屯所に帰ります
「山崎さん!山崎さん!起きてください」
遠くで「山崎さん!」と呼ぶ声がする。そして身体が揺れているがどうしたことだろう。
「山崎さんっ。出発の時間です!山崎さーん」
ガバッ!と勢い良く起き上がったのは山崎だ。この男にしては大変珍しい事だろう。小さな物音でも起きてしまうくらいなのに、今日に限って何があったのか?
「すみません!俺、寝過ごしましたっ」
「ふふふ、はははっ。山崎さん、かわいい」
「えっ!!」
椿はくすくす笑いながら身支度を整えている。
「出発の時間では・・・」
「はい、そろそろです」
「皆さんを待たせているわけでは、なかったのですね」
「ちょっと悪戯しました。でも、よく寝ていましたね」
熟睡するなど新選組に入って初めてかもしれない。いや、本来ならしてはならないのだ。不測の事態に対応出来ないのでは監察として致命的だと思っている。
しかも、昨夜は共に並んで寝、朝になり椿が自分を起こし、こうして隣に居る。
穏やかな笑顔で「よく寝ていましたね」などと言われては、まるで夫婦みたいではないか。
「夫婦・・・」
「え?」
「いえ、何でも。では、行きましょうか」
「はい!」
山崎は椿との未来をほんの僅かな時間だが垣間見たのだ。
そういう日が来ればいい、そういう日を迎えるためにも今すべき事がこの新選組にはたくさんある。
そう山崎は思い直していた。
夕方までには屯所に帰り着くだろう。
その道中で椿は土方にいろいろと質問攻めにあっていた。
「おまえ、あれからどうなった」
「どうなった、とは?」
「おまえ、人を巻き込んでおいて言わねえつもりじゃねえだろうな」
まさか山崎さんを泣かせただなんて、山崎さんの名誉のためにも絶対に言えないっ!と思っている。
椿の中では泣いた事になってしまっているが、それでいいのか?
「特に何も。寒かったのですぐに寝ました」
「・・・寒かった?何で寒いんだ、すぐ部屋に行ったんだろうが」
「すぐには部屋に入れませんよっ」
「おまえでも気を遣うのか!」
「失礼ですよ!」
「で、寒くてどうした」
「は?」
いったいこの人は何を聞きたいのか!
「寒かったら温まらねえと寝れねえだろ」
「はあ」
「だから、山崎と温めあったんだろ?」
「ーーー!?」
この人は本当に!副長ではければはっ倒したいくらいだ。
椿は拳をギリギリと握りしめ、怒りで震えていた。
「山崎さんとは確かに体温を分かち合いましたけどっ!副長がお考えのような厭らしい事は何一つ起きていませんー!!」
「!?」
全員が椿の方を見た、気がした。
「まさかお前、まだ・・・」
「まだ何ですか!!」
土方は片手を口にあて、目を見開き驚きを隠そうとしていた。
「前に非番をやっただろ、山崎と一緒に…ほら、嵐山だったか?行ってきたって」
「それが?」
「そん時も何もなかっ」
「ありません!」
「おまっ、それっ」
土方の顔が赤くなっている!土方はまさか椿と山崎が清いままだったとは知らなかった。
だから、ちょっと。否、かなり感動していたのだ。
そして突然、椿の頭をガシガシと乱暴にかき回した。
もう兄を通り越して父親にでもなった気分なのだろう。
(山崎、大した奴だな!)
そうこうしている内に、懐かしき屯所に着いた。
「山崎さん、土方さんがおかしいのですけど」
「え、副長が?」
椿はただ「うん」と頷くだけで、どうおかしいのかが分らない。
聞いても顔を赤くするだけで、ますます気になる。
そんな時、原田がやって来た。
「お!椿、元気だったか?」
「原田さん!はい、おかげ様で」
「なんだ見ねえうちに、一段と色っぽくなりやがって」
さすがである。女の変化は見逃さないのがこの男の天性だ。
「帰ってそうそう悪いんだけどよ、椿に客だ」
「私に・・・お客さま?」
そのお客様は局長の部屋に居るという。そんな大物がどうして自分のお客様なのだと首を傾げながら、言われるがままに向った。
「椿です。失礼します」
「ああ、入り給え。ご苦労だったね」
近藤に促されゆっくりと部屋に入り、もう一度頭を下げ再び顔を上げた。其処には肩幅の広い大きな男が座っていた。
その男は椿の方を振り向きニカッと笑った。
「ははは!本当に椿だったか!」
「・・・ああ!!」
それは、椿がもう一度会いたいと願っていた人物だった。




