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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第二章 軍医として
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軍医になるという事

「ははは!本当に椿だったか!」

「・・・ああ!!良順先生っ!!」


にこにこと太陽のような笑顔を椿に向けた男は松本良順といい、医者でもあり政治にも明るい人物だ。オランダ軍の軍医に蘭学を学び、現在は将軍の侍医じいという地位に就いている。

椿が「医者にしてください!」と頼み込んだ男がこの松本良順だったのだ。


「本当に椿がここに居るとは驚いたな。文が届いた時もなかなか信じれなくてな。いやぁ驚いた」

「椿くんが良順先生と知り合いとは、歳が知ったら驚くぞ」

「局長は良順先生をご存じだったんですか!」


近藤や土方とも交流があったらしい事に椿は驚いた。


「椿はかわいい一番弟子だからな!」

「一番っていうのは嘘ですよね。すでにたくさんのお弟子さん抱えていらっしゃいました」

「ははは!一番というのは気持ちの問題だ。で、どうやって椿は此処の専属医者になったんだ」

「それは・・・えっと」


まさか山崎に一目惚れしたなど、局長を目の前にしては言いづらい。


「新選組に惚れたからです」

「ほう」


良順は何か言いたげだったが、近藤の手前それ以上の追及はなかった。

明日は良順が新選組隊士たちの健康診断をすることになっているらしい。会津藩預かりのため幕府からそうお達しがあったのだろう。

最近は流行病も多い。


「明日は椿の助手を務めさせてもらう、宜しく頼んだぞ」

「ええ!私が助手の間違いですよね」

「いいや。ここはお前の持ち場だ。私は隊士の事は知らんからな、お前が責任者だ。そうだろう?」

「はい!」


いつもこうして良順は椿を一人前の医者として扱ってくれた。

弟子時代でもそうだ。患者にとっては見習い医者だとか関係ない!医者は医者だと。

こうして全隊士の健康診断が決定したのだった。


***


翌日、椿は広間に一般隊士を集めた。全員、上半身裸だ。

正直むさ苦しい事この上ない。椿は気にも留めず問診から始めて、眼、喉、免疫器官、胸と診察する。

脈もとり、感冒をにおわせる隊士と問題ない隊士に分けた。

良順は腕を組みその仕事っぷりと、椿の判断が合っているか見ていた。


「椿、脈も上手く診れるようになっているじゃないか!誰から教わった。苦手としていたはずだが?」

「は、はいっ。えっとコツを教えて頂いて」

「ほう、それは誰かな」


すると椿はぽっと頬を赤く染めた。良順はそれを見て驚いた。

椿が頬を染めるなんて見た事がなかったからだ。

椿をこんな風に変えた者がひょっとしたら新選組(ここ)に居るかもしれない。


「えっと、それは・・・」


椿はいつの間にか少女から女になっていた。

身寄りの無いこの娘を一人でも生きていけるようにと指南したが、途中で手放さなければならなかった。それを申し訳なく思っていたが、意外と其れは幸を成したのかもしれない。


「まあ、いいだろ。悪い奴では無いみたいだから良しとする」


良順は椿の頭をあの頃のように撫でてやった。嬉しそうに目を細め笑う姿はあの頃と変わらなかった。


「次は、新選組(ここ)の要、幹部連中だな」

「では、別室へ」


近藤以外の幹部たちは別の部屋に集められていた。

土方、山南始めとする各組の組長と伍長たち。その中には先日加わった伊藤たちもいた。


「では、君たちは私が診よう」

「椿ちゃんじゃねえのか?」


永倉が不満そうに呟いた。


「会津藩からの仰せつけだからな、私が診て報告せねばならんのだ。椿じゃなくて悪いね」

「私は後ろでお勉強させて頂きます!」


椿は良順について診察の仕方を学ぶ。一般隊士と違って幹部級の者は代えが利かない。良順が診るのが当然だろう。


「これで全員か?」

「あれっ?土方さん、沖田さんと山崎さんは?」

「ああ、山崎に総司を探しに出させた。あいつ逃げたんだよ」

「はぁ・・良順先生、沖田さんは気管支が弱いんですよ。なのに人一倍、診察が嫌いなんです」

「困ったガキが幹部になったもんだな」


すると廊下で声がする。


「沖田さん!いい加減に諦めて下さい」

「嫌ですよ。悪くもないのにどうして医者に診てもらわなければならないのです?」

「悪くならないように診てもらうのです!」


山崎と沖田だ。それを聞いて「はぁ」と椿はため息を吐くと、障子を開けて二人に向かってこう言った。


「さっさと入ってください!男でしょ!!」

「・・・!?」


山崎は沖田を掴んだまま、沖田は山崎の腕を解こうと手を上げたまま固まった。更に追い込むように椿が睨む。


「なんだったら、そこで脱がしてもいいのですよ!」

「「ひいっ」」


そこへ無言で土方が近づき「諦めろっ」と言い、沖田の首根っこを掴まえて部屋に引き摺りこんだ。

その後を山崎が静かに続く。山崎まで怒られたようになっているが、決して彼は悪くないのだ。


しぶしぶ良順の診察を受け、全員が解散した。


「椿、本気で銃弾を取り除く方法を学びたいか」

「はい!この先に起こるかもしれない戦は洋式ですよね?刀傷ではなく、銃弾で倒れる隊士が増えると考えています。だから、絶対に学びたいのです!」


良順は椿に向き直ると、低く落ち着いた声でこう言った。


「おまえは新選組の軍医になるつもりか?それをするという事は、お前自身も戦場に立つことになる。死ぬかもしれんのだぞ」

「承知しています。私はとうに新選組の軍医です!彼らを支えると誓いました!」


「其処がどんなに悲惨な現場か知っているのか。おまえが慕っている者の死を目にしても、軍医として務める事ができるのか」

「・・・やります!やってみせます!」


良順は椿の意志が堅い事を確認したかったのだ。本当は怖気づいて、此処から離れてほしいと思っていた。

しかし、それは無理のようだ。


「分かった。近いうちにまた来る」


一言残すと良順は静かにその場を後にした。


自分が慕っている者の死を目にしても・・・

その言葉は椿の胸を刀で斬り裂く程に強烈な言葉だった。


それでも新選組(みな)について行く。

そう心に誓ったから。

いよいよ怒涛の後半へ突入します。

時は慶応へ移ります。屯所移転、隊士分裂、油小路事件、局長襲撃事件そして鳥羽伏見の戦いへと流れます。

もう少しお付き合い下さいませ。

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