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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第三部 混沌の血
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第50話 タマサの針仕事

 上空高くまでそびえる炎が再生したために、この根のロウタス、オシェラートの多くの地域が温暖になった。しかし、それでも夜は冷える。


 薄暗くなってきたので、俺たちは焚火をして、夜を越すことにした。


 タマサから地味な部屋着を借りて着たザミスは、静かに座りタマサの手元をじっと見つめていた。


 タマサは、焚火の炎に当たりながら、リズミカルに布に針を通している。


 袖口の修繕をあっという間に終わらせた。早いうえに、とても上手い。輝いて見えるくらいに、美しい服になった。まるで違うものみたいだ。


 ザミスは、その恐るべき力に尊敬のまなざしを送る。


「すごい。タマサ」


「わっちはさ、遊郭で、姉さんたちの衣装を直したりもしてたんだ。ほかにも、色々できるぞ。姉さんたちが、わかりやすく優しく教えてくれるもんだから、何でもできるようになったんだ。料理も配膳も掃除も洗濯も肩たたきも、家の仕事なら、たぶん誰にも負けないだろうよ」


 タマサは、ザミスが自分で破ったり切ったりした服の形をなるべく保ちながら、細かいところを完璧に直し、見栄えの良い服に仕上げていっている。


 袖口を縫い直し、首回りを再生し、裾に生じていた大量のほつれをまとめて解決する。グレースの持っていた服を使って、破けた部分を自然に直してみせるという芸当もやってのけた。


 グレースも、仲間の芸術的な手さばきに息をのんで、見とれていた。


 見事なものだ。まるで魔法のようだった。


 ふと、針仕事をしているタマサの横で、焚火の炎を見つめながら、ザミスが言った。


「タマサ、ききたいことある」


「どうしたよ、あらたまって」


 タマサは、手を止めずに返した。


「八雲丸、知ってるか?」


「知っているね。どうして?」


「あたし、エリ・ザミス名乗る前、違う名前あった。それが……八雲丸の娘」


「えっ」


 タマサの針を動かす手が止まった。


「おかあさん、あたし浜辺に流した。あたし、落ちてここ来た。八雲丸、おとうさん言ってた」


「八雲丸様って、子供いたのね……」


「かくしご」


「あんたも大変だったねぇ」


「そうでもない。落ちてきたとこの皆、優しくしてくれた」


「わっちもザミスも、そのへんは運に恵まれたね」


「タマサも違う世界に落ちたか」


「そうじゃないけどもさ、わっちの場合は遊郭に捨て……いや、預けられたんだ」


「遊郭? って何だ」


「当時のわっちは全然知らなかったけどさ、男の人が有り余る欲望を充たす場所だったよ」


「どうやって」


「あんま言わせなさんな。そういう言いにくい感じだったんだよ」


「そうか、よくわからない。わからなくていいやつか」


「そうさね。……それにしてもびっくりだね。ザミスが八雲丸様の子供だなんて。わっちには、遊郭でわっちを可愛がってくれたハクスイ姉さんっていう大事な人がいたのさ。八雲丸様は、そのハクスイ姉さんの大事な人だった。わっちは、二人の間にできた子供と結婚する予定だったのさ。いつも空を見て、赤いクチバシの鳥が、二人の赤ちゃんを運んでくるのを待ちわびてたんだよ」


「あたまおかしい。やばい」


「うるさいね。昔のことだよ。今考えると、どうかしてると思うけど、当時のわっちは本気で信じてたんだ。……それにしても、なんていうかな、母親はハクスイ様じゃないけれど、八雲丸様の娘とこうして出会えたのは、素直に嬉しいよ」


「おとうさん知ってる人、やっと会えた。うれしい、あたしも」


「もしザミスが男の子だったら、わっちのものにしたいくらいだ」


「ざんねん。タマサは友達。それより、八雲丸、生きてるか? どこいる? おとうさん無事か?」


「八雲丸様は、転生者っていう特別な種族だったんだ。その種族はみんな消えちまったんだよ。もともと、この世界の住人じゃなかったから、魔王全消滅のタイミングではじき出されたって話だ。もしかしたら、別の世界で生きているかもしれないけどな」


「あたし、会いたい。別の世界、いく方法あるか? 下に掘って、横に掘って、上に掘れば、八雲丸あえるか?」


「ザミス」


「なんだ」


「いなくなってしまった人を追いかけたり、待ち続けたりしても、つらいだけだったろ。わっちもザミスも、先に進むときが来たんだよ」


「そうか……」


「わっちらと一緒に来るだろ。わっちの住んでたところに帰れたら、八雲丸様の知り合いにも会わせてやれるよ」


「いく」


 オオカミは嬉しそうにウォフと呟くように声を漏らした。


 タマサは、さきほどまでよりも軽快に、針仕事を進めていく。


  ★


「すごいな。こんな着心地いいか」


 髪もきれいに整えてもらったザミスは、仕立て直された服を着て、焚火の前でくるくると回ってみせた。


グレースが「かわいいわ」と手を叩くと、得意そうに笑ってみせた。


 ぼろぼろの服も野性味があって(おもむき)があったが、タマサの改良によって、涼しげなヘソ出しや動きやすさはそのままに、実に彼女らしい服が出来上がった。


「ついでに、あたしの弓、直ったりしないか?」


 ザミスは、腰に着けていた小さな麻袋を差し出した。そこには、形見の弓矢を燃やしたあとの灰が詰まっている。


 その光景を見て、グレースの表情が悲しげに曇った。


 残念ながら、直すのは無理だろう。


 タマサは弓の形状を思い出しながら、


「わっちらの世界、マリーノーツには、職人のまちアスクークってところがあったんだよ。壊れた弓も、そこで作られた最初期のものによく似ていたかな」


「そこ行けば直るか? 新しいの作れたりするか?」


「そのまちは、滅んじまったよ」


「そうか……」


 もしも職人さんが長生きの種族だったりすれば、生きている可能性もあるけれど、アスクークの職人の多くがアイテムクリエイト系のスキルを磨いた転生者だったらしいからな、あまり期待させるのも酷だろう。いざどうにもならなかった時に、弓を壊したグレースが責任を感じてしまう。


 タマサも同じように思ったらしく、


「いずれ、グレースやわっちが、ザミスにぴったりの、最ッ高の弓を用意してやるからさ、もう少し待ってな」


「わかった。たのしみする」


 そうして、交代で見張りにつきながら、野宿の夜は更けていった。




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