第五十七話 快楽は道具
ガンッ、と鉄の扉が閉まる無機質な音。
俺たちが押し込まれた牢屋は、これまで経験したどんな場所よりも陰鬱だった
湿った土とカビの匂いが鼻をつく
床に敷かれた汚れた藁からは、得体の知れない虫が這い出てくる
壁の小さな窓から差し込む光は、まるで希望そのものが細く痩せ細ってしまったかのようだ
「ちくしょう…! 俺様の酒が…!」
キリヤが悔しそうに鉄格子を蹴るが、鈍い音が響くだけだ
「うるせぇ、黙れ
お前はこの部屋だ」
俺らは一人一人違う牢に入れられた
牢の中には、他にも数人の先客がいた
痩せこけた老人、光のない目をした若者
そして、片隅で壁に向かって膝を抱える男…
誰もが、希望を失い、ただ時が過ぎるのを待っているだけのようだった
(これが、自由の国の現実か…?)
俺は、この国の歪んだ現実に、言いようのない不気味さを感じていた
数時間が経ち、牢の中が夕闇に包まれ始めた頃だった
それまで壁に向かって微動だにしなかった男が、ゆっくりとこちらを振り返った
「貴様ら飯だ」
保安官の男がそう言うと俺ら四人分の食事が牢の中に入れられた
俺が自分の分の食事に手をつけようとした時
男に頭を蹴られた
「おいてめぇ、誰に断って飯を食おうとしている」
他の男達は一切動いていない
前世で聞いた事がある
このような牢獄の中は完全な上下関係があると
男は俺の髪を鷲掴みにすると、にやついた笑みを浮かべた
「お前中々度胸あるじゃねぇか、おい、ドンタク」
男の言葉に、周囲の囚人たちが下卑た笑い声を上げる。
その中の一人、 光の無い目をした若者が自分のチ〇コをしごき出し
「…うっ…あ…うお」
食事のご飯の上に精液をかけた
それは、暴力よりも遥かに人の尊厳を傷つける、陰湿で醜悪な行為
「お前みたいな度胸のあるやつは好きだ、特別な飯を食わせてやるよ」
何をしているのか、何をさせているのか全く理解が出来なかった
恐怖と混乱で身体も思考も動かなかった
「なんだ、俺が食っていいって言ってるのに食えねぇのか?」
再び、男は俺の髪を掴み、精液ご飯に叩きつけた
「う、うぐ…」
その時俺は悟った
前世なら何もせず、ただ恐怖だけ
いじめを受けていたかもしれない
でも、俺も冒険をしてきて皆から学んだ
戦って変えなきゃいけないことがあるのだと
バシッ
俺は拳で男を殴った
「てめぇ…」
そこから先は、一方的な暴力の嵐だった。
だが、殴られ、蹴られ、意識が遠のいていく中で、俺は不思議と後悔していなかった。
むしろ、清々しい気持ちさえあった。
前世では決してできなかったことを出来たのだから
初めて、自分の意志で、理不尽に立ち向かったのだから。
うっすらと、「ああ、駄目だこりゃ。面倒だ、独房に連れていけ」という保安官の声が聞こえたのを最後に、俺の意識は完全に途絶えた。
――――――――――――――――――――――――――――
【気絶明け】
気が付くと暗い空間だった
「気が付いたかい?」
フードの奥から現れたのは、鋭くも知的な光を宿す、狐の獣族の女性だった。
「派手にやられとったね
あの男どもは次の供物にしちょるから」
その声は、見た目の若さに反して、老獪な響きを持っていた。
「あんたは…?」
俺が問いかけると
「わっちはサクラやで、我が主」
「我が主…?
出会ったばっかりでボロボロの俺がか?
なんの冗談だ?」
「冗談やないで
そなたはわっちを導く星や
わっちの話を聞いてくれないか?」
「それより、他の仲間たちはどうなってる?
キリヤやフローレンは、黙って捕まってるような奴らじゃないだろ」
「ああ、心配ないで」
サクラは壁に耳を当て、楽しそうに目を細める。
「そっちの金髪の兄ちゃんは、看守相手に『俺様と一晩過ごせば、この国の女の序列が分かるぜ』とか言うて、牢の中で賭博場を開いとる。
槍を持った姉ちゃんは、牢のボスを力でねじ伏せて、逆に看守を脅しとる。
女衆の方も、聖母みたいな姉ちゃんが看守を誑かして、もう牢の鍵を手に入れとるみたいやな」
「…あいつら、逞しすぎるだろ…」
仲間の無事(?)を知り、博史は安堵と呆れが混じったため息をついた。
確かに、入ったとたんにリーダー格になりそうな奴らばかりだからな
その頃、キリヤが放り込まれた牢屋では―――
「おい、新入り! てめぇ、さっきからニヤニヤしやがって、何が可笑しい!」
牢のボス格である、顔に傷のある大男がキリヤに凄む。周りの囚人たちも、敵意に満ちた目で彼を取り囲んでいた。ここは、弱肉強食の世界。新入りは、まず徹底的にその牙を折られるのが習わしだ。
しかし、キリヤは全く動じていなかった。
「へっ、悪いな。お前らのツラがあまりにも絶望しきってるからよ。つい、笑っちまった」
「…あんだと、てめぇ!」
「いいか、よく聞けよ、負け犬ども」
キリヤは、まるで王が臣下に語りかけるかのように、悠然と言い放った。
「お前らは、ここでただ腐っていくのを待つだけの家畜かもしれねぇ。だが、俺様は違う。俺様は、ここですら『遊ぶ』ことができる」
その言葉に、看守が鉄格子を警棒でガンガンと叩いた。
「おい、貴様! 静かにしろ!」
「お、いいねぇ、兄ちゃん。いい音だ」
キリヤは、その看守に向かってニヤリと笑う。
「なあ、兄ちゃん。俺様に賭けねぇか?」
「…はぁ?」
「簡単な話だ。俺様が、てめぇらの給料日(まあ、そんな良いモンもらってるとは思えねぇがな)より先に、ここを堂々と出て行く方に、俺様の全財産を賭けてやるよ」
キリヤはそう言うと、ポケットから金貨を一枚取り出し、指で弾いた。
「ちなみに、俺様に賭けた囚人仲間は、出所後の酒代には困らねぇぜ? なんせ、俺様の仲間には、国から山のような懸賞金をかけられてる『お姫様』もいるんでな」
その言葉に、牢の中の空気が変わった。
絶望に染まっていた囚人たちの目に、わずかながら「好奇心」と「欲望」の光が宿り始める。看守ですら、その金貨と「お姫様」という言葉に、ゴクリと唾を呑んだのが分かった。
キリヤは、絶望的な状況ですら、一瞬にして自分の土俵…「ゲーム」の舞台に変えてしまう。
それは、彼の持つ圧倒的な自信と、人の心の最も弱い部分…欲望を的確に見抜く、天性のカリスマ性のなせる業だった。
「さあ、張った張った! 俺様の未来に、お前らのけつの毛まで賭けやがれ!」
やがて、その牢屋は、この国で最もレートの高い賭場へと変貌していくことになる。
サクラの占いは、ある意味で正しかった。
キリヤは、確かに牢の中で「賭博場を開いて」いたのだ。
一人を除いて
「ブランもか?」
「ああ、女は少ないからまとめられたんや
短髪の姉ちゃんは聖母の姉ちゃんと一緒や」
確かに、それなら安心だ
むしろ俺のこと心配してくれないのだろうか…?
「この場所…大きくて、古いやろ
昔、わっら獣族が、人間に支配され、住まわされた場所や
そして、わっち一人になった」
「どうして、君は生き延びられたんだ?」
「わっちには特別な力があった
『占星術』一族で方法は伝えられていたが
実際に起こることを正確に占えたのはわっちだけだった
ヴァンパイアはわっちの力を気に入り
わっちにここの管理を任せた
もう一族のいないこの牢獄の」
サクラはとても哀しそうに俯くも
もう一度俺の方を力強い目で見つめた
「そなたがわっちを解放してくれ
極東にあると言われる同族の国に導いてくれるのや」
「…話は分かった。…でも、なんで ヴァンパイアはそこまで権力を持ったんだ?
それに供物って?」
「それがこの国が『禁酒法』なんて法律を敷いている本当の理由や」
サクラは、忌まわしげに続けた。
「奴らは、表向きは最新の技術(電気や鉄道)で国を発展させる実業家として振る舞い、裏では民を支配している。その支配の道具が、二つある」
カイは、指を二本立ててみせた。
「一つは『恐怖』。法を破る者は、容赦なく牢に送られ、二度と日の目を見ることはない。そしてもう一つは…」
彼は声を潜め、忌まわしげに続けた。
「『快楽』や。奴らは酒を取り上げる代わりに、アルブジルから密輸した特殊な薬草…いわゆる『麻薬』を民に与えている。それに溺れた者は、思考力を失い、ヴァンパイアの意のままに操られる家畜となるのさ」
その言葉に、息を呑む。
同じ牢に居た無気力な若者ややせ細った老人を見て感じていた
アルブジルの民に似ていると
あの国の腐敗の裏にも、こいつらがいたというのか
「禁酒法は、民から正常な楽しみを奪い
奴らの与える歪んだ快楽に依存させるための罠なんや
そして暇を持て余した奴らは供物に快楽を与え
最後命を搾り取ることが奴らの楽しみでもあるんや」
俺は言葉を失う
狂っている
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