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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第三部 混沌の血
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第58話 オリヴァンの過去(2/4)

 過去映像は、まだ続いている。


 狼男が人間の女と同行することになったのだが、河原で焚火をする狼男は、フードを深くかぶったまま、不満を漏らした。


「やっぱ、人殺しと誘拐の疑惑をかけられちまってるな。まあ、散々やってきたからな。あながち間違いでもねえが。にしても、あちこちに手配書が出回ってるもんで、傭兵稼業はもう無理か。強え奴らと本気でやり合えて、楽しかったんだが」


 誰かに話しかけたわけではなく独り言だったのだろうが、テントの中から同行者の女が言葉を返す。


「危険な仕事が好きなら、私のこと手伝ってくれないかな」


「ああん? 何しようってんだ、ティア」


「ゴミあさり」


「てめえ、それじゃまるで野犬みてえじゃねえか。俺はな、誇り高き獣人だぞ」


「そういう、皮肉みたいな意味じゃないわよ。エルフのお宝、人間のお宝、獣人のお宝。魔族のお宝。戦乱による略奪とかで各地に持ち出されたんだけど、あなたみたいな戦闘狂が多いからか、各地でぞんざいに扱われっぱなしなの。価値の分からない奴らにとってはゴミでしょう?」


「まあ、そりゃ確かに」


「お金は好き?」


「ああ、酒も買えるし、色々買えっからな。好きだぜ」


「だから襲いましょ。強い人とも絶対に戦えるわ。私が保証する。あなたは、価値の分からない人間から宝物を救い出す英雄になるのよ」


「英雄か、それもいいな」


 ちがう、そんなのは英雄じゃない。


 不快感しかなかった。見ていて辛くなるばかりの映像だった。


  ★


 早い話が、盗賊である。


 通行人、馬車、邸宅、集落、城郭。


 ティアという女の指示があれば、襲撃し、全滅させて奪い取る。


 ティアは宝物庫を作り、好きなものは保管するなり身に着けるなりして、大して気に入らないものは闇ルートで売りさばいた。


 端から見れば人間の女に過酷な労働を強いられているようにも見えたが、狼男はこの生き方を楽しみ、ティアから離れようとしなかった。


 二人で盗賊を続けながら放浪を続けた。


 ある日、遺跡の森の中で、戦利品を眺めながら狼男はたずねる。


「なあティアよ、ホントにこんな攻撃力のねえ木の枝が高えのか? 変なニオイするし、これこそゴミなんじゃあねえのか。ここに刻まれた細けえ彫刻に価値でもあんのか?」


「香木は高いわよ。使ってみれば価値がわかるわ」


 ティアは高価な香木をナイフで削ると、削りかすに火をつけた。


 その煙を吸い込み、匂いを認識した途端に、狼男の上半身はむくむくと肥大化し、近くの木を軽く撫でただけでなぎ倒し、遺跡の石壁を少し押しただけで砕いてしまった。もともと強い力がさらに増強されたようだった。


「こりゃすげえ。ちょっくら襲撃に行って来るぜ」


 ほんの数分で戻ってきた狼男は、香木と似たような見た目の木の棒を大量に抱えてティアの前に着地した。狼男の背景には、黒い煙がたちのぼる街が見えた。


「これは偽物ね。刻まれている彫刻は性欲を高めるためのものに刻まれた紋と一致するけれど、実際はこのへんの木の枝ね。どこを襲撃してきたの?」


「商人の家だぜ、ティアの実家みてえな石造りの立派なとこだ」


「偽装スキルで本物に見せかけたのを掴まされたのか、それとも偽装を使って大儲けしていたのか。いずれにせよ、偽物。そんな商人なんて死んで当然ね」


「なんでえ、偽もんかよ。にしても、ティアは(わけ)えのに、よくそんなポンポン偽物と本物の見分けがつくよなぁ」


「私のスキルなのよ。人間のスキル持ちはそこそこ珍しいらしいけれど、たまたま幼いころから持ってたの。『曇りなき(まなこ)』っていうらしいんだけど」


「確かによ、悪ぃことばっかしてるはずなのに、ティアの瞳はすげえキレイだよな」


「あら褒めてくれるの」


「ヘッ、感想を言ったまでだぜ」


「私の目にかかれば、偽装とか誤認を施されたものは、全て赤く光って見えるのよ。そこに父が厳しく教え込んできた知識が合わさって、奪うべきお宝を見つける能力にだけは自信があるわ」


「これからもよろしく頼むぜ、曇りなき眼のティアさんよ」


  ★


 見ていられなかった。吐き気がした。


 かつて仲間だった山猫男が味方を引き連れて、盗賊の狼男および人間の女を討伐しに来た。


「長に頼まれたんだよ。やりすぎたんだ。目に余るから消してこいって言われたよ。だが我々としては獣人(どうほう)のお前に、立ち直――」


「じゃあくたばれよ」


 すぐに地獄絵図になった。狼男しか立っているものはいなかった。


「長の野郎に伝えな。俺たちに手ぇ出すなってな。あ、もう足も口も動かねえか」


 二人は愛し合った。二人の間には、数えきれないほど多くの子供ができ、そしてその子供たちは一人残らず全て孤児(みなしご)となった。各地に捨てられていった。まるで、その場所を訪れた記念に、その場所に名前を刻み残すかのように。


 悪の限りを尽くしているようにしか見えなかった。


 ある日、ティアはネオジュークの地で、地下に続く隠された道を発見した。遺跡らしき階段だった。


 彼女は、こうした隠し道を発見するのが得意だった。


「今日はね、私が地下に行くのを護衛してほしいの」


「久しぶりの地下か。まあいいけどよ。強え敵はいんのか? 以前の盗掘の時みたいに誰もいねえとかってのはナシだぜ」


 そして二人は地下に潜っていく。


 敵は魔族だった。


 様々な異形が侵入者に襲い掛かってきた。苦戦を強いられた。強敵との死闘に毎日のように明け暮れてきた狼男でも攻略に苦労した。それでも、なんとかティアのことも守りながら、全てを叩き潰して深くまで探索を続けた。


 ティアは見るからにグロテスクな連中が襲ってくるにも関わらず、眉一つ動かさず平然としていた。


 やがて、ティアはさらなる地下世界への門を発見した。地下空洞の奥の奥にあった巨大な門。ティアが手を触れ、幾重にも施された全ての偽装を解いた時、魔族の暮らす場所とは思えないほどに美しい装飾に飾られた巨大な門が姿を現した。


「こりゃすげえ。いかにも、すげえヤツが居そうじゃあねえか。こっから先は、今まで経験したことのねえ戦いが出来そうだぜ」


 しかし、門を乗り越えたところで、狼男に異変が起きた。


 巨大化した狼男の新しい顔と身体。全身が黒光りする毛に覆われ、黒い炎が立ちのぼっている。口は裂け、目は真っ赤になり血の涙が溢れ続けている。これまでだって異形だったけれど、比べ物にならないほどに禍々しく、怪物と言うに相応しい。


「逃げ……ろ……。逃げろティア。俺はいま、お前を(あい)したくて仕方ない」


「なっ……なんで」


 それは、ティアが見せた初めての動揺だったかもしれない。


 狼男は叫ぶ。


「ウアアアア!」


 遠吠えというわけではない、耳の鼓膜を破りに来るような苦し気な咆哮が響いた。


 ティアは逃げた。来た道を戻り、長い長い遺跡の階段を駆けのぼった。


 毒々しい色の水たまりで何度も転び、高価な服を汚しながら。


 息を切らせて外に出ると、かつて獣人だったと思われる人型の化け物が暴れていた。みな大小の異形の獣と化していて、自我を失い、動くものを見ると襲い掛かるようになっていた。人にエルフに襲いかかった。互いを襲い合う姿も見られた。


 呪いを受けたのだ。


 かつて、獣人は魔族と不可侵の契約を交わした。互いの重要な領域に侵入しないと約束した。破れば呪いが降りかかることになっていた。


 ティアが見つけてしまった地下深くの門。その先は、この世界(ロウタス)における魔族の本拠地だった。


 ティアは安全と思われる場所まで逃げると、涙をこぼした。


「おかしいわね。ただの便利で従順な護衛のつもりだったのに」


 (いびつ)ながらも人間の女を愛した狼男は、最も強い呪いを受け、とびきり強力な魔人と化した。ただ近づいた者を欲望のままに蹂躙し、殺害するいきものになった。


 数日後、森のはずれの街道を徘徊する、それの姿があった。


 通行人と出会った。


「に、にげろ、こいつが通ったあとには」


 そう口にした男は死んだ。魂になって飛んでいった。


「うわあああ」


 もう一人も、恐怖に顔を歪ませたまま、同じように……。


 もはや狼男は、完全にモンスターになり果てていた。




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