表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
69/84

鬼でも弱る時はある

山崎から衝撃的な言葉を聞いた椿だか、以前の様に取り乱す事はなかった。

あの後、彼らの死体は四日も晒されたのだと聞いた。


山南の死も藤堂の死も誰が悪いでもなく、それぞれの志を貫いた結果がこうなったまでの話。

もしも誰かを、何かを恨むとしたら『時代』だろうか。


椿は怪我をした隊士を労い治療をした。

誰もがいつもと変わらない椿を見て安心していた。


「椿。ちょっといいか」


土方が椿を手招きする。

「なんでしょうか」と問えば「少し付き合え」と草履を履いてさっさと行ってしまう。

慌てて椿も後を追った。


土方は隊士の中でも体格がよく背が高い。

そんな土方の歩む速さに椿が追いつくはずもなく、小走りでついて行く。


「土方さんっ、待って下さいよ」


椿は降参したのか、歩くのを止め膝に手をついてハァハァと肩で息をする。

「ん?」と振り返った土方が椿を後方に見つけ、慌てて大股で戻ってきた。


「悪い!考え事をしていたら、気付かなかったな」

「いえ、それよりまだ歩くのですか?」

「ああ、もう少し歩くが・・・よしっ。詫びにこうしてやる」

「え?えっ、わっ」


土方は「暴れるな」と言い椿をヒョイと背負ったのだ。

そして無言でズンズンと進んでいく。

清水寺へ続く産寧坂(さんねいざか)を土方は椿を背負って歩いているのだ。


「土方さん、下ろしてくださいっ。歩けますから、重いですよ!」

「駄目だ。お前は転ぶだろう?ここは別名三年坂って言って転んだら三年以内に死ぬらしいぞ。それに重くねえからじっとしてろ」


何故か土方の声がいつより柔らかく優しく聞こえる。

鬼の副長とは言えきっと彼も弱っているのだろうと椿は思った。


黙って土方の背に身体を預けると、じんわりと優しさや温もりが伝わって来るようだった。山崎のそれとは違う、家族のそれに似ていると。

家族なんて幼い頃に別れているのだから知る由もない。

でも、もしもそれなら土方は間違いなく兄だ。


「寝てるんじゃねえだろうな?下ろすぞ」


登りきった所で土方は椿を下ろした。

紅葉はもう終わってしまったのか、枝からは葉が落ち始め寒々とした風景が広がる。そして振り返ると、そこからは京の中心部がよく見えた。


腕組みをして黙って街を見つめる土方は、凛々しかった。


「俺はつくづく自分が嫌になるよ。武士になりたくて幕府のために命をかけるって決めたのに、仲間ばかりを殺している」

「え?」

「これから間違いなく戦争になる。薩長同盟で倒幕派には勢いがある。近く新選組も幕府と共に戦うだろう。きっと大勢の仲間が死ぬ。おまえの大切なやつも死ぬかもしれねんだ」


椿は黙って聞いていた。

土方は自分が仲間を殺し、これからも死なせるかもしれないと言っている。其処には焦燥感を僅かに漂わせて。


「でも、後悔はしちゃいねえ。殺した奴らの分も俺は死ぬまで刀を振り続けるよ」

「土方、さん」


なぜそんな事を自分に言うのだろうか。誰も土方を責めたりしない。

皆、土方を慕い信じているのだから。


「椿。それでもお前は新選組と共に有り続けるのか。お前は武士じゃねえ、いつ離れてもいいんだぞ」

「何を言っているのですか!私が居なかったら誰が我儘な副長を宥めるのですか?鉄之助さんはまだお若いから無理です。山崎さんは忙しいので無理です。それに私は軍医ですよ。従軍すると言ったはずです!土方さんが私の命を護ってくれるって言ったのですがっ」


椿は土方を見上げ、力いっぱい睨んだ。

「武士に二言はありませんよねっ!もしそうなら副長とは言え、切腹ですよ!」と怒鳴った。


土方は目を見開いて驚いた。暫くの沈黙の後、


「まったく、椿には敵わねえなっ!」


と、頭を掻いてそう吐き捨てた。

土方は椿の気持ちを確かめたかったのだろう。多くの仲間が理不尽な死を遂げ、自分を恨んでいるだろうとそれで良いと思っていた。

しかし椿の心は何も変わっていなかったのだ。


「土方さんまでそんな・・・」

「ん?お前、いったい何人に敵わねえって言わせたんだ」

「数えていませんが、その言葉は聞き飽きました」


褒め言葉で言ったつもりだったが、椿にはそうは聞こえていない。

しかも自分だけでなく他の者もそう言ったと。


「ははは。やっぱり椿には誰も敵わねえよ。山崎がギリだな」


土方はにやりと笑って、椿の頭をポンポンと撫でた。

もう子供ではないと抵抗して見せるが、いつまで経っても椿は椿なのだ。土方はそれが嬉しかった。


「仕様がねえな、嫁に行くまで護ってやるよ」

「もうっ!結構です!」


大政奉還がいよいよ勅許された。徳川の時代は終わりを告げようとしている。

何がどうなるのか予測不能な世の流れを、命がある限り足掻きながら走るしかないのだ。


いよいよ、薩長の動きが激しさを増し始めた。


翌月、新選組は会津藩と共に伏見奉行所へ移動する事となる。

二度と京の町には戻らない出立となるのだ。

土方さんは鬼と呼ばれていましたが、本当は弱虫で優しい人だったんじゃないかと、勝手な妄想でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ