第五十話 メィェンタオ
メィェンタオ視点
(場所:バニッシュの夜、レイヴァンにプロポーズされた後のメイェンタオの自室。窓の外では祝勝会の喧騒が聞こえるが、部屋の中は静かだ。彼女は一人、レイヴァンから贈られた婚約の腕輪を見つめている)
物心ついた時から、あちきの世界にはジジイ(師匠)と、この拳しかなかった。
ジジイが言うには、あちきは道場の前に捨てられていた捨て子だったらしい。
小さい頃は何も疑わず、ただジジイの言う通りに稽古に明け暮れた。
「仙気とは、己の内なる宇宙そのものじゃ。
己を磨かないとどんなに強い気を持とうとも仙気は操れん
それを感じ、練り上げ、そして放つ。それが六合仙拳の極意じゃ」
ジジイの言葉だけが、あちきの世界の全てだった。
偶に門下生が入るが
厳しい稽古に皆すぐに辞めていき
そしてまた、広い道場にあちきとジジイの二人だけになる。
道場破りが来れば、あちきが戦う。負ければ、ジジイが出てきてそいつを叩きのめす。
それが、あちきたちの生きる世界の全てだった。流派という名の、小さな小さな宇宙。
あちきも師匠もこんな生き方しか出来なかった
流派がアイデンティティ
何故か実戦ではジジイに敵わないが
センキの扱いも質量もあちきの方がジジイより優れている
当然あちき一人しか居なかったので流派を継ぐもんだと思っていた
しかし、何故かジジイはなかなか後継者として認めてくれなかった
「お前は強い。だが、脆い。仙気の扱いも質量もわしをとうに超えている。…じゃが、お前には決定的に足りないものがある」
何が足りないのか、ジジイは決して教えてはくれなかった。
代わりに突きつけられたのは 未踏のダンジョンを踏破したら継がせるという無理難題を吹っ掛けて来た
とはいっても他につても無ければやりたいこと、目標もない
じじいが死ぬまでにはあちきが流派を継ぐものだと思っていた
そんななか博史たちが現れた
初めは美味い物を食わせるカモにしか思ってなかった
でも、メチャクチャで、デタラメで、酒臭くて…
そしてなんと彼らと共に不可能とされていたダンジョンを踏破した
これであちきも認めてもらえるのだと思ったが
ジジイはあちきを追い出した
博史と旅をしていくと様々なことを知れた
人と肩を並べて歩く温かさ。チェンマンの作る料理の、腹の底から力が湧いてくるような美味さ。ルサーリカに叱られる時の、妙な心地よさ。そして…博史という男の、得体の知れない強さと、それを全く鼻にかけない優しさ。
人と付き合い方、距離感、料理の美味しさ、物の売買まで
あちきが彼らとではなく
ジジイに反発して一人出ても
生き永らえる事は出来なかっただろう
ジジイはそれを分かってあちきを外へ出さなかったのだ
そんな中あちきを好いてくる男が現れた
「僕が貴方を守ります。結婚してください」
真っ直ぐな瞳で、そう言った。
守られるなんて、考えたこともなかった。
あちきは、守る側か、あるいは打ち負かす側でしか生きてこなかったから。
(…ああ、そうか)
あちきは流派を背負いたかったのではない
武術を極めたかったのではない
あちきは世界に存在を許してもらえる何かが欲しかったんだ
ジジイが居なくなったらただのメィェンタオを知る者が誰一人居なくなる
「六合流のメィェンタオ」「剣星のメィェンタオ」
あちきの存在を許してくれる…そんな「何か」が欲しかったんだ。
ジジイ以外であちきを深く認知しようとしてくれる人がいる
あちきにはそれで充分だったのかもしれない
もちろんあちきには男を好きになる感覚などまだ分からない
でもレイヴァンが「私を特別」と言ってくれるからなのか
「レイヴァンが愛してくれるメィェンタオ」
あちきにとってもレイヴァンが特別に思えてきた
これでも迷った
博史達についていけば以前のなりたかった「あちき」
最強の武闘家になれそうな気がしていた
でもこの先あちきを好いてくれる人が現れるのか
あちきが好きになる人は現れるのだろうか
でも、水月がパーティに入りたいと言って
あちきは「最強の武闘家」も「魔王を討伐した武闘家」も無理だと悟った
ジジイはあちきを守ってくれたが
強くなったあちきに流派を守ってほしいという思いもあったはずだ
だとしたらジジイの期待を裏切ることになる
それでもあちきはここに残ると決めた
理由は、もう分かっている。
あちきは、初めて「誰かのための自分」ではなく
「自分のための幸せ」を選んでみたいと思ったのだ。
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【博史から師範への手紙】
このような手紙を描くべきか迷いましたが
メィェンタオは望まないと思っていますが
貴方から彼女の事よろしくと頼まれた身なので筆を取らせて頂きました
メィェンタオは情熱の国バニッシュの剣星に
彼と結婚いたしました
メィェンタオ自身強くなると言っていた手前
女性として身を固める事になり師匠にも面目が立たないと思っているのだと思います。
免状は師匠であるあなたにお返しします
貴方の先が長くないことは存じていますし手紙が貴方に届かなかったら
悔やむところではございますが
良かったら祝福の手紙だけでも送って頂けるとなんだかんだ喜ぶと思います。
馴れ初めは省略いたしますが剣星はとても信頼のおける男です
メィェンタオの無謀な所も身を挺して守り強さも申し分ありません
彼女も求婚を受けたという事は理解しています。
長くなりましたがこの手紙が貴方に届くことを願っています
同封メィェンタオの免状




