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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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鬼(土方)の居ぬ間に・・・本能の確認

土方の不在中も特に問題なく割りと平和だった。

椿も良順のもとへ通い、着々と技術を身につけていった。


「椿さん、蘭学も随分モノになってきたのでは?」

「いえ、まだまだです」


良順が大阪に来た時は必ず椿は行くことにしていた。その道中は大抵が山崎と一緒だった。

二人はもともと大阪に居たのだ。椿が山崎を追って京に上がった。


「まさか椿さんが俺を追って来るとは思ってなかったです」

「ふふ。あの時は必死でした。この人を今追わなければ二度と会えなくなるって思っていたので」


山崎は、はにかみながら当時のことを話す椿が、とても愛おしくてならなかった。

自分が女に追われる立場になろうとは、後にも先にもこの椿だけだと思っている。


「あの、私はこの後少し寄る所があるので」

「どちらに?送りますよ」

「大丈夫です!山崎さんはお仕事にお戻り下さい。日が暮れるまでには戻りますので」


頑なに断る椿を疑問に思いながら「分かりました。気を付けて」と言って別れた。

椿は何処に用があるというのか。



椿は山崎がついて来なかった事に内心ほっとした。

何故ならば今日は島原に行くからだ。

男女の事ならいつでも相談に乗ると言われていたのを思い出し、柳大夫を訪ねることになっている。


「椿さん、お待ちしておりました。どうぞ」


椿はあの恋文の一件から自分の恋愛観について焦りを感じ始めていた。

いくら山崎ができた男だからとはいえ、良順も言っていたように男には本能と言う事情があると。

屯所では自分以外に相談できる女がいない。

たまに飯炊きで女中が来るが、相談ごとを持ちかけるほどの仲ではない。土方や原田ならその事情とやらも大人の対応で教えてくれるかもしれない。

けれど、やはり女同士の方が何かにつけて具合がいいのだ。


「すみません。今日はお手間を取らせてしまい」

「何言うてますの。遠慮せんと何でもうちらに聞いてください。椿さんなら大歓迎や」


柳大夫は椿と歳の近い芸子を呼んでくれていた。

何でも聞けと言ってくれる。


「あの、実は男の人の事情についてお聞きしたくて」

「事情?」

「はい。その、男の人には本能というものがあって、それを時に慰めなければならないと聞いて」

「ああ、それね。好いた者同士なら定期的に、なぁ。そうでない者はこういう場所で探すんよ」

「っ、そうですよね」

「椿さんは好いた人がおるんやろ?その人とはまだなん?」

「はい」


もう顔が熱くて仕方がない。

自分以外は皆、恥ずかしがる素振りも見せずにはきはきと話す。

同じ年齢とは思えない。

だんだん自分が情けなく感じてしまうのだった。


「でも椿さんが住んではる所は新選組屯所やさかい、なかなか出来へんわねぇ。茶屋には行った事ある?」

「茶屋?」


男女が出会い、そういった関係をもつ部屋を提供する場所の事だ。

別名”出会い茶屋”奥には部屋がたくさんあり、男女の交わりが行われているとか。


「あのっ。私はそう言う事をしたくてご相談に来たのではなくて、その・・・」


椿は自分が抱き始めた気持ちをどう表現したらよいか分からなかった。

今は世の中がどう動くのか分からない。常に緊迫した状況下で隊務をする山崎に一方的に気持ちをぶつけても良いものなのかと。


「では、なにを悩んでいるのです?」

「えっと。いつも緊張を強いられるお仕事をしているので、自分だけの想いでぶつかるのはどうかと思ったり、でもそのままにしていては男の人の事情が・・・」

「ふふふ。椿さん、可愛いらしいなぁ」

「え!可愛くなんかないですっ!」


椿は顔を真っ赤にしているが、皆にこにこと笑っているだけだ。


「椿さん。女にも本能はあるんよ?」

「え?」


男のように定期的に慰める必要なないが、本当にその男と添い遂げたいと思った時は女の本能が顔を出すのだと言う。


「椿さんは今、そういう時期に入ったのかもしれんね」

「ええ!!」


先ずは自分の気持ちを自分自身で受け止め、それを相手に伝える事から始めてはどうかと言われた。

単に好きとは違う別の気持ち。

山崎を想うが故に湧き上がる女の本能。


「急がんでもええ。椿さんの気持ちが大事や」

「・・・はい」


心はいまいち晴れないが、そう言う事らしいと椿は心に留めた。


島原から離れ屯所への帰り道は、来る時と違って空は茜色に染まり始めていた。

移りゆく空の色をぼんやり眺めながら一人、歩く。



(あれ?椿じゃねえか。なにぼーっと歩いているんだ。危ねえな)


巡察帰りの原田が椿の後姿を見つけた。

初めて会ったときは二十歳とは思えないほどやんちゃな幼い女だと思っていた。しかしあれから二年が経とうとしている。


(いい女になりやがって・・・)


山崎を追いかけて今では立派な軍医になろうとしている。

皆が椿の事を想っているのだ。

彼女の分け隔てることのない態度を皆が好いている。

だから彼女から目が離せないし、助けてやりたいと思う。



「おーい!椿」

「原田さん」


自分に気づいた椿はいつもの元気な笑顔で答えた。

自然と原田も笑顔がこぼれる。


「一人で歩いてたら危ないだろう。屯所まで一緒に帰るぞ」

「え?はい。ありがとうございます」


妹が居たらこんな感じなのかと、いつものように椿の頭をポンポンと撫でる。

くすぐったそうに自分を見上げて笑う椿はあいらしく、自分の女だったらどれだけ()いかと其れが頭をよぎってしまう。



ちょうどそんな二人を見つめる人物がいた。

山崎烝だ。


あれは、椿さんと原田さんでは?

原田が自然な素振りで椿の頭を軽く撫でている。

それを嬉しそうに椿が微笑み返していた。


『ズキンッ―-!』と音がするほど胸に痛みが走る。


たったそれだけの事なのに、居た堪れない気持ちになるのは何故だろうか。

自分だって彼女の手を繋ぎ、抱きしめ、口づけだって交わしたのだ。

なのに自分ではない誰かが、椿に触れただけで胸の奥がざわざわして仕方がない。


信じていないわけではない。ただ、不安なだけなのだ。

椿は自分のものだと誰にも渡さないと誓っても、実際のところはまだ誰のものでもない。


もっと、もっと椿に近づきたい。

隙間もないくらい誰も入り込めないくらいに。


そんな気持ちが山崎の中で渦巻き始めていた。

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