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山崎さんを知りませんか?  作者: 佐伯瑠璃
第一章 医者として
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椿VS組長たち

幕末、池田屋事件が起こる前。

こんな娘が屯所に出入りしていたら、むさ苦しい男所帯も少しは華やいだりしないだろうか・・・山崎さん何処ですか?


此処は泣く子も黙る人斬り集団の詰所、別名”新選組”または”壬生狼”屯所。

会津藩の預かりで京の治安を護る集団である。

女人出入り禁止!ではないが、だれも自ら好んで出入りする者などいない。

むさ苦しい男しかいない、まさに狼の群れに入るようなものだ。

それだけ世間からは恐れられていた。


そんな場所に躊躇せず堂々と門から入る女が居た。

名は椿(つばき)、歳は二十歳で色白の小柄な女。

その容姿は非常に美しく太陽の様な笑顔の持ち主だった。


「こんにちは、副長にお目通り願いたいのですが」


そう門番に告げると、ビクリと肩を揺らし片方の眉を上げる大男。


「椿殿、今日はお止めになられた方が・・・」

「理由はなんでしょう?」

「え!」

「私が諦めなければならない理由を教えてください」


椿のはっきりとした口調に大の男が縮こまる。


「ひっ、今日の副長は大変機嫌が悪い。悪いことは言わない今日は止めた方が」

「なるほど、そう言う事ですか。仕方がありませんね」


男は「ふぅ」と安堵の溜息を漏らすが、その次に言われた言葉に硬直した。


「では私が副長を(ほぐ)してまいります」

「え!!」


そう言うと、男の脇をするりと通り抜け屯所の中へ消えて行った。

青ざめる男、意気揚々と歩く女。


「相変わらず面白い方ですね。君も少しは見習ったらどうです?」


男の肩をポンと叩いたのは、副長助勤一番組組長の沖田総司だった。

彼女が消えた屯所内を見ながら、

「面白いことになりそうですね」と楽しそうに後を追った。


椿は勝手知ったる屯所内をいつもの調子で颯爽と歩く。


「こんにちは。皆さん体調は如何ですか?体は清潔に保って下さいね」

「はい、承知しています」


そう、彼女は医者なのだ。

どうして女の医者がこの屯所に出入りしているのか。


遡ること一年前、椿は大阪で医者見習いとして働いていた。

ある訪問先の問屋の主人が腰を痛めたと聞き、外科的な知識に乏しかったものの仕方がなく出向いた時の話だ。

ゆっくり休むよう伝え、痛みを和らげるための薬草を処方した。

しかし其処の主人は「厠にも行けないじゃないか!ヤブ医者め!」と騒ぎ出したのだ。

気の強い椿は「だったら私など呼ばず、最初から針師を呼びやがれクソじじい」と言い放ったのだ。

そこに急きょ呼ばれたのが鍼灸師の山崎烝だった。


「父は手が離せませんので、私が代わりに」


そういうと、テキパキと手を動かし主人の腰に針を刺して行く。

その姿を椿は黙って見ていた。

針を刺しても痛がる素振りはなく、的確にツボをつき寸分の狂いもなく成される所作に心底惚れ込んでしまったのだ。

顔色変えずに淡々と仕事をこなす山崎が一層輝いて見えた。


「山崎さんと仰いましたよね」

「はい」


椿は山崎の治療が終わったのを見計らって、ぐいと一歩近づく。


「私を弟子にしてください!」

「ええっ!」


椿の気迫と目力に山崎はおののいた。

自分の胸の高さまでしかない小柄な女性に言い寄られているからだ。


「私は医者でありながら、患者の痛みすら取り除くことが出来ない!情けない事です。ですがあなたの針の技量は素晴らしい。伝授しろとまでは言いません!心得をお教えください!」


感情を露わにすることが得意でない山崎だったが、見た目とかけ離れた男らしさに流石に目を剥いた。

針を教えろと言われているだけなのに、取って食われそうな気さえしてきたからだ。


「わ、分かりましたから落ち着いてください。ひと月でよいならお教えしますよ」

「どうしてひと月なのですか」

「それは、大阪を離れるからです」

「?」


山崎は新選組に入ることが決まっていたのだ。

隊士としてではなく監察方として。

彼の忍びのような軽やかな動きと、無表情かつ冷静な部分が副長のお目に留まったのだ。


こうしてひと月の間、指南を受けたものの満足する事が出来ず、山崎の後を追って京まで来てしまったのだ。

しかも気が付いたら新選組専属の医者という立場になっていた。

これには山崎も驚いたわけで、そんな山崎の表情を見た組長たちも驚いたというわけだ。



そして今に至る。


「沖田先生、お疲れ様です」

「あれ?椿さんはどちらに?」

「奥に向かわれましたが」

「そう、ありがとう」


隊士たちの言う奥とは組長級の幹部たちが住む場所だ。

平隊士さえ近寄りたがらないそこへ、臆することなく入っていくのは彼女くらいだろう。

椿は背を伸ばし、ずんずんと廊下を進んで行く。


「お!椿じゃねえか。また懲りずに来たか」

「原田さん今日は非番ですか?ちょっと!腹を出さないでください!」

「傷痕をこうして日に晒らさねえと痒くなるんだ」

「直接晒す必要はありません!(ペシッ)」

「おぅっ」


原田の自慢の切腹傷を叩くのもこの女くらいである。

女に対して百戦錬磨のこの男ですら、椿には手が出せないようだ。


「くくくっ、お腹痛いや」


沖田はお腹を抱えてくすくす笑っていた。

椿は更に奥へ進んで行く、そこは用がない限り誰も立ち寄らない部屋がある。

三番組組長、斎藤一の部屋だ。

彼は寡黙で余計なことは一切話さず、いつも怒っているように表情は堅い。冷酷非情または冷酷無比と恐れられている人物だ。

しかし、椿にはそんな事は関係なかった。


勝手に障子をザーッと開けて、満面の笑みでこう言うのだ。


「斎藤さん!こんにちは。空気の入れ替えして下さいね!」

「っ!(なぜ俺が居ることが分かった)」


一歩、部屋に入って視線を一巡させると、


「斎藤さん、さすがです!整理整頓が行き届いていますね」


うんうんと頷きキラキラした笑顔を斎藤に向けるのだった。

そんな笑顔を向けられる事がない斎藤は毎度硬直し、耳まで顔を赤らめるのだった。


「一くんまだ慣れませんね。見ている方は面白くていいけど」


沖田はご機嫌だ、斎藤の表情は自分ではなかなか変えられない。

でも椿に掛かれば何てことはない、顔を赤くしたり青くしたりと忙しいのだから。


そして斎藤の部屋から出た椿は、お決まりのごとくに次の目的地へ足を運ぶ。


「あ、次は僕の部屋ですね」


気配を消して椿の後ろを歩く沖田。


「沖田さん!こんにちは。たまには外の空気をっ、あれ?」


部屋を見渡すも沖田は居ない。

今日は巡察当番だったのかと首を傾げる。

この部屋はとても殺風景で他の部屋と比べて温度が低く感じる。

椿は腕を組み眉間に皺を寄せるとこう呟いた。


「お花でも生けましょう!」

「ねえ、そんな顔して言う台詞セリフじゃないでしょう?」

「ひゃぁぁ!!」


突然頭上から声がしてきたのだ、さすがの椿も声を上げて尻餅をつく。

椿は恨めしそうに沖田の顔を見上げた。


「沖田さん!いつから居らしたんですかっ」

「屯所の門をくぐるところからですよ」

「なっ……」


穏やかに笑みを浮かべながら沖田は椿の顔を覗きこんだ。

椿は顔を真っ赤にしている。


「毎度の事じゃないですか、気配に鈍いからこうなるんですよ」

「でも沖田さんはわざと気配を消しているでしょう?私は只の医者ですから、気配だとか言われても分かりません」

「では、次からは消さずに後をつけますよ」

「はい、そうしてください!じゃなくって、後をつけないでくださいっ!」


沖田はお腹を抱えてケラケラと笑っている。

椿は悔しい事に、この沖田という男だけは先が読めず口では勝てないと思っている。

口は達つし、剣の腕も右に出るもは居ないと聞く。


「沖田さんって凄いですよね。口も手も早いのですから、頼もしい限りです」


にっこり笑って沖田にお辞儀をすると、最終目的地へと足を運ぶのだった。


「ちょっとその言葉。意味を違えると、とんでもない誘い文句になりますよ?」


ほんのりと頬を染めながら立ち尽くす沖田もまた、椿には敵わないと思っているのだ。



椿は新選組の健康管理に必死だ。

なぜならば、監察で多忙を極める山崎の仕事をこれ以上増やしたくないからだ。

山崎は監察だけでなく救護活動も行う。

普段の稽古で怪我をしたり、感冒が流行ったりすれば彼の休まる時がなくなる。


椿は山崎の腕に惚れ込んでいる、しかし本当は山崎烝という人間に惚れている。

そのことに気付いていないのは、当の本人である椿と山崎だけだった。


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