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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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土方さんの押し売り

拷問の成果か否か、古高が関わっている事は幕府にとっては大変な事件となるところだった。

反幕府派、主に長州ではあるが会津藩主の松平容保、一橋慶喜の暗殺と天皇を長州に連れ帰るなどという許し難い計画を立てていた。

そして、それを具体化する為に近々会合をするらしい。

事実、古高の家からは武器や血判書が押収されている。


その会合は池田屋または四国屋とも言われていた。


そんな重大な事件を、椿はまだ知らない。

変わらず土方の部屋のひと間を借りて仕事をしている。

土方は時折声を潜めて組長たちと話をしたり、監察方に指示をしている。

だったら一言、言ってくれればいいのにと椿は不満を抱えていた。

ヒソヒソ話されると気になって仕方がない、意外にそのヒソヒソ話が内容は分からないにしても耳につき集中出来ないのだ。


「あのっ!お邪魔でしたら私外しますから」

「いい!其処にいろ」

「居づらいのですが」

「なんでだ」


椿は堪らなず今しがたまで自分が思っている事を勇気を出して話してみた。

ヒソヒソした声が集中力を欠くと。


「それはお前の修行が足りねえからだろ」

「は?」


その一言で終わりました。

そうなのか?自分が悪いのか?今ひとつ納得出来ないで悶々とする。

頭を冷やそうと静かに立ち上がると、「何処にいく」と、机に目を落としたまま聞いてくる。

この人は横にも目が付いているのだろうかと思ってしまう。


「・・・厠です」

「まあ、いいだろ」


まあ、いいだろって。本当に腰巾着から襲われた一件から土方さんは副長と言う力を使って、私を軽く軟禁しています。

本で読んだことがある、えっと。


「職権濫用!」

「あ?」


声に出てしまいましたが、適当に誤魔化して離れました。



椿と入れ替わりで山崎が報告に来た。

チラリと隣室に目をやり、無意識に椿の姿を確認しているようだ。

生憎あいにく椿は厠だ、とよっぽど言ってやろうかと思ったぐらいだ。

山崎は会合の日取りを突き止めたらしく、久々に大捕物の予感がした。


「今回はご苦労だったな。碌に休みもくれてやれなくて」

「いえ、それが俺の仕事ですから」


土方はどんな時でも優先順位を誤らない山崎を信頼していた。

それは江戸から共に上がってきた、近藤や沖田らと同じ様に思っている。

だからこそ、厳しい任務も山崎に負わせてしまうのだ。


土方は山崎の感情が消された顔をじいっと見た。


(こいつ確かに声を出して笑ったらしいんだが、この顔からどう変化するんだ?確かに椿を見る目は柔らかいし、僅かだが口角も上がったのを見た気はする・・・)


「ふ、副長」


あまりジロジロ見られると誰だって居た堪れなくなるものだ。


「お前、今から明日いっぱい非番にしてやる」

「え?」


そこへちょうど気分転換を終えた椿が戻ってきた。

椿は山崎を見つけるやいなや「お帰りなさいっ」と、声を弾ませる。

それに答えるように山崎はふわりと頬を緩めた。

「それだけか!」と言いたくなったが、土方はぐっと堪えた。

椿が犬なら山崎は猫だ。

喜怒哀楽を惜しげもなく振り撒く椿とは反対に、山崎は人前では決して甘えたり弱みを見せない。

しかし、心を許した者の前だけでは尾っぽ振ったり腹を見せて転がったりするのかもしれない。


「椿」

「はい!」

「お前、今から明日いっぱい非番にしてやる」

「は?」


土方はにやりと悪そうに笑うと、二人に向かってこう言った。


「お前たち二人は今から明日いっぱい非番だ。その間、屯所に近づくことは許さねえ。とっとと出ていけっ」


山崎は目を見開いて硬直している。

椿は土方の後ろにある小窓の障子を開け何かを確認している。


「おい、山崎なに固まってやがる」

「椿は何してるんだっ」

「・・・」

「土方さんが妙な事言うから、空模様が心配です」

「おまえっ」

「でも、有難う御座います!」


椿は素直に礼を言うと山崎の側に行き固まったこの男を揺らす。


「山崎さんっ!早くしないと撤回されますよっ!ほらっ」

「あ、ああ。副長、本当に・・・」

「つべこべ言わずに行きやがれ!」


深々と頭を下げる山崎に苦笑しながら、再び手元の書簡に目を落とした。

これから新選組は忙しくなる、命の危険も伴うはずだ。

そうなると山崎には更に過酷な任務を与えなけばならなくなる。

島原で息抜きをするでもなく、淡々と任務をこなしてきた男に押し付けがましいが椿との非番を作ってやった。


「はあ、俺も大概だな」一人、愚痴る土方だった。



椿は嬉しくて跳ねたい気分だった。

山崎はどこか複雑な表情をし、分かりやすい椿の喜ぶ様を見て今からの非番をどう過ごすべきかと悩み始める。


「山崎さん!どうしましょう?」

「椿さん、嬉しそうですね」

「それはもう!だって山崎さんと一緒に非番だなんて」


目を輝かせながら、相変わらずの笑顔で悩殺してくる。

これには山崎も観念するしかない。こうなったらもっと椿を喜ばせてやりたい。


「今夜は此処には帰れないらしいですから、少し荷物を纏めて出かけましょう。椿さんは何処に行きたいですか?」

「そうですね、ずっと雨続きで蒸し暑いので少し涼しい所が。でも、この辺りにはないですよね・・・」


山崎はしばし考えた。

涼しくて、そんなに遠くなく且つ静かに過ごせる場所を。


「分かりました。取り敢えず荷物を持って門で落ち合いましょう」

「はい!楽しみです」


眩しすぎる笑顔を見送って、ふと気づいた。

今夜は此処には戻らないと言うことは、宿に泊まるという事だ。


「っーーー!」


山崎は手に口を当て固まった。

なんて自分は大胆なんだと焦った。いつもの隊務の調子で椿を誘ってしまったではないかと。

椿も椿で「はい!楽しみです」と大喜びだったが、彼女の事だからきっと、否、絶対に深く考えてはいないだろう。


「だ、大丈夫だ」


いったい何が大丈夫なのかは聞かない方が良いだろう。

妙な汗を手に握りながら、なんとか自室へ戻った。


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