江戸へ、長州へ
史実では確かこの時期、土方さんは江戸には行って無かったと思われます。もちろん沖田さんも。たしか…椿がいる時点で史実は崩れているのですけどね。その辺りは目を瞑ってくださいませ。
翌朝、準備を整えた山崎は出発の報告をする為、土方の部屋を訪れた。
「今からか」
「はい」
「鴻池さんに宜しく伝えておいてくれ」
「承知しました」
山崎の様子はいつもと変わりなく淡々としていた。
土方は僅かに眉間に皺を寄せる。
「椿には会っていかないのか」
「昨日、話しましたので」
「知らねえぞ、あいつ見送りできなかったってへそ曲げても。俺らは慰め方なんざ知らねえからな。俺が知ってる女を慰める方法は・・・一つしか知らねえな」
そう言い終わると、サーッと顔色を変えた山崎が土方を軽く睨む。
「副長のお手間は取らせません。道中お気をつけて」
頭を下げ部屋を出ていった。もちろん椿の部屋に向けて。
離れ難い気持ちを抑えるために、もう会わないと決めていた。しかし、土方にあんな事を言われては堪らない。
足早に椿の部屋の前に来た。
「椿さん」
山崎が声をかけると、慌てた様子の椿が部屋から出てきた。
それを見た山崎は頬を緩める。
「山崎さん、今から立つのですね」
「はい」
「くれぐれも無理のないよう、お気をつけて」
「はい、椿さんも」
椿が頑張って笑顔を見せている、黒目がふるふると揺れているのが分かったが山崎は気付かない振りをした。
「山崎さん!これ」
「ん?」
「御守です。急いで作ったので、歪んでますけど」
「椿さんが、縫ったんですか」
「はい。これ虫(女)除けです。結局、印付けること出来ませんでしたから・・」
ほんのり頬を染めて俯く椿に山崎は完敗だ。
「ああ、もう。あなたって人は」
そう言って椿を腕にしっかりと抱き、耳元で「ありがとうございます。俺は椿さんには敵いません。だから安心してください」と囁いた。
こうして山崎は大阪に向けて立った。
鴻池と連れ立って、そこから長州へ向かうのだ。
そんな二人の様子をたまたま見てしまったのは永倉だ。
顔を洗おうと障子を開けた時に気配を感じ、目を向けた。
(ぬわっ!!山崎と椿ちゃん!こいつは驚いた…)
隣の部屋の永倉は二人の関係を全く知らなかったらしい。
朝餉の時に椿の顔を見て赤面してしまったのは仕方がない事だ。
「永倉さん、具合い悪いですか?」
「んあっ!いや、すげえ元気だぞ」
そう言って誤魔化すのに必死だったとか。
それから二日後、椿たちも江戸へ向けて立つ日が来た。
近藤と残る幹部たちに挨拶を済ませ、外に出た。
「土方さん、沖田さん居ませんでしたね。まさか、体調が悪いとか!」
「いや、昨日は普通だったぞ」
「そうですか?では何処に行ったんでしょう」
門番の隊士に不在時の対応を土方が念押しをしている。
(山崎さん、もう大阪を出たかな)
「土方さんまだ話しているんですか?もう置いて行きましょうか」
「はいっ?」
見るとにこにこ笑顔の沖田が立っていた。
何故が荷物を背負って。
「沖田さん、何処にいらしたんですか。心配しました」
「え?僕、ずっと此処でお二人を待っていたんですけど」
「待ってた?なぜ?」
「なぜって、酷いなぁ。旅仲間には優しくしてくださいよ」
「旅仲間!?沖田さんも江戸にっ?」
沖田は先ほどと変わらぬ笑顔で頷いた。土方と二人だと思っていた椿は驚きと困惑で口が開いたままだ。
そこへ土方が戻ってきた。
「総司!おまえに何処に居た」
「だから、ずっと此処に」
「はあ?」
「さあ椿さん、揃いましたよ。出発です」
沖田は椿の腕を取ると、軽快な足取りで行ってしまう。
土方は「チッ」と舌打ちすると頭をボリボリ掻きながら後を追った。
「あいつ、近藤さんに取り入ったな」
沖田は椿の不安や寂しさを知っていた。
土方が四六時中、椿を構うことは出来ない。関所の手続や宿の手配、途中でお偉い方との会合もあるかも知れない。
その度に椿は山崎の事を想い気を伏せてしまうに違いない。
沖田はそんな椿の姿を想像すると、胸が締め付けられるようになる。
「椿さん、江戸は僕たちの生まれ故郷ですよ。いい所です。楽しみにしていてくださいね」
「はい!」
沖田は椿のこの笑顔が見たかったのだ。
お日様にも負けない暖かでそれでいて力強い眼差しは、例え自分ではない他の男を見ているとしても。それが自分の力になる。
きっとそう思うのは沖田だけではないだろう。
土方だって同じだ。
こうして、三人の隊士募集の旅が始まった。
因みにこの話では、沖田総司の体調にはあまり触れずに進みます。
隊内の主な人物の脱走や切腹、死亡も書ずにしれーっと話は進みます。




