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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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歴史が動く時、君はどう動く

ここから数話、池田屋事件となります。シリアス過多で話が進みます。

また、椿は架空の人物です。その為、史実とは異なる部分が出ますので、予めご了承下さいませ。


元治元年、六月五日 

広間には隊士が集められている。

前方には局長の近藤勇、副長の土方歳三、そして総長の山南敬介が鎮座している。

それに向かって一番隊から順に列をなして座っている。

隊に属していない者は奥の部屋で話だけを聞いている。

それにあたるのは、諸士調役兼監察の山崎烝、専属医の椿と他数名の者だ。


「本日、夕刻より一橋慶喜公、松平容保公の暗殺阻止と孝明天皇連れ去りを防ぐため。我ら新選組は出陣致す!」

「おお!」


近藤の勇ましい声が広間に轟くと士気が高まった隊士たちの声が響いた。

椿は拳を膝の上に置き、静かに出陣の儀を見守っている。


「これより隊編成を行う。指示に従い別れろ、いいな!」

「はい!」


土方は今夜出陣する隊士を三つの隊に編成しなおした。

本来は松原隊の半分を近藤隊につけたかったが、近藤の強い押しに折れ以下の通りとなる。


近藤隊、計十名。近藤勇(局長)、沖田総司(一番組長)、永倉新八(二番組長)、藤堂平助(八番組長)、武田観柳斎(五番組長)、谷万太郎、浅野薫(藤太郎)、安藤早太郎、奥沢栄助、新田革左衛門。


土方隊、計十二名。土方歳三(副長)、井上源三郎(六番組長)、斎藤一(三番組長)、原田左之助(十番組長)、島田魁(二番組伍長)、谷三十郎(七番組長)、川島勝司、葛山武八郎、蟻通勘吾、篠塚峰三、林信太郎、三品仲治。


松原隊、計十二名。松原忠司(四番組長)、宿院良蔵、伊木八郎、中村金吾、尾関弥四郎、佐々木蔵之助、河合耆三郎、酒井兵庫、木内峰太、松本喜次郎、竹内元太郎、近藤周平。


この三つの隊が夕刻より出陣し、目星を付けてある宿場を片っ端からあたるという。

屯所警備班として山南敬助のもとで山崎を始めとする屯所組は外からの指示を待つ。


別室にいても隊士たちの高揚は十分に伝わってくる。今回の働きが成功すれば新選組は名実ともに幕府が抱える京都治安維持部隊として世に知らしめることが出来るからだ。

隊士たちの生活も一気に向上することは間違いないのだ。


お決まりのダンダラの羽織の下には、鉢金(はちがね)鎖帷子(くさりかたびら)籠手(こて)、胴などの防具を装着している。

武器は刀また槍が主要である。

六月とはいえ蒸し暑く、じっとしているだけでも汗が至る所から溢れてくる。


椿がいちばん心配しているのはこの季節にあの重装備だ。

気合で乗り切れるだろうが、そうとうの体力を消耗する。その中で激闘が繰り広げられたなら、ただでさえ無傷とはいかないのに、怪我以外の事も考えておかなければならいと思ったからだ。


椿は上下濃紺の袴姿に白襷しろだすきを掛け、髪は高く結い上げている。

山崎は全身黒づくめだ、どう見ても忍びのようだった。額には鉢金を巻いていた。

椿も山崎も呼ばれれば現場に出なければならないため、動きやすくまた性別が分からないようにしていた。


「以上だ!号令があるまで暫し待て!」

「はっ!」


隊士たちの高揚を抑えるのも大変なようだった。あまり浮き足立ってもいい成果は得られない。

かといって緊張が極限に高まっても体は動かない。塩梅あんばいが難しいのである。


「椿」


土方が静かに別室の襖を開けた。


「はい」

「これを」


土方が手にしているのはダンダラの羽織だ。それを(おもむろ)に椿へと差し出す。

一瞬意味が分からず土方の顔を見上げて「え?」と目で訴える。


「出動命令が下ったらこれを羽織って来い。現場に安全な場所はない、誰が見方で誰が敵かの判断もつかねえ。てめえの身はてめえにしか守れねえ。だが、俺はお前の命を必ず守ると言った。これが目印だ、これさえ着ていれば少なくとも新選組はお前を斬らない。もし斬ったら、そいつは切腹だ」

「え!」


自分を間違えて斬ったら切腹になるらしい。なんと恐ろしい事をこの男はさらりと言うのだろうか。

椿は震えをグッと堪え、その羽織を受け取った。

いったん白襷しろだすきを取ると羽織を着てその上から白襷を再び結んだ。


「これでお前も新選組だ」


土方の目は鋭さをまし、黒目はギラギラと光って見えた。右の頬をわずかに上げてそう言った。

いつものあの兄のような姿はなく、新選組の鬼副長がそこにあった。


「ご期待に沿えるよう、努めます」


そう椿が返すと、踵を返して隊の中へ戻って行った。

ピンと張りつめた空気が屯所内を包み込み、呼吸さえも躊躇われるほどだ。

私は私にできることを全力でやる!そう強く言い聞かせる。


「椿さん」


山崎がいつもと変わりのない声色で名を呼ぶと、椿はゆっくりと振り向いた。

緊張しているのだろうか眉間には皺が入っている。


「大丈夫です。俺がついています」


山崎にそう言われれば「はいっ」と柔らかく笑う事ができた。

(大丈夫、山崎さんが隣に居る)

ギュッと拳に力を入れると、そっと上から山崎が手を重ねる。

大丈夫だと言っている。椿のがちがちな心と体がほんの少し緩んだ気がした。




いよいよ出陣の刻、


「新選組、出陣致す!!」


近藤の雄叫びと共に彼らは町へ散った。


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