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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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行き場のない想いをぶつけても良いですか?

今回は長めです。

お付き合いください。m(__)m

「何もありませんけどお座りください。隣の部屋で着替えてきます」


山崎は言われるがままに座り、ただ自分の手元をじっと見つめる。

椿と限られた空間で二人きりになったことはある。嵐山に行ったときだってそうだった。

先日、看病をしたときは自分の部屋に寝泊まりさせてではないか。

なのに、ここは椿の部屋なのだと思うだけで心臓が煩く鳴る。


「お待たせしました」

「っ、ああ」


椿は山崎の様子が気になって仕方がない。廊下を歩く時に感じた重苦しい空気はなんだったのか。

もしや自分は山崎が気に入らない事をしてしまったのかと。

椿は山崎の正面に腰を下すと、言葉に気を付けながら尋ねた。


「山崎さん。私、何かご心配かけるような事をしてしまったのでしょうか」

「え?」

「その、少し怒っているように見えたので・・・あっ、先ほど近藤さんと土方さんにご迷惑を。隊士のみなさんが一生懸命に隊務をされて帰って来たのに最後に私があんな失態をしてしまったから。すみません」


椿は山崎に頭を下げた。山崎や隊士の皆に申し訳ないと思ったのだ。


「俺はそんなことで怒っているのではありません」

「やっぱり怒っていたのですね」

「え、いや。その・・・」

「言ってください。私、きちんと直しますから」


やっぱり山崎は怒っていたのだ。しかしあの失態に対してではないと言う。ではいったい何に対してなのだろうか。

椿は不安で仕方がなかった。


「山崎さん、お願いします。教えてください!」


目を潤ませて教えてくれと山崎に請う。

ただ山崎に嫌われたくない一心で。


「っ、椿さん。俺は椿さんに怒っているわけでは」

「え、では何故?」

「ですから、俺は器量の小さい自分に怒っているんです」

「え?あの、よく分かりません」


山崎はギュッと拳を握りしめ、「ふぅっ」と息を短めに吐くとこう言った。


「椿さんはいつも頑張っています。新選組の為に昼夜問わず医者として、否、今はそれ以上の事をしています。俺はそんなあなたを誇りに思っています。誰からも頼りにされ、誰もがあなたを好いています。あなたが笑うと皆が笑います。あなたが病に倒れると皆が心配し世話をしたがります。いつの間にかあなた無しでは新選組は回らなくなってしまった」


「そんな事はないです。大袈裟です」


「椿さんは自分の価値を低く見積もり過ぎています。あなたは誰からも必要とされる素晴らしい人です。なのにあなたは俺を選んだ・・・どうしてですか!」


そう一気に山崎は捲し立てるように話した。握りしめた拳が色を変えるほどに力を入れて。

椿はますます混乱した。初めはあなたは頑張っていると褒めていたように思える。しかし、次第に口調は強くなり、終いにはどうして自分を選んだんだと責められている。

前編は山崎が勝手に思っている事だから百歩譲って気にしないとしても、後篇はどうだ。


『なのにあなたは俺を選んだ、どうしてですか!』とはいったい。


「あの、仮に私が皆さんからそのように思われてるとします。でも、それは山崎さんに会ったからだと思うのですが」

「俺に会ったから」

「はい。私は大阪で山崎さんに出会い、追いかけて京に出てきました。少しでも山崎さんの近くに居たくて必死だったんです。山崎さんが居なければ私はここに居ませんし、皆さんに頼りにされる事もなかったのですけど・・・どうでしょう?」

「それはっ」

「それと、どうして俺を選んだのかという質問なんですけど」

「はい」


意外と椿は冷静に話をすることが出来ている。山崎が熱くなると逆に椿は冷めるのか?


「私は山崎さんの直向(ひたむ)きな眼差しに惚れたんです。何事にも目を背けず、自分に出来る事を最大限に尽くす姿勢に。だから私は山崎さんが居る新選組を支えたいと思ったんです。山崎さんが居なかったら私は此処に居ませんし、こうして皆さんから認めてもらえる存在にならなかったと思うんです」

「・・・」

「誰かと比べたことはありません。私には山崎さんしか見えてないんです。山崎さんこそ自分を低く見積もり過ぎです!」


山崎に自分の想いは届いただろうか、もしかしたら不安だったのかもしれない。

この新選組には優秀な隊士たちがたくさんいる。土方だって斎藤だって容姿端麗な上に剣の腕も確かだ。椿の一人や二人、不逞浪士が何人掛かろうと簡単に払ってやれるだろうと。


「椿さん!」

「はい」

「俺は確かに自信がなかった。行先も任務内容も帰る日も告げる事が出来ずに、何日も此処を空けます。もしかしたら行った先で死んでしまうかもしれない。それを思うと椿さんを俺の存在に縛る事がいけない事のように思えて」

「そんな・・・」

「俺は椿さんを幸せに出来ないかもしれないんです」


山崎の瞳がふるふると震えていた。本当に俺で良いのかと言っているようだった。

椿は山崎の握りしめた拳に手を重ねる。


「私は山崎さんを想うだけで幸せになれます。姿を見ただけで、こうして言葉を交わすだけで幸せです。何日も会えなくても、こういう時間が支えになってくれます。十分、山崎さんは私を幸せにしてくれていますよ?」

「椿さん」

「でも、死ぬのだけは許しません!絶対に這ってでも帰ってきてください。私が絶対に死なせません!」

「這って来れない場所かもしれません」

「その時は私が這ってでも迎えに行きます!」


椿はギロリと山崎を睨んだ。

死ぬなんて絶対に口に出さないでください!と言うように。

山崎の氷で纏った鋼の精神が、今、椿の言葉で溶かされて行く。

ぽたぽたと溶けた雫が落ちていく。


「俺、なんだか心がぐちゃぐちゃです」

「・・・」

「だからっ!」


山崎は重ねられた椿の手を払いのけ、その逞しい両腕で椿を抱き寄せた。ぎゅう、ぎゅうと力が入り椿の首元に顔を埋める。

それに答えるように椿は自らの両手を山崎の背に回した。私も同じ気持ちだと。


「椿さんはっ、椿さんは俺のものです!」

「!?」

「誰にも渡しませんっ!」


顔を上げ椿の瞳を覗きこむその山崎の双眸は、メラメラと炎が燃えているように熱かった。椿は逸らすことなく受け止める。


「本当は今すぐにでも椿さんの全てを」

「?」

「でも、今はこれで我慢します」


山崎は椿の襟元を少し開き、唇を鎖骨から這わせ胸の方へ進める。

ビクビクと椿の身体が揺れるのを両手で押え、尚も続ける。


「少しだけ、すみません」


そう言うと、ちゅうっと強く吸い上げた。


「は!?」


チリッと刺されたような軽い痛みが走ると、山崎はゆっくり顔を上げた。

熱い、山崎の唇が熱いのか自身が火照って熱いのかもう分からない。突然、色香を放ち始めた山崎から目が離せないのだ。


再び二人の距離が縮まって、瞳を閉じた瞬間に唇が重なった。


山崎がどれほど自分を好いてくれているのか、どれほど大事に想ってくれているのか。

計り知れない想いに椿は酔いしれた。


心の奥をぎゅっと握られたように疼きが止まらない。


山崎の行き場を失った想いはこうして椿が受け止めてくれる。もう自分を卑下する必要はない。

互いが互いを無くてはならないものだと思っているのだから。


少しずつ互いの陣地に踏み込んで、いづれ一つになる日が来る。

それまでは与えられた使命を力の限り尽くすそう。


「山崎さん」

「はい」

「あの、さっきのは・・・」

「印です」

「印・・・」

「俺のものだという証です」

「!!!!」


山崎さんだからそんなに暴走はしないと思うんですよ。

たぶん…

彼の成長っぷりに比べたら椿はまだまだ男女のソレに疎すぎる。

椿さん!がんばって追いついて!

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