめく声が上がった。
「副長!!」
偵察に出ていた山崎が血相を変えて走ってきた。
「どうした」
「錦の旗が・・・朝廷の錦の旗が薩長連合軍にあがりました!」
「なんだとぉ!!」
林道脇から目を向けると、土佐藩も加わり連合軍は勢いづいている。
その列の向こうに―――!!
確かに彼らは錦の旗を掲げていた。
「っ――!!!」
声にならない、連合軍に錦の旗が渡ったという事が何を意味しているのか。
薩長連合軍が『官軍』となり我ら徳川軍は『賊軍』、謂わば反乱軍と見なされたのだ。
「俺たちが賊軍だとぉ!くそっ!」
幕府の為にと戦ってきた士気がガタガタと落ちていく。
それを誰も引き上げることが出来なかった。
なんと屈辱的な事だろうか。
とうとう徳川率いる旧幕府軍は賊軍となりました。
官軍が正義と例えるなら、賊軍は反乱軍。現代で言うテロリストのような扱いでしょうか・・・
錦の旗も本物だったのでしょうか(¯―¯٥)
ちょっと疑っています。




