どんな時も君と明日を迎えたい
秋はあっという間に過ぎ、冬がやってきた。
この一年はずっと駆け足をして来たように早かった。年末くらいはゆっくりしたいと京の街は少しづつ年を越す準備が始まる。
「ケホッ、ケホケホ。うぅ寒い、嫌ですね冬は。喉の奥がカラカラで気持ち悪いです」
「沖田さん、お茶を飲んでいますか?」
「そんなにガブガブ飲めませんよ土方さんじゃあるまいし」
椿は今、沖田を診察中だ。
「おまえ、いちいち俺の名前を出すんじゃねえ」
「診察中に入ってこないで下さいよ」
土方はググっと眉間に皺を寄せて「此処は俺の部屋だっ!」と怒鳴った。そう、土方の部屋なのだ。
壬生の頃からの名残で今も土方の一室は診療所と化している。
「お二人とも喧嘩はやめて下さい。沖田さん首元を温めてください。温めることで咳も喉の渇きも少しはマシになると思います」
「はい、分かりました」
この頃の沖田は風邪をひきやすく相変わらず気管支が弱い。
その割には口は達者で土方を怒らせるのが日課のように繰り広げられていた。
しかし、椿のいう事は天邪鬼な沖田も聞く。だから土方も何だかんだ言っても許してしまうのだ。
(土方さんは沖田さんに甘いんですよね)と心の中で微笑む。
「では、私は出掛けますので」
「えっ。椿さんどちらに?」
「いいじゃねえか、今日は非番で山崎と逢引だ。邪魔するな」
「ちょ!土方さん逢引って言い方やめてください。なんだかイケない事のように聞こえます」
椿は頬を赤く染めて土方を睨みつける。睨まれた土方は頬を上げて笑うだけだ。
「イケない事って?」とさらっと聞く沖田も確信犯だ。
「もうっ!失礼します!」
プイと怒って出て行く椿を兄のように見送る二人だった。
***
椿は山崎と忍びで光縁寺に来ていた。
椿の手には酒と塩、山崎の手には桶に水が入っていた。
ここは先の粛清で亡くなった元新選組隊士の伊東甲子太郎や藤堂平助が眠っている場所だ。
自分にはこの粛清を目を瞑って終わるのを待つことしか出来なかった。特に年齢が近く、共に笑いあった藤堂の笑顔は今でも目に焼き付いている。誠実で賢く、剣の腕も一流だった男。
「藤堂さん、お久しぶりです。寒くはないですか?もうすぐ冬が来ますね。温かくしてお休みください」
そう言いながら水で墓石を清め脇に酒を撒く。最後にお清めの盛り塩をする。これを他の三人にも同じようにした。
二人は目を閉じ手を合わせた。
「椿さん、行きましょう」
いつまでも離れようとしない椿の手を握り、山崎はそう促した。
「はい」と返し、着物の袖で涙を拭う椿を見ると胸が締め付けられるようだった。
「山崎さんはお爺さんになるまで生きて、くださいね?」
山崎が椿の方を見ると、真っ直ぐに向けられた黒い瞳が揺れていた。
本当はすぐに答えを返してやりたい。しかし、近い将来は必ず戦争が起きる。絶対に死なないと言えるのか。
否、自分は椿に誓ったではないか!
山南さんが切腹をし、悲しみに打ちひしがれる椿にはっきりと。
「山崎さん?」
椿の心は不安で不安で仕方がないのだ。早く答えてやらなければ。
「前にも言いました。俺は死にません。新選組を良い方向へ導く為には絶対に死ねないのです。もしも倒れた時は椿さんが助けてくれるのでしょう?」
「はい!私が必ずお助けいたします」
そう言って椿は涙を流した。
山崎は人通りを避け、小さな高台へ椿を連れてきた。
「俺は這ってでも、あなたのもとに戻ってきますから」
山崎は椿の身体をそっと抱き寄せる。
ぽすっと音がしそうなほどに軽く腕に収まってしまう。
山崎の襟元をぎゅっと握るその指は余りにも細い。
「絶対に椿さんを置いて死んだりしません。だから椿さんも死んではいけませんよ。俺だけじゃない、椿さんだって危険な事には変わりないのですから」
山崎は椿を抱く腕にぐっと力を込めた。椿は「はい」と首を縦に振ると顔を山崎に向けて上げた。
そうして、ふわりと笑った。
「椿さん、あなたって人はっ。俺のほうが泣きそうだ」
山崎は堪らず椿の肩口に顔を埋めた。
この人はどうしてこんなに温かいのだろうと。
胸の奥をキュッと掴まれ、じわじわと熱いものが込み上げてくる。
「山崎さん、あのっ」
顔を見ようとする椿に悟られないように、山崎は椿の唇を自分の唇で塞いだ。椿の背と腰をしっかりと押さえ、椿の唇を自分のそれでなぞった。角度を何度も変えると薄っすらと椿が唇を開く。
山崎は自分の想いを椿に全て注ぐように熱を与え続けた。
「ふっ、ん。はぁはぁ、山崎っ、さん」
降参したのは椿で、唇を離すと肩で息をしながら抱きついてきた。
山崎も息が上がっている。
ここまで夢中になるつもりはなかったのだろう。
「すみません。俺、意識が飛んでいました」
椿の背中を宥めるように撫でながらそう言った。
すると椿の肩が揺れている。
「椿、さん?」
「ふふっ、ふふふ」
「まさか、笑って・・・」
椿は泣きながら笑っていた。キラキラとした光が瞳から流れながらも穏やかな笑顔を見せる。
「私、嬉しいです。山崎さんがそうまで私を慕ってくださっていることが。泣くほど嬉しい」
「・・・俺も、泣くほど嬉しいです」
山崎の頬は濡れていた。それは山崎自身が流した涙なのか、それとも椿の流した涙なのか。
もうすぐ日が暮れる。
どんなに辛い事が起きても、明日はやって来る。
でも、その明日は椿と迎えたい。
そう願わずにはいられなかった。




