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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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慶応三年十一月十八日 ―出動―

今から148年前の出来事です。

後に、油小路(あぶらのこうじ)の変と呼ばれる事になります。

この日、近藤はかねてより伊東甲子太郎に政治についての意見交換をと誘いをかけており、その誘いを受けた伊東がやって来る日だった。

朝から屯所内はピンと空気が張りつめており、皆が険しい顔をしていた。


計画としては近藤の私宅にて土方と今後の政治についてさかずきを交わす。伊東の意見に賛同する素振りを見せながら酒に酔わそうという流れだ。

卑怯ではあるが伊東の剣は北辰一刀流と言われ日本でも指折りの流派であった。

確実に亡き物とする為には手段を選んでいる場合ではないのだ。


酔った伊東を帰り道で襲うのは槍の使い手である大石鍬次郎おおいしくわじろうが担う。

現場の指揮を執るのは原田左之助と永倉新八だ。他二十数名の隊士が出動することになっている。

伊東は何人部下を連れてやってくるのか不明だ。

念には念を入れ、武具(防具)も装備することになった。


「いいか、酔っぱらった伊東は七条油小路を通るはずだ。そこでれ。確実に仕留めたら、御陵衛士に知らせが走るようになっている。必ず奴らは伊東の死体を引き取りに来るはずだ。その時はいいな全員で叩け!」

「はい!」


伊東の命の危険を知らせるため町人を装わせた隊士を仕込んである。

間違いなく御陵衛士はすぐに伊東を連れに来るだろうと睨んでいる。


「原田くん、永倉くんいいかね」


近藤が二人を呼ぶ。神妙な顔つきで小声でなにやら言っている。


「もし伊東の死体を引き取りに来た者の中に藤堂くんがいたら逃がしてやってくれ。かれは前途有望な若者だからな」

「分かりました」


江戸で共に剣を磨いた藤堂のことは近藤も気に入っていたのだ。流派は違えど少なかれ同じ志をもって浪士組として京にあがったのだから。


こうして隊士たちの準備は整っていった。


椿は土方に呼ばれ、別室で待機していた。今夜、斎藤と逢引を装い宿で過ごさなければならない。

ただそれだけの事なのだが周りの緊張がひしひしと伝わり、椿自身も自然と固くなる。


「待たせたな」


土方が山崎と共に部屋に入ってきた。


新選組こっちの息がかかった宿を手配済みだ。お前は黙って斎藤とそこに入ればいい」


伊東が近藤宅に入る頃に合わせて斎藤とその茶屋で落ち合う事になっている。

全てが終わるまでそこに潜むのだ。


「明け方までには終わるだろう。終わったら山崎を迎えによこす。それまでゆっくり寝ていろ」

「っ、ゆっくりだなんて寝ていられませんっ」

「ふっ。そう固くなるな。まるで本当の逢引前のようだな」

「なっ、なんて事を仰るのですか!」


椿は顔を真っ赤にして土方を睨みつける。

土方はにやりと笑うと「そうやっていつものお前で居ればいいんだ」と言った。


(いつもの私・・・)


思わず山崎の顔を見る。

山崎は目元だけ緩め首を縦に振った。


(椿さんのままで居ればよいのです)


「はい。いつもの私で茶屋にてお待ちしております。皆さんにお怪我がない事を祈っております」

「おう。そうしてくれ」


そうは言っても緊張を抑えることは出来ない。しかし、自分に託された事だけはしっかりやろうと気合を入れた。どうか皆が無事で帰って来ますようにと願いながら。


***


いよいよその刻が来た。出動隊士たちは夜の巡察を装って出て行く。

椿は山崎と茶屋の近くまで行くことになった。


「すみません。本当は一人で行くべきところを」

「こんな薄暗くなった町を椿さん一人で歩かせるなんて、俺が無理です」

「ありがとうございます」

「仕方がないですよね。今までずっと御陵衛士あちらに潜んでくださったのですから。今回だけは椿さんを貸してあげます」

「えっ?ふふふ。山崎さん、まだ言ってる」


少し不貞腐れた山崎の表情を見てぷっと笑う椿。それを見て山崎もふっと笑う。

やはり椿には笑っていてほしい。

今夜どんなに悲惨で残酷な結果が待っていようとも、椿の笑顔だけは失いたくない。


「この角を曲がった先にある茶屋です。俺が来るまで大人しく待っていてくださいね」

「はいっ。山崎さんもお気をつけて」


山崎と別れ、椿は茶屋へと足を向ける。

ああは言ったものの、やはり緊張は隠せない。

それでも足を前に進める。

角を曲がると、入り口の前に斎藤が立っていた。

椿は小走りで斎藤の元へ走って行くと口元を緩ませた斎藤が「走らずともよいのに」と言う。


「まるで本当の逢引のようだな」

「えっ!もう!」


斎藤はわざと椿を煽るように言った。耳まで真っ赤に染めた椿が口を尖らす。

思った通りの反応に自然と顔が緩んでしまうのだ。


「入るぞ」


その一言にまた緊張が走る


「はい」


斎藤は黙って椿の手を取り、茶屋の戸に手を掛けた。

手を握られた事でビクンと跳ねてしまう椿は初々しく、可愛らしくてならなかった。


(今夜は理性との戦いになるやもしれんな)


斎藤は心の中でそう呟いた。


史実では斎藤さんも隊士と共に出動したらしいと書かれてあります。

今回は椿がいるので、歴史も多少変わっちゃいます(笑)


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