彼女が傷つかないように
山崎は椿を抱え部屋に帰り、布団に下ろした。
時折、眉を寄せる椿を見ると怒りでどうにかなりそうだった。
俺は本当に間に合ったのか?一抹の不安が過る。
いや、そんなはずはない!
直前の武田の言葉を聞いていたのだからと自分に言い聞かせる。
それでも絶対とは言えない自分が歯痒い。
間に合ったはずだ!と何度も心の中で叫ぶ。
椿はまだ目を覚まさない。
「椿さん、許して下さい」
山崎は震える拳をきゅっと握りしめゆっくりと開く。
そして、椿の胸元に手を掛け整える前の状態まで寛げる。
首、胸元を黙視する。そして、元に戻す。
腕も肘杖まで捲りあげてる。
「ふっ」と息を吐き、足元へと移動する。
手が震えそうになるのをもう一度強く握りしめ抑える。
着物の裾を左右に開き、中の裾よけも同様に開くと膝の上までゆっくりと捲り上げた。
少しだけ脚を広げ痣がないか確かめた。
「よかった」
再び椿の顔の側に戻ると頬にかかる髪を梳いた。
「ん」
僅かに身じろいだ後、椿が瞼をビクつかせゆっくりと目を開けた。
椿はぼんやりとした視界の先に山崎の顔をとらえた。
山崎はじっと椿の顔を覗き込むと、眉を下げ「椿さん?」と問いかけた。
椿は一瞬、なぜ自分は山崎を見上げているのか?なぜ山崎は心配そうに自分を見つめているのか?と考えた。
「あっ!」
私は治療に行っていて、そこで武田組長に・・・
椿の顔が恐怖で再び歪む。
「椿さんっ」
山崎が確かな声で椿の名を呼んだ。椿はハッと我に戻りしっかりと山崎の顔を見た。
「やま、ざき、さん」
やっと口から出た言葉は途切れ途切れで掠れた声に驚いた。
唾をゴクリと呑み込み、もう一度声を出す。
「山崎さん」
今度はしっかりと出た。山崎は「はい」と柔らかく応える。
見渡すと見慣れた自分の部屋である事に気がついた。
椿はゆっくり体を起こす。
それに山崎が背に手をあて起こすのを手伝った。
やっぱり山崎の手は温かい、安心すると心の中で思った。
「椿さん、喉渇きませんか?どうぞ」
湯呑みを渡されゴクッと飲むとひんやりよく冷えた水が喉を通り、胃の中へ流れるのがわかった。
「おいしい」
「よかった」
湯呑みの水を全て飲み終わると山崎がそれを取り、盆に戻した。
何とも言えない沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、山崎だった。
「何処か痛んだり、いつもと違う所はないですか?」
「そうですね・・・」
椿は確かめるようにゆっくりと立ち上がり、部屋の中を恐る恐ると歩いてみる。そして、山崎の方を振り返り「大丈夫みたいです」と笑ってみせた。山崎は安堵の溜息を漏らした。
「山崎さんが助けてくださったんですよね?ありがとうございます」
「いえ、当然です」
「あの、それで私、どんな状態でしたか?」
「どんな、とは?」
「私が覚えているのは、武田組長が襲ってきて・・・。えっと、その、着物とか脱がされてたり」
「していませんよ」
「え?」
「組長は確かに椿さんの上に乗りかかっていました。椿さんの腕を押さえていましたが、その時に俺が投げたので」
「投げた?」
「はい。暗器を後頭部に。そのまま彼は気を失いました」
椿は山崎の瞳を見つめ「本当に?」と呟く。
「本当です。着物は少しも乱れていませんでした」と返す。
「よかったぁ。もし、もしも事の終ったあとだったら流石に私も分かりますから。でもそういう異変は無いし。ただ、あちこち撫で回されてたら気持ち悪いなと思って」
椿は胸に手を当て「よかった」ともう一度言った。
山崎はそんな椿の様子を見て、ようやく本当に間に合ったのだと安堵した。本当は胸元もはだけられ、裾も太腿が見えるほど晒されていた。
少なくとも其処に武田は触れただろう。
たが何もなかったのだし、敢えてそれを言う必要もない。
「俺の足が速かったと言うことです」
山崎はどうだ!とばかりに、にこりと笑ってみせた。
「ふふ、さすがです」と椿も笑う。
これでいい、何も無かったのだから。それでも武田のしたことは許し難い事だった。顔を伏せ怒りを抑えるのに必死だ。
椿は山崎の異変に気がついた。
今しがたまで笑っていた顔はスーッと消え、急に顔を俯かせている。
膝の上に乗せた両の拳は色が変わるほど握り締めている。
椿は山崎の側に歩み寄り膝をつくと、その拳に自分の手を重ねた。
「っ!椿さんっ」
「山崎さん、すみません。私は心配ばかりかけていますね」
「違う、違うんです!」
「違う?」
「俺は武田組長が憎い!椿さんを力ずくでモノにしようとして、それをやすやすと見逃してしまいそうになった自分にも腹が立つ!」
「でも山崎さんは助けてくれました。私は助かったんですよ?」
「しかしっ」
「私は嬉しいんです。助けてくれたのが山崎さんで、目が覚めた時も目の前に居たのが山崎さんで」
「・・・」
「それではダメですか?」
「・・・貴女って人はっ」
山崎が椿を強く抱き締める。
彼女が傷つかないように偽ってでも護ってやりたかった。
でも、どうだろう。気がつくと彼女から自分が護られているのではないだろうか。
新選組と彼女を天秤にかけることは出来ない、それでも想いだけは彼女の方へ傾いていると誓いたい。
「山崎さん」
「はい」
「お腹、空きました。へへっ」
「ぷっ!色気がありませんね」
「酷いっ」と椿が軽く胸を叩くが、
山崎もそんな冗談を言うのかと驚きを隠せない椿だった。




