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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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伊東の勘違いと新選組の分離

土方たちは江戸から隊士を五十名程引き連れて帰ってきた。

一緒に行った伊東はとても機嫌が良かった。何故ならばその殆どが、自分の伝手(つて)で集めた者達だったからだ。


それと入れ替わるように、会津藩からの要請で近藤が長州に行く事になった。長州藩の動きを牽制することが目的だとか。

それに近藤は山崎を連れて行くと言った。

以前、大阪の鴻池と同行して長州の事を知っているからだ。



「山崎さん、お気をつけて。くれぐれもご無理は」

「大丈夫です。喧嘩をしに行くのではありませんから」


旅立つ前夜、山崎は椿の部屋を訪れていた。

婚姻を約束してからは二人の心の距離はぐっと縮まった。

身体こそ重ねては居ないが、今の二人は何も不安に思う事はなかった。

ただ、命さえあれば。それだけだった。


「でも、やはり心配なんです」

「長州の女が、ですか?」

「え?・・・もうっ!」


そういう意味ではないと頬を膨らませ怒ってみせる椿は愛らしかった。山崎は色んな椿の表情が見たくて、時々こうして困らせるのだ。


「すみません。椿さんが可愛い過ぎて」


椿を自分に引き寄せると、そのままの勢いで唇を奪った。

優しく上唇と下唇を交互に食んで、背中から腰へと上下に何度も撫でた。


「ふんっ」


椿が息を漏らすと、待っていたかのように山崎は自身の舌を隙間から挿し込んだ。

椿は突然の事に頭を引こうとしたが、山崎がかっちり押さえていて逃げる事が出来ない。

舌と舌が絡まる事に羞恥と同時に『もっと』という欲望が顔を出す。


山崎の手によって少しづつ女の本能が引き出される。

椿は心の中で、この人は本当に祝言の日まで我慢できるのかと脳裏をかすめるが山崎は知る由もない。


(私の方が、耐えられないかもしれない)


などと、一気に成長を遂げた椿がいた。 

山崎の隊務は以前に増して忙しくなったが、それ以上に素晴らしい成果を上げていった。


こうして、以前よりも触れ合いの濃度が増した山崎に翻弄されながらも、

時は慶応二年へと移ろうとしていた。



***



年が明けてすぐ、伊東は永倉と斎藤を誘い島原に三日も滞在し酒を飲み交わした。隊内でも伊東の思惑は明らかで、誰がどう見ても自分の派閥に誘い込もうとしているのが分かった。


隊務を疎かにしたと言う理由から三人は謹慎処分となった。


「俺は絶対に伊東さんなんかにはついて行かねえんだ!なのになんだよ!謹慎なんかにしやがって!」


永倉の言い分は離隊の意思を示した伊東を止めようと説得したのだと腹を立てている。

斎藤は是とも否とも言わず黙りだ。


そんな三人の謹慎が解けた時だった。


椿が土方の使いから屯所に戻った時、伊東が行く道を塞いだ。

ふと伊東の顔を見ると不敵な笑みを浮かべている。


「あの、何か」

「少し宜しいでしょうか」


此処は屯所で仮にも伊東は新選組の参謀という立場だ。

椿ごときが拒む事など出来るはずがなかった。

伊東は自分の部屋に椿を誘った。


「既にご存知かと思いますが、近々隊を出ます」

「え」

「もちろん円満に進めるつもりです。有能な方々が賛同してくださいましたからね」

「・・・」

「藤堂くんはもとより、三番組組長の斎藤くんも一緒に」

「斎藤さんも!?」


伊東は椿の反応を満足そうに目を細めて見ている。


「そこで、あなたも是非我々と一緒にと思いましてね」

「っ。申し訳ございませんが、私は行きません」

「斎藤くんが一緒でも、ですか?」

「は?」


伊東は斎藤が一緒なら椿も来ると何故か思っている。


「あなた斎藤くんと離れ離れになってもいいのですか?」

「あの、何故そのようにお思いですか」

「頻繁に稽古を理由に逢瀬をしているではないですか。それに此処にいても先はありません。新選組は戦争に一直線です。そんなあなたは足手纏いでしかないのですよ」


伊東は椿と斎藤が恋仲だと勘違いをしているようだ。

稽古を逢瀬だと言うとは・・・


「女が従軍していると知ったら、慰め物にされるに決まっています。しかも、敵味方関係なく。我々はあなたを守ることが出来る。しかも好いた男の傍でならあなたも安心でしょう」


椿は目の前の男を睨んだ。何て下劣な考えだと。

その時外から声がした。


「伊東さん」 斎藤だった。


「斎藤くんか、噂をすればなんとやらですね」


軽く頭を下げた斎藤は「椿、土方さんが探している」と言った。

椿はその場から逃げるように伊東の部屋を後にした。



「土方さん」

「おう、入れ」

「お呼びでしょうか」

「あ?」


土方はきょとんとした表情で椿の方へ顔を向けた。


「御用があったのでは?斎藤さんが土方さんが探していると」

「・・・」


土方は何かを考えるかのように視線を少しずらした。

その後、わずかに眉間に力を入れるとこう言った。


「おまえ伊東さんに目を付けられてないか」

「なんで分かったのですか!」

「で、なんて言われた」


先ほど伊東から言われたことを土方に言うと、あからさまに嫌な顔をし「ちっ」と舌打ちをした。

椿を欲しがっているのを誰かから聞いていたのだろう。


「しかも誘い方が下品なんです!私が斎藤さんと恋仲だと勝手に思っていて、稽古を理由に逢瀬していたんだろうとか。離れたくないだろうから一緒に来いとか。戦に出ればただの、慰め物になるだけって!」


椿は拳を握りしめ、かなり立腹しているようだ。

土方はもちろん椿を手放すつもりはない、しかしひとつ気になるのは伊東が何故か斎藤と椿が出来ていると勘違いしていることだった。


(こいつは使えるかもしれねえな・・・)


「椿、落ち着け。俺はお前を手放したりしねえし、慰め物なんかにしねえ。そうだろ?」

「はい。私は土方さんを新選組を信用していますから」

「だったらいい。それから、ちょっと・・・こっち寄れ」


土方は指で椿にもう少し近くに寄れと言ってきた。

すりすりと膝を土方の文机に寄せると「もっと」と顔を突き出してきた。


「な、なんですか」


土方はにやりと笑うと、口を椿の耳に寄せなにやら話をしている。


「えぇ!そんな事私に言っていいんですか!」

「ばかやろう!声が大きいんだよっ。この事は近藤さんと本人と俺そして山崎しか知らない。お前が口を割ったら新選組は終いだ。いいな」

「分かりました」


翌月、伊東一派は新選組から分離し西本願寺から去って行った。

近藤と伊東との約束で、今後一切の隊士同士の交流や隊士の勧誘、移動は認めない事になった。

その中には斎藤一の名も含まれていた。


隊内は大きな落胆と不安が広まって行った。


土方さんの悪い顔が目に浮かびます。

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