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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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さしむかふ心は清き水鏡・後

山崎は椿を自分の布団に寝かせると、少し離れた場所に腰を下ろした。自分の部屋なのにどう過ごしたら良いか分からないのだ。

椿が居る、ただそれだけて心が落ち着かない。

かと言って彼女を残して部屋を出る気にもなれない。

身体を休めるだけのこの部屋は灯りも点けていないのに温かく、ほんわりと淡い光に包まれているような錯覚が起きる。


表情が薄い為か人付き合いも上手くなく、世間に(まみ)れるというよりも世間から阻害されたように生きてきた。

しかし、其れはお前の武器だと言い新選組に誘ったのが土方だった。

初めて認められた気がした。

その後、山崎は椿に出会った。

あんな間近に接近され、鍼灸の技術を教えろと言ってきたのは後にも先にも椿だけだった。


「椿さんは変わった人だ」 思わず口にする


大抵の女は自分の顔を見ると怒っているのかと聞いてくる。

もしくは近寄って来ないのに。

自嘲に似た笑みを漏らし、山崎も目を閉じた。



椿が目を覚ました時はもう外は真っ暗だった。

廊下を月明かりが薄っすらと照らしている。

そして、誰かが障子の柱に寄りかかったまま眠っていた。


「山崎、さん?」


布団から這い出して、静かに山崎の方へ近づく。

山崎は椿を自室に連れてくると布団に寝かせ、自分はこうして座ったまま休息を取っていたのだ。


そんな山崎の姿を見ると、椿は自分も知らなかった感情が溢れて来るのが分かった。

ゆっくりと右手を山崎の方へ差し出し、躊躇いながらも頬に触れた。

山崎がぴくんと揺れたのと同時にその腕を掴んできた。


「あっ!」


椿は驚いて声をあげる。


「つ、椿さん。起きていたのですか」

「はい、たった今」


山崎は「すみません」と掴んだ椿の腕をそっと放した。

椿はいったい何をしようとしたのだろうかと考えながら。


「お布団、ごめんなさい。山崎さん疲れているのにっ」

「あ、いえ。俺は慣れていますからこれでも十分休めていますよ」


山崎は何日も屯所を空けて潜入捜査をする。屋根の無い場所で夜を明かすことも少なくはないのだと、穏やかに笑ってみせる。

隊士たちにも名を明かすことはなく、存在を有耶無耶にし新選組の為に身を呈して働いているのだ。


「椿さん?」


何故か椿は泣いていた。

山崎を想うと胸が締め付けられたようになるからだ。


「すみません。山崎さんの過酷なお仕事を想像したら、つい」

「・・・え?」


山崎は自分の耳を疑った。

まるで自分の為に泣いてくれていると聞こえたからだ。


「外、すっかり暗くなってしまいましたね」

「はい。もう少し休んで下さい。朝、送ります」

「では今度は山崎さんがお布団でどうぞ」

「え!そう言う訳にはいきません。女性に畳の上で寝かせて男の俺が布団に寝るなんて。士道不覚悟で切腹ですよ」


「ええ!」と、目を丸めて驚く椿を見た山崎は

クスッと笑ってしまう。


「嘘、ですよね?」

「いえ、嘘ではありません」


しぶしぶ布団に戻った椿はそのまま朝まで眠った。


目を開けると山崎の姿はなく、外は日が昇り始めていた。

飯炊き当番が起きる頃だ。

その時、障子が開き山崎が顔を出した。


「早くにすみません。副長がお呼びです」


診療所に帰りましょうと言われると思っていた椿は、何故?と首を傾げながら「はい、分かりました」と応えた。


副長室に入ると、ピンと背筋を伸ばした土方が腕を組み座っていた。

良いか悪いかは別として、真剣な話があるとのだと悟った。


「朝早くから悪いな」

「いえ」

「単刀直入に話す。椿、今後は新選組専属の医者として屯所に詰めてもらう。勿論お前だけの部屋を与える。信用の置ける幹部の近くに置くつもりだ。大捕物の時は現場後方にて待機してもらい、負傷した隊士の手当を頼みたい」

「・・・」


突然の話についていけず、ただ土方の目を見ていた。

冗談ではないようだと呑気に捉えながら。


「かなり悲惨な現場もあると思う。仮に戦が始まったらお前も従軍せざるを得なくなる。勿論、お前の命は新選組が全力で守るつもりだ」

「・・・」

「異論があれば聞く。だか、これは決定事項だ」


なるほど、私はこれで新選組から抜け出せなくなる。

山崎さんを近くで支える事が出来る、新選組の皆さんのお役に立てる!


「椿さん、無理はしな・・・」


山崎が口を開くと同時に椿はこう言った。


「副長!喜んでお受けいたします!」


椿の目は煌々と輝いて見えた。


「女だから出入りするなと言われると思っていましたが、その逆で驚いています!でも、やっぱり女だからと思われないように皆さんを支えてみせます!新選組の為にっ」


「椿、いいんだな。もう後戻りは出来ないぞ、なあ山崎」

「くっ」


山崎の左眉がビクッと上がった。

椿は思った。山崎さんはきっと心配して反対するに違いない。

すっと、山崎の方へ椿は身体を向けた。


「山崎さん。私が女だからとご心配されているかと思います。でも、女の前に私は医者であり山崎さんが居る新選組を何よりも大事に思っています。お上への忠義の為に命を掛けて働く皆さんを、私も命を掛けてお助けしたいと思っています。女とは関係なく医者の技量を認めて下さったこの新選組の為に!」


山崎は目を丸めて椿を見つめた。

まるで、土方に認められた時の自分を見ているようだと。

彼女の意志もまた変えることは出来ないと山崎は悟った。



そして、土方は聞き逃さなかった。

椿は山崎さんが居る新選組を大事に思っていると、逆を言えば山崎が居なければそうではないという事だ。


「くくっ。椿、お前は本当に正直なヤツだな」


そう言って、土方は笑っていた。


「山崎、そう言う事だ。お前はちゃんとコイツの手綱を握っておけよ?お前が居ねえとコイツは暴走馬になり兼ねねえからな」


「へ?」

「えっ!」


意味が分からないと首を傾げる椿と、顔を赤らめて硬直する山崎。

土方はふと、日野にいた頃に書いた句を思い出した。


『さしむかふ心は清き水鏡』


性格も表情もこの二人は全く正反対だ。

しかし、背負ってきた負の感情は何処か似ている。

人から好かれないと卑下する男と、女のくせに医者になったと陰口を叩かれ続けた女は一度(ひとたび)芽を出せば、逞しく天に向けて伸びてゆく。

向かい合う二人は写鏡のようだ。

中身は違えどその信念と互いを想う気持ちは同じだ。


「お前らいい加減にしろ。ふはははっ」


土方はそんな二人がこの新選組で自分に仕えている事がとても嬉しかったのだ。


「土方さん、もしかしてお疲れですか?」


少しズレた椿の言葉が更にツボにハマる。

一頻(ひとしき)り笑った土方は真顔に戻ると


「椿の命は俺が絶対に守る、安心しろ」


土方が言うと本当に大丈夫な気になるから不思議だ。

椿はこの人が新選組にいて良かったと改めて思った。



屯所を出て、診療所への帰り道は山崎が一緒だった。

あまり話さない山崎が更に口を引き結び難しい顔をしている。

やっぱり自分が新選組の専属医を受け入れたのが気に入らないのかもしれないと。


「山崎さん、すみません。勝手に大阪から追ってきて新選組に出入りして、挙句には専属医にまでなっ…」


「椿さん!」


山崎が珍しく大きな声で椿の話を遮った。


「は、はい!」

「椿さんの命は、俺が絶対に守りますからっ!」

「・・・」

「副長より俺の方がっ」

「えっ?」

「っ!なんでもありません」


山崎は顔を真っ赤にして、途中で話を切った。

あまり追求してもいけないと、椿もそこで口を閉じた。


さしむかふ心は清き水鏡

土方歳三が浪士組として江戸を立つ前に作った句らしいです。

近藤勇と沖田総司が向かい合わせで座り、将来の事を話している姿を見て書いたそうです。

二人の考え方が鏡に写したように同じだという事を表したかったようです。土方さんの発句は決して上手くはないと言われています。

でも、この句と前回のタイトルで使ったのは好きです。

素直で分かり易いですよね(笑)

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