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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第三部 混沌の血
57/66

第57話 オリヴァンの過去(1/4)

 はるか過去の出来事が見えた。映像として、声も音も頭の奥に響いていた。


 はじめ、何故こんな映像を見ることになったのか、わからなかった。


 映像の中では、戦闘が起きていた。


  ★


 暗い森の中、弓矢が風切る音や、金属製の鈍器がぶつかるような鈍い音。


「アッ」


 悲鳴にも似た女性の声の後で、骨が砕けたような音が響いた。


 やがて長い静寂の後に、月明りに照らされた返り血だらけの男が、草むらから外に出てきた。


 湾曲した背骨、毛に覆われた顔、鼻先は尖っており、口は裂け、黄ばんだ牙は鋭く、目は血走り、ピンと立った耳は周囲を警戒しているのか、ぴくぴくと動いている。


 首から上だけは狼のようだったが、身体は毛深い人間だった。二足歩行していた。半獣半人の人間というのは、かつてマリーノーツに存在したとされる、獣人という存在だろうか。


「ったく、エルフってのは、どいつもこいつもしぶてえぜ」


 上半身は裸で、下は毛深い(すね)が見えるような服を身に着けていた。


 ふとガサリと音がして、同じ格好をした猫背の男が、別の草むらから出てきた。


 こちらは、山猫のような顔をしている。獣の血が濃いのか、上半身はすべて猫のような体つきだった。


「お、そっちもやっと終わったか。じゃあ、一杯やるか!」


「おうよ」


  ★


「っかぁー、うめえ!」


 勢いよく燃える焚火の前で、狼男は酒を大きな口に流し込んだ後、略奪品の装飾された美しい杯を足元に投げつけて割った。


 そしてすぐに、狼男は仲間に愚痴を垂れた。すでに酔いがまわっているようだ。


「にしてもよぉ、いかにも戦闘しませんよって顔しながら襲い掛かってきやがる。こんな過酷な戦いは久しぶりだぜ」


 山猫男は軽く笑うと、


「そんなこと言って、楽しんでいるくせに」


「へへっ、まあな。あほみてーに強ぇえ相手との命がけの戦いだぜ。楽しくて、気持ちよくて、血が騒ぎすぎて、うるせぇくれえなのよ。……にしてもよぉ、何のための戦いなんだろうなコレは。俺たちは欲望の限り戦えて大満足だけどよ、エルフってやつあ、人間にとっちゃ、言うなれば、自分たちを生み出した神みてえなもんだろ? まあ俺らもそうだがよ。人間は俺たちを雇ってまで、どういうわけで反抗してんだ?」


「気にする必要のないことだ。我々は、ただ雇われた獣人兵に過ぎん。戦って、金をもらって、それで終わりだ。真実の探求は契約には無い」


「契約ねぇ、そういや、最近、俺ら獣人族の長と、得体のしれない地下のやつらが何か契約を交わしたって言ってたな。何だったか」


「不可侵の誓いだな。互いに、互いの重要な領域には絶対に入らないってやつだ。ま、戦争屋の我々には関係ないだろう。我々にとっての重要な領域は、最前線だ」


「もし、その魔族の重要な領域ってのに入っちまったら、どうなるんだ?」


「そうなれば、種族が終わるのさ。血に呪いを受け、魔物に身を落とし、他の強い魔族に吸収され、滅びに向かうことになるだろう」


「馬鹿野郎が。勝手にそんな下らねえ契約しやがって、長は腰抜けかよ。俺たち獣人族の力を低く見積もってるんじゃないのか?」


「まあそう言うな。使えるものは何でも使おうってことだろ。魔族の持つ呪いのスキルが使えるようになれば、狡猾な人間どもにとっても、傲慢なエルフどもにとっても大きなプレッシャーだ」


「いらねえなあ、んなもん無くても圧勝だろうがよ。今日だって、六人やったぜ?」


「こっちは八人だから、今回はこっちの勝ちだな」


「んだとぉ? 明日は負けねえからな」


 狼男の悔しがる姿を見て、猫男はギャハハと下品に笑った。


 と、そこへ、闇に紛れるような黒色の鳥が、音もなくやってきた。足に手紙が結ばれていたので、伝言鳥だろう。


 狼男は、がさがさと紙を開くなり、目を血走らせ、怒りの唸り声を上げた。


「なんだとォ……!」


「どうした? 何が書かれていた」


「見ろよ、どうやら命が惜しくねえらしい」


 山猫男は差し出された手紙を受け取ると、目を見開いた。


「ほう、これはこれは……。密談用の鳥で何かと思えば、ご丁寧な言葉遣いで、『お前らに払う報酬はない』ときたか。フン、わからせてやるしかないな」


 それは雇い主の人間からの手紙だった。


  ★


 真夜中の静けさの中、石造りの館の廊下で、赤い絨毯の上、商人の男は血だらけで横たわっていた。


「おいこれ、どういうことだ? もう死んでんじゃねえか」


 狼男は呟き、山猫男のほうを見た。


「この鋭い切り傷と、湿った地面……。魔力の残存量も普通じゃないな。……氷の刃か」


「そりゃ一体、どういうことだ」


「暗殺だろう。エルフは自分じゃ手を汚さないだろうから、おそらくハーフエルフだ」


「はぁーマジか。成金商人サマとはここでお別れか。まあ金庫でも残ってりゃ、丸ごと奪って、次の雇い主を探そうぜ」


「そうだな。おそらく金目のものは残っているはずだ。エルフどもの犯行はカネ目的ではない……おそらく、エルフどもは、このゴミ商人が黒幕であることを突き止め、報復として暗殺者を送り込んだのだろう。我々が、殺し過ぎたのがいけなかったのかもしれんな」


「加減なんてできっかよ。やつら強えのに」


「我々に非はないさ。雇い主が敵にバレるようなヘマをしたんだろうよ」


「ちげえねえ」


  ★


 館の中を探索していると、金庫を見つけた。彼らの身長よりも高く、横幅も広く、ひどく重たそうなものだったが、狼男は余裕の表情だった。


「あったあった。俺たちが二人がかりになれば苦労せずに持ち出せるだろうよ」


 金庫の前には、人間がいた。女性らしく足を揃えて座っていた。


 違和感があった。


 獣人が来たのに驚きもせず、失意や絶望の色も微塵もない。澄んだ瞳で狼男を見上げていた。


 狼男は、その女を見下ろしながら言う。優しく話しかけるとかではなく、問いかけですらない。仲間の男に向けての軽い会話だった。


「そういや、娘がいるって話だったな」


「ああ、我々のことが信用し切れず、隠していたようだがな」


「どうするよ。売り飛ばすか?」


 狼男の非道な提案に、山猫男は、しばし考え込んだ末に言う。


「いや、死んでもらおう」


「あ? おいおい、なんでそんなことになんだよ。もったいねえだろ」


「この女、どうも怪しい。武器をもって押し入ってきた我々を見て怯えもせず、妙に落ち着いている雰囲気もそうだが……。エルフの暗殺者たちの計画のうちなのではないかと疑っている。もし我々をここに呼ぶことによって、我々を犯人に仕立て上げることが目的だとしたら? この女が証人になれば、我々はお尋ね者だ」


「そんなのはエルフっつーより、狡猾な人間のやりそうなことだがな」


「確かにな。だが、とにかく、ここからはさっさと離れたほうがいい。金庫は諦めることだ」


 そう言いながら、山猫男が鋭い爪を振り下ろそうとした。


 狼男が湾曲した刀をぶつけて阻止した。


「なんのつもりだ」


「まてまて。やっぱり死なせちまうのは惜しいぜ。かなりの上玉だ。売れば金になる」


「やれやれ。おまえの性欲には困ったものだ。盛りのついたイヌはこれだから」


「なんとでも言いやがれ」


「先に逃げるからな。捕まっても知らんぞ」


 言い残して、山猫男は窓から飛び出し、林立する木々の枝を足場にして、風のように去って行った。


「さてと、お嬢さんよ、声は出せるか?」


 狼男の言葉を受けて、女は言う。


「お金が欲しいのですか?」


 場違いに落ち着いた声だった。


「ん? おめえを売り飛ばすかどうかって話か? だったら心配すんな。本気じゃねえよ。ありゃあ、殺したがりのあいつを納得させるための方便だからな。そんなアシがつくような真似はしねえ。当然、おめえが嫌なら手も出さねえ」


「優しいのですね」


「勘違いすんな。一応、おまえの親父さんの身を守るってのも、契約の一つだったんだよ。ま、そいつが果たせなかった罪滅ぼしみてーなもんだ」


「なるほど、父が大変お世話になりました。お金が欲しいのなら、そこの箱の中に、指輪や腕輪が入っています。持って行ってもいいですよ」


「ほう。よっくわかんねえが、くれるってんなら、売り払うとするか」


 狼男は貴重に見えた装飾品を大きな手でわしづかみにすると、それを袋に入れて肩に担いだ。


「まあ、全部偽物なんですけどね。偽装スキルを使って名品に見せかけたものなので」


「なにぃ?」


「ああ、でも大丈夫です。高く売れるのは間違いないですから」


「なんだよ、ならいいぜ。そいじゃ、誰か来る前に、俺は消えるぜ。じゃあな」


 狼男は言うと、夜の闇を鼻歌まじりに歩き出した。


 しばらく歩いたところで、ふと気配を感じて振り返ると、そこには、先ほどの女性がいた。


「てめえ、なんで後ろをついて来やがる」


「私、ティアといいます。私を連れていってもらえませんか?」


「おい、何言ってんだ。俺たち獣人は、人間ともエルフとも争ってんだぞ。お前にとって、俺は敵だ」


「そうかもですね」


「ましてやよぉ、俺は今さっき、おまえの親父を殺しに押し入ったくらいだぞ。わかんだろ? こわくないってのか?」


「実はですね、エルフの暗殺者を呼んだのも私です。父を殺してもらうために」


「あ? 何言って……」


「あぶないからとか言われて閉じ込められて、好き勝手にお買い物に出かけることもできないんですもの。欲しいものも買ってくれなくなったし。つまんないから、もういなくてもいいかなって」


「お、おいおい、イカれてやがんな。すました顔でよ」


「私、役に立つと思いますよ。いろんなことで」


「ヘッ……ついてきな」




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