鬼になれますか?
第二章はシリアスも増えてきます。
新選組は隊士の数が一気に膨れ上がった。
その為、ここ壬生の屯所では到底抱えきれなくなってしまったのだ。
「隊士が増えたはいいが、壬生も手狭だな」
「その上私が一部屋占領してしまっていますから、申し訳ないです」
「お前は、もっと前から此処に居たんだから気にするな」
そうは言っても広間にも入りきれず、廊下で寝ているものも居る。
このままでは隊士たちの体調も心配だ。
「やっぱり越すしかねえな」
「あては有るんですか?」
「ん?まあ、有るには有るが・・・」
そう言いかけて渋い表情になる。恐らく意見の一致、先方の同意などが上手く行っていないのだろう。
池田屋で名を挙げたとはいえ京の人間からして見れば、煙たい存在であった。
問題は屯所の件だけではない。新選組大阪屯所隊の存在もあった。
同じ新選組では有るがこれはこれで色々と複雑な問題があったようだ。しかし、椿にはどちらの問題にも口を挟む余地はない。
上の決定に要は土方の決定に椿は絶対に従わなければならない。それが此処に居られる事の条件でもあったからだ。
慶応元年はこう言った慌ただしい幕開けだった。
大阪で【ぜんざい事件】と呼ばれる騒ぎが起きたのは年明けすぐ。
土佐勤王党が大阪城を乗っ取ろうと計画をしたらしいのだか、幸いにも大阪新選組が阻止したらしい。
その時も山崎は京と大阪を何度も往復し土方に報告をしていた。
「山崎さん、お身体は?」
「問題ないですよ」
そんな簡単なやり取りしか叶わない日が続いたのだ。
土方は山崎の持ってくる情報の確かさを知っていたため、必然と過酷な隊務となってしまうのだ。
「椿、そんな顔をするな」
「そんな顔とは?」
「お前が心配そうに沈んだ顔をしていたら山崎まで元気がなくなるだろうが。一番忙しい奴を心配させるんじゃねえぞ」
「すっ、すみません!」
そうだ、私に出来る事は心配する事ではない。信じて元気づけることなんだと何度も自分を叱咤した。
屯所は屯所で問題は山積みで、山南の調子がいまいちらしい。
と言うのも、何故か自分はその手当をさせてもらえない。
何度か土方に尋ねたが、自尊心が人一倍強いらしく誰も寄せ付けないと言われたのだ。
気の病に冒されていると言う噂もあった。
「気の病ですか」
「・・・さあな」
それ以上は聞くことは出来なかった。彼も大切な新選組の幹部で、江戸から共に居る人物なのだ。
なのに何も出来ない自分が歯痒かった。
さすがの椿も気の病であればどうにもならない。
「珍しいな。椿でも落ち込む事があるのか」
「斎藤さん」
椿が肩を落としてぼんやりしている所に、稽古終わりの斎藤が横を通り過ぎようとしていたのだ。
「浮かない顔をしている」
「お役に立ちたいのですけど、お役に立てないのです」
「副長か、それとも山崎か」
「どちらでもありません」
「・・誰か具合の悪いものがいるのか」
「直接お話を伺いたいのですが、土方さんが言うには近寄れないと」
椿はどうにも出来ないのだと、顔を伏せてしまった。
「確かにあの人はそうだろうな」
「え、分かるのですか」
「俺が江戸から逃げる前までは共に試衛館で剣を磨いたからな。山南さん、だろう?」
「はい」
斎藤も山南の事はずっと気になっていた。時々、幹部の集まりで顔を合わせるものの以前の彼とは違って見えた。大阪で腕に怪我を負ってからは剣を握る事もなくなり、池田屋の時も屯所警備と言う名の留守番組だった。本当は新選組の為にもっと働きたいと思っているだろう。
「この世にはどんなに努力しても、報われぬ事の方が多い。ひとつの事に足を囚われていては、大事を逃す」
「え?」
「あまりひとつの事に目を向け過ぎるな。もっと広く視野を持たねば自分が殺られるぞ」
「でも、山南さんも大事な新選組の一人です」
「その一人の為に立ち止まってはいられないのだ。ついて来れぬ者は自然と淘汰される。それが世の中だ」
「・・・そんな」
「あんたは町医者ではない、新選組の軍医なのだろう?その意味をもう一度考えたほうがいい」
そう言い残し、斎藤は静かに去って行った。
ーー町医者ではない、新選組の軍医なのだろう?
新選組という組織を支えるための医者。
倒れても戦える者は治療して、再び戦場へ送り返す仕事。
助からないと判断された者を捨て行く仕事。
誰か特定な人物に肩入れする事は許されない。どんなに愛おしい者でも、倒れ使えなくなれば切り捨てなければならない。
戦場は待ってはくれない。
新選組を勝たせる為だけに働かなければならない。
上が捨てろと言えば従うしかない。上が行けと言えば拒めない。
それが・・・軍医だ!
「まるで鬼」
世の流れは激しく、立ち止まると望まぬ方へ流されてしまう。
自分が自分らしくいる事が難しいのだ。
土方も山崎も斎藤も新選組その中で戦っている。
「新選組の軍医だなんてよく言えたよね。良順先生が言いたかったことって、こう言う事なのかも」
鬼にでもならねばならぬ時がある。
その時はもうそう遠くはない所まで近づいていた。




