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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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いつもと変わらぬ刻の中で

伊東暗殺の計画は着々と進んでいた。

近藤が直々に文を伊東に宛てて書いた。政治情勢の意見交換という名目を付けて、近藤の私宅に招くことになっている。


決行日は11月18日。


本当はそれより前に斎藤を新選組に戻すことを考えていたが、念には念を入れて椿と逢引をしている(てい)を選択した。

斎藤は新選組にとっても無くしてはならない人物だからだ。


そして最近、土方の部屋に頻繁に出入りする人物が増えた。


「よろしいでしょうか!」

「おう、入れ」


若々しい、ハリのある声の主は市村鉄之助と言う。

十四歳だ。土方に茶を淹れたり、簡単な文を届けたりしている。


しかし、椿は疑っていた。

土方にしては珍しくこの子に対して甘い気がしてならない。

以前、沖田が言っていた事が頭に浮かぶ。


『それにしても土方さんはモテますね。そのうちそこら中に土方さん似の子が増えるかもしれませんね』


(似てなくもない、よね・・・まさか、土方さんの。でも十四なら京に来てからではないと思う。江戸の!?)


「椿、何だじろじろ人の顔を見やがって。言いたい事があるなら言え」

「えっ!ないです。ないですっ」


二人の関係が親子だとしても副長には変わりはない。

この鉄之助も良く出来た少年だ。文句の付け所はない!

今のところは!


「変なやつだな。なあ、鉄之助」

「はっ、いえ。素晴らしいお医者さまだと思います」

「だとよ?椿」


何故か二人のやり取りに顔が赤くなる。

そして胸の奥がじんとするのは何故だろうか。父と知らずに父の側で働く鉄之助、父でありながら父と悟られぬよう鬼の副長を通す土方。


(なんだか、感動していまいますっ)


いや、親子ではないのだ。本当に・・・

その証に鉄之助には兄がいる。流石に江戸にいた頃に同じ女から二人の隠し子を造ることはないだろう。



「すみません、少し外します」と、涙を堪えて椿は部屋を出た。



「椿さん?」


振り返れば山崎が居る。


「あ、お帰りですか?お疲れ様です」

「えっ。泣いて、いるのですか!」


山崎は椿の泣き顔を他の隊士には見せられない。すぐに手を引き椿を部屋に送った。


「何があったのです?」

「え、あ、その・・・」

「隠し事は、だめですよ?」


山崎の真剣な眼差しが椿の視線を射止めた。

椿はそれから逸らすことが出来なかった。


「土方さんが・・・」

「土方さんが!?」

「鉄之助くんと」

「はい」

「もしも親子だったりしたらって考えたら、泣けてきて」


瞳を涙で潤わせ、今にも零れ落ちそうにその粒が揺れていた。


「・・・え?」

「はい」


いや、「え?」に対して「はい」は無いだろう。

山崎の「え?」の反応は正常だ。


「あの、椿さん?もしも親子だったりしたらって、仮説ですよね」

「そう、ですね」

「親子ではないですよ」

「・・・」


椿はもうわけが分からなくなっているようだ。視線が定まらす、何かを懸命に考えているようだった。


(そう、親子ではない。では何故私はそんなことを?)


何故というか、単なる妄想に過ぎないのだか。


「その仮説は何処から来たのですか」


監察としての性が疼き始めたのか、椿がそう仮説を立てた根拠が知りたくて仕方がなかった。


「何処からって」

「はい、仮説には必ず根拠らしきものが存在しますから」


あまりにも真っ直ぐな姿勢に椿は焦った。

まさか、土方の不在時に恋文を盗み見したなどとは言えない。

ましてや、子種が欲しいと書いてあったなんてもっての他だ!

沖田の言った一言だけを掻い摘んで山崎に話した。


山崎は眉間にぐぐっと皺を入れ動かなくなってしまった。


(あゝ、もう私バカっ!)


「全く、正直呆れてものが言えませんね」

「すっ、すみません」

「椿さんの事ではありません。沖田さんですよ、あの人には困ったもんです」


山崎はブツブツとなにか言っている。

椿は「土方さんには、言わないでください。それに私が勝手に思い違いをしたんです。沖田さんにも言わないで下さい」とお願いをした。

すると山崎は真顔で椿をじっと見て、


「分かりました。では口止め料をいただけますか?」

「え?口止め料って・・・」


真顔だった山崎の顔がゆっくりと崩れて口角がくぐっと上がる。

まさか山崎もこんな顔をするのか!?


「山崎さん、なんか悪い顔していますけど・・・」

「それは椿さんにやましい事があるから、そう見えるのです」


なるほど、そう言われるとそんな気もする。


「さあ、椿さん?いただきたいのですが」

「えと」


椿はいくらならと巾着を漁る。すると山崎が「お金は要りません」とますます椿を混乱させる。

眉を下げ困った椿は「では何を」とお手上げだ。


山崎は少し身を屈めると


「椿さんの口付けで払ってください」

「あっ、え、山崎さん・・・」


椿は激しく照れながらも、山崎なりの甘えなのだと知る。

こんな口付けのせがみ方があるだろうか。

椿はふっと笑い、目を閉じて山崎に唇を重ねた。


世間が大政奉還でぐらぐら揺らぎ始め、坂本龍馬が暗殺され何が正解で何が間違いなのか分からなくなっている。


それでも椿は山崎とこの新選組と共に有りたいと思っていた。


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