第六十九話 俺公は神を恨む
この話はセンシティブな内容を含みます。
人によっては不快に感じる事もあるかもしれません。
物心ついた時から、自分の身体には違和感があった。
俺の名は、ミコト。ヤマトの国で将軍の家系に生まれた、女だ。
だが、俺の魂は、どうやら器を間違えたらしい。
ままごとよりも木剣を振り回すのが好きで、綺麗な着物よりも泥だらけになるまで野山を駆け回る方が、ずっと楽しかった。
周りの女たちが、恋いだの、化粧だのといった話で盛り上がる中、俺は一人、道場で汗を流していた。
「女のくせに」「色気がない」。そんな陰口は、聞き飽きた。
俺を馬鹿にしてきた男たちは、皆、返り討ちにしてやった。
俺の喧嘩は、根性だ。
皆、喧嘩は痛いし、負けるのが怖い。だから、攻撃する時、相手の反撃を恐れて、どうしても威力が鈍る。
だが、俺は防御など知らない。
攻撃されたら、絶対に引かない。たとえ骨が折れようと、その倍の威力で殴り返す。
その覚悟の違いが、俺を誰よりも強くした。
そんな俺を、ただ一人、笑わずに見ていてくれる奴がいた。
神社の、跡継ぎの巫女だ。
彼女は、俺が喧嘩で傷だらけになって帰ってくると、いつも黙って手当てをしてくれた。
その小さな手が、俺の傷に触れるたび、不思議と痛みが和らいだ。
「…ミコトは、どうしてそんなに強くなりたいのですか?」
ある日、彼女がそう尋ねた。
「…強くなって、男どもを全員ぶちのめしてやるんだ」
「ふふ、あなたは面白い方ですね」
彼女は、いつもそう言って、優しく笑うだけだった。
俺は、そんな彼女のことが、好きだった。
だが、この想いは、決して報われることはない。
なぜなら、俺は「女」だから。
彼女がいつか結ばれるのは、この国で最も強い、次代の将軍となる「男」だと決まっていたからだ。
一番辛かったのは、風呂だ。
男たちと一緒に風呂に入れば、「女のくせに」と気味悪がられ、女湯に入れば、その逞しい体つきを奇異の目で見られる。
俺には、安らげる場所など、どこにもなかった。
だから、決めた。
俺が、この国で一番強い男になればいい。
俺自身が、将軍になればいいのだと。
そうすれば、誰にも文句は言わせない。そして、俺が、俺自身の手で、彼女を守ることができる。
そんな無茶苦茶な生活を続けていたら、ある日、先代の将軍…俺の父親に呼び出された。
勘当を言い渡されるかと思いきや、彼は、俺にこう言った。
「…お前の覚悟、見事だ。明日より、お前を将軍候補として推薦する。死ぬ気で励め」
そこから先は、地獄だった。
男たちからの嫉妬、貴族たちからの侮蔑。
だが、俺は全てを力でねじ伏せた。
そして、ついに、俺は将軍の座を手に入れた。
その日、巫女は、俺の前に静かに跪き、言った。
「これより、我が魂、将軍ミコト様に捧げます。どうか、このヤマトの国を、末永くお守りください」
その瞳には、もう、昔のような親しげな光はなかった。
ただ、国の安寧を祈る、巫女としての、絶対的な忠誠心だけが宿っていた。
俺と彼女の間には、もはや「将軍」と「巫女」という、越えられない身分の壁ができていた。
(…ああ、そうか)
その時、俺は悟った。
俺は、彼女の隣に立つ「男」にはなれなかった。
だが、彼女が祈りを捧げる、この国そのものを守る「神」には、なれたのかもしれない。
それで、いい。
俺は、巫女を守る。
いや、彼女が愛する、この国そのものを。
それが、女として生まれながら、男として生きることを選んだ、俺の、生涯をかけた「私怨」なのだから。
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