第四十四話 恋はすべての人を情熱的にさせる
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【一昨日夜の回想~(現在は二日後の昼間)】
(博史の視点。一昨日夜、聖剣レイヴァンの部屋で飲み明かした記憶が薄っすらと残っている)
…レイヴァンと夜を飲み明かした後、どうやって帰ったのか、記憶は曖昧だ。
ただ、彼が「君たちのような、しがらみのない友人としがらみのない酒を酌み交わすのは、何千年ぶりだろうか」と、どこか寂しそうに笑っていたことだけが、妙に心に残っている。
翌朝(昨日の朝)
どうやら、レイヴァンの部屋からそのまま闘技場に直行し
試合が始まる前から飲み続けていたらしい。
道理で、気が付いたら昨日の夜だったわけだ
最悪のコンディションだ。
眼下の闘技場では、これから始まる予選を前に、開会セレモニーが行われようとしていた。
闘技場の中心に、純白の鎧をまとったレイヴァンが静かに歩み出る。
その神々しい姿に、観客から万雷の拍手と歓声が沸き起こった。
「今回も我が闘技場に、大陸中から強者が集ってくれたことに感謝する。
皆が己の全てを賭けて切磋琢磨し、やがて我、聖剣を手にし、
この世界に光をもたらす『真の勇者』が現れることを、心より望んでいる」
レイヴァンの凛とした声が、闘技場全体に響き渡る。
「だが、」
レイヴァンはそこで一度言葉を切り
観客席の一点…いや、俺たちの隣に座るメイェンタオを、まっすぐに見つめた。
「予選を始める前に、皆に伝えねばならないことがある。
私はこの場にて、心に決めた御方がいることを告白する」
その言葉に、会場がどよめき、一瞬にして静まり返る。
「誤解しないでいただきたい。私は聖剣としての責務を放棄するつもりはない。
主を求め、勇者を導くという使命は、この身が砕けるまで果たし抜く所存だ」
彼は続ける。
その声には、一切の迷いがない。
「しかし、聖剣である私にも『心』があったようだ。
彼女を、聖剣の持ち主としてではなく…
ただ一人の、愛しい女性として、私の生涯をかけて愛し、
守り抜きたいと、そう願ってしまったのだ」
いきなりの、聖剣レイヴァンによる、満場の観客の前での愛の告白。
会場の全ての視線が、メイェンタオに突き刺さる。
「メイェンタオさん!」
レイヴァンは、壇上から彼女に向かって叫んだ。
その姿は、もはや国の守り神ではなく、ただの恋する青年のそれだった。
「僕は、君を危険な目には遭わせられない!
だから、僕と結婚して、この闘技場から去ってくれ!」
あまりにも突飛なプロポーズに、メイェンタオはパニックに陥る。
「な、なんなのネ、いきなり…! あちきは戦う! 魔王討伐して、
最強の武闘家として生きていくのネ! なぁ博史!」
「俺は、メイェンタオが女性としての幸せを得る方が良いと思っている…」
「ひ、博史まで…!」
レイヴァンは、俺の言葉を聞くと、さらに続ける。
「博史さん、ありがとう!
メイェンタオさん、聞こえましたか?
あなたの仲間も、祝福してくれています!
僕と一緒に人生を歩んでくれないか?」
マリーだけが「あらあら、公開プロポーズなんて情熱的ねぇ」と楽しそうに微笑んでいた。
「皆のもの、静粛に!」
審判が慌てて場を収めようとする。
「聖剣様のお気持ちは分かりましたが、試合の進行が…!」
「ならば、私が条件を変えよう!」とレイヴァンが宣言する。
「この大会で優勝した者が、メイェンタオさんと結婚する権利を得るというのはどうだ! もちろん、ご本人の意思を尊重した上でだが!」
もはや、闘技場の趣旨が完全に変わってしまっている。
だが、そのあまりの熱量に、
観客は逆に「面白いぞ!」「やってしまえ聖剣!」と煽り始めた。
これが、情熱の国バニッシュ。何が起こるか分からない。
俺は、これから始まるであろう波乱万丈の予選を前に、手元の酒瓶をぐいと煽った。
異様な熱気の中、予選の火蓋が切られようとしていた。
予選は、数十人の猛者が入り乱れるサバイバル戦で幕を開けた。
銅鑼の音が鳴り響くと同時に、怒号と剣戟の音が闘技場を埋め尽くす。
狙われるのは、当然、名のある者
そして―――レイヴァンの愛の告白によって、意図せず大会の賞品となってしまったメイェンタオだ。
「あの小娘を捕らえろ! 聖剣様に気に入られれば、俺たちも一攫千金だ!」
数人の荒くれ者たちが、下卑た笑みを浮かべながらメイェンタオに殺到する。
「馴れ馴れしいネ!」
メイェンタオは、しかし全く動じない。
彼女は静かに気を練り上げると、一喝。
「フンッ! 仙気解放!」
彼女を中心に、目に見えない衝撃波が拡散する。
殺到した荒くれ者たちは、壁に叩きつけられ、動かなくなった。
その圧倒的な実力に、他の者たちは距離を取る。
一方、別の場所では「黒狼の剣士」と「残虐絶倫ゼファー」が周囲の雑魚を一掃していた。
そして、武伝流総師範ハチヘイは、静かに目を閉じ、剣を構えたまま動かない。
だが、彼の間合いに入ろうとした者は、
次の瞬間には、何が起こったのかも分からぬまま首と胴が泣き別れになっていた。
まさに達人の領域。
聖剣アレスターは、誰よりも優雅に、そして慈悲深く戦っていた。
「済まない。だが、君たちの『覚悟』はその程度か?」
聖剣を振るうというより、その輝きで相手の戦意を奪い、自ら場外へ去らせる。
その姿は、戦士というより聖職者のようだった。
今大会の注目株と噂されていた「紅の猛牛」が、蒸気を噴き出しながらキリヤに突進する。
観客席が沸く。だが、キリヤは欠伸を一つすると、突進してくる猛牛の角をひらりとかわし、その首筋に軽く手刀を叩き込んだ。
巨体が、嘘のように崩れ落ちる。
そうして、阿鼻叫喚のバトルロイヤルは、あっという間に終わりを告げた。
砂埃が晴れた闘技場に立っていたのは、わずか8名。
武伝流総師範ハチヘイ。
クズのキリヤ
酩酊の博史
仙気をまとった武闘家、メイェンタオ。
不気味な仮面の剣士、W・ムーン。
聖剣アレスター。
黒狼の剣士
残虐絶倫ゼファー。
偶然か、必然か。この国の運命を左右するであろう役者たちが、ここに揃った。
観客の興奮が最高潮に達する中、本戦トーナメントの組み合わせが発表されようとしていた。




