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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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土方さんの思いやり?

ここから、いつもの屯所生活に戻ります。

池田屋騒動の余韻も残しつつ、少しばかし緩い話が続きます。

隊士たちが帰還した後も広間は怪我をした者で溢れていた。

刻限は寅(午前4時)の刻を過ぎ、日が昇ろうとしている頃だ。

多くは命に別状はなく、傷口の洗浄と化膿止めの薬を塗る程度で終わった。


「毎日、清潔な手拭いで傷口周辺を拭いてください。その後、この薬を塗ります。それからこれを飲んでください」

「これは?」

「えっと副長からの・・・石田散薬です」


そう言って隊士に手渡すと皆なぜか高揚させて「副長のっ。ありがとうございます!」と喜ぶのだ。

そう言えばこの石田散薬の効能を詳しく知らない。

土方が江戸に居た頃に行商をした有名な薬だとか。皆に渡してやれと大量に預かったのだ。


「おお、椿ちゃん。悪いが俺も見てもらえるか?」

「永倉さん!お怪我されてたんですね!何処ですか?」


見ると左腕に切り傷があった、手首に近い場所だ。

もうほとんど血は止まっていた。


「この腕で戦ったんですね・・・お疲れ様でした」

「大した事ねえってこれぐらい」


そう言って永倉はわははと笑って見せる。新選組の中でも一二を争う剣の達人だと言われる永倉でも腕に傷を負うのだから、池田屋での捕り物はそうとうなものだったのだ。

同じように永倉にも石田散薬を渡す。


「げっ、これ土方さんとこの薬じゃねえか」

「はい、皆に飲ませるようにと言われておりますけど・・・何か?」

「いやぁ、これ死ぬほど不味いんだよな。それにいまいち効果に疑問が・・・」

「良薬口に苦しですよっ。え?これ効がないんですか!」


永倉は手に持った薬をじいっと見つめたまま、そんな不安な事を言ってきた。

効かないものを私は配っているのか!医者なのに最悪じゃないかと思い始める。

椿はガバッと勢いよく立ち上がり、広間を出た。


「おい、椿ちゃん?」


もう、永倉が呼ぶ声は聞こえていない。


ずんずんと廊下を進み、副長室の前で足を止める。


「副長!椿です。今宜しいでしょうか!」

「入れ!」


何かの報告だと思った土方は椿の入室を許可した。

部屋は調書や報告書を書いていたのだろう、書き損じた紙が大量に散乱している。


「うわっ、これ今書かなくてはならないのですか?」

「今書かねえと、明日はもっと忙しいかもしれねえだろ。で、なんだ」

「あ、あの隊士たちに配っている石田散薬くすりの事なのですが」

石田散薬あれがどうした」


土方は椿と話しながらも手に持った筆は止めることなく動かしている。器用な男だ。


石田散薬あのくすりの効能はなんでしょうか」

「あ?今更聞くのか。前にも言っただろう。打ち身、捻挫によく効く万能薬だ」

「・・・打ち身、捻挫ですか?」

「ああ」


土方は文机から一度も顔を上げることなく、筆をさらさらと滑らせている。

椿はそんな土方をギロリと睨みつけるとこう叫んだ。


「回収してきます!」


その大声にビクリと反応した土方は筆の墨をボトリと落としてしまい、それが書状の上に広がった。


「うおっ、てめえ!何しやがる!」

「何しやがるはこっちの台詞ですっ!打ち身、捻挫って、怪我人は斬り傷ばかりですっ!」

「薬は薬だ!言わなきゃ誰も分からねえだろう!」

「分からないからって嘘はいけませんっ!」

「気持ちの問題だ!」

「そういう問題ではありませーん」


すると障子がスパッンと勢いよく開かれた、振り返ると其処には山崎が立っており肩がふるふると震えているように見える。


「・・・山、崎っ」

「山崎さん・・・」

「申し訳ないのですが、声を落として頂けませんかっ。隊士たちが怯えています!」

「すまん「すみません」」


皆が撤収した後も監察方は現場に戻り、後処理に追われ神経をすり減らして帰ってきたらこのあり様だ。


(あいつ、俺の前で初めて感情を露わにしやがった。椿効果が出てきやがったな・・・くくっ)


土方はニヤケ顔を隠すように俯き、書状を書き上げるふりをした。

椿は山崎に叱られしょんぼりと肩を落としている。本当に分かりやすい人間だ。


「椿さん。広間に戻りましょう。まだ、終わっていないのでしょう?」

「・・・はい」


山崎に手を引かれとぼとぼと部屋を出ていく椿の姿は、本当に子供のようだと土方は思った。



それでも椿は納得がいかなかった。

歩く足を止め、山崎にその疑問を投げかける。


「あの薬、打ち身捻挫にしか効かないらしいんです。なのに気持ちの問題だからって・・・」

「あの薬?」

「石田散薬です」

「っ、あ、ああ。確かにそうなんですが・・・副長の気持ちですから」

「気持ちでは治療できないと思います!」


また声が大きくなり始めたのを悟った山崎は、椿と一旦空いた部屋に入った。

椿の目は真剣そのものだ。効かない薬を飲ませるのに抵抗があるのは医者として当然の態度だろう。


「椿さん。確かに石田散薬は裂傷には効果が薄いです。でも受け取った隊士の様子はどうでしたか?」

「・・・副長からのだと、喜んでいました」

「そう、普段は副長と接することのない隊士たちが副長から薬をもらったから喜んだんです。それの意味が分かりますか?」


副長が直々に一人、一人を労っている暇はない。しかし労ってやりたい気持ちはあるだろう。

だから椿を介し、あの薬を渡す事で隊士たちの事を気に掛けているという事を伝えていたのだ。

それを知った隊士は喜び次も尽くそうとやる気が出るのだ。例え効能がいまいちだとしてもだ。

土方が言いたかった「気持ちの問題」とはそういう事なのだ。


「私の役目は怪我や病気を治すだけではなかったんですね。どうして気が付かなかったのでしょう。隊士の皆さんの心も治療しなければならないのに・・・浅はかでした」


「俺の心の治療も忘れないでくださいね」

「え?」

「でも今日はこれで我慢します」


山崎は椿を優しく抱き寄せた。

本当は自分の方がこれで癒されているのではないかと思う。

近頃は山崎の自分への態度が軟化しており、こんな些細な事でさえどぎまぎしてしまう。



その後、椿はもう一度土方の部屋を訪れる。


「土方さん。先ほどは申し訳ございませんでした」

「なんだ急に」

「私は土方さんの隊士の皆さんへの思いを危うく踏みにじるところでした」

「は?」

「皆さん副長からの薬だって、もの凄く喜んでいました」

「そうか」

(適当に余ってたからやったんだが・・・そういう効果が出たのか?)


「本当にすみませんでした」

「もういい。そんなに謝るな、お前には感謝している」

「え?」

「いや、なんでもない。お前も下がって休め、寝ろ」


椿は深々と頭を下げ、部屋を出て行った。


「あー、なんだろな。こっちが頭を下げたい気分だな・・・」


頭をガシガシと掻きながら机の引き出しにごっそり入った石田散薬を眺める。


(こいつの効き目はよく分からねえが、毒にはならねえんだ。ま、気持ちの問題だからな)


椿が「副長・・からの石田散薬です」と言わなければ、隊士にこんな効果は生まれなかっただろう。



椿は知らず知らずに土方の好感度を上げていたらしい。


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