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ケイオスブラッド ~暗渠の一滴~  作者: 黒十二色
第二部 今は灼熱のオシェラート
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第47話 大いなる火の再生

 しっかりと手を繋ぎ、指を絡ませ合って組み、二人の魔法使いは祭壇の前に立った。


 一人はいつもの青い落ち着いた服を着て、もう一人はいつもの赤い派手な服を着ている。


 二人の前には、ほんの小さな、今にも消えそうな火がある。


 厳しい稽古を乗り越えて、ついにこの時がやってきた。


 グレースが周囲から魔力を集め、その魔力をタマサが消費し尽くして細長い形に圧縮して放つことで、永く消えない炎を祭壇に輝かせる予定だ。


 円筒型の縦穴の底は深く、暗く、見上げても、偽のマグマ雲の裏側が見えるのみである。空は見えない。


 仮に空が見えたとしても、今は雪を降らせ続ける白い雲が隙間なく蔽っている。


 俺とザミスとリールフェンは、一緒に穴の底で身を寄せ合って、二人の成功を祈っている。


「いくよ、タマサ」


「ああ、いこう、グレース」


 しばらくして、二人はタイミングを合わせ、深く息を吐き、そして吸った。


 指先で三角形を描きながらの炎魔法の詠唱。


 美しい二重奏。


「――(かす)め取られし炎に非ず。地底に叫びし業火に非ず」


 特にタマサに、かなり負荷がかかっているようで、少しよろめき姿勢を崩した。


 グレースは固く握った手を少し引き寄せて、タマサを支えた。


 闇の中に、ぽつぽつと火の粒があらわれ、炎の線が縦に伸び、だんだんと形になっていく。


「――我が清き魂の煌きを以って、層雲(そううん)を散らし」


 タマサは肩や背中に汗をかき、魔力の精密な調節を、必死に試みているようだ。


 いま、厳しい稽古を乗り越えたグレースは、自信をもって魔力を体内に取り込んでいく。その集めた魔力をタマサが受け取り、極大の炎魔法に変換していく。


 少しでも互いの息が合わなければ、全てが終わる。


 グレースは爆散し、タマサは昏睡し、すぐに世界も崩壊し、誰の命もなくなってしまう。


 目の前の光景は地味そのもので、二人の背中が見えているだけだけれど、俺は何が起きているのか知っているから、手に汗握るような緊張感があった。


「――澄み渡る(あお)相見(あいまみ)えん!」


 タマサが祭壇の小さな炎に右手をかざす。


「マクシマムフラム!」


 赤と青の柔らかな光が、タマサの手元に灯った。次の瞬間、祭壇の炎は力を増し、細く、細く、空に向かって一斉に立ち上る。稲妻のような勢いで。


 偽のマグマ雲は完全に消滅した。


 その先にあった雪を落とし続けていた白い雲は、勢いよく散り消えた。


 それはまるで、巨大な炎の剣が天を()き、何層にも折り重なった雲を切り裂いたかのようだった。


 澄み渡る紺色の空に、俺たちは再会した。


 世界は存続してゆく。


 グレースの世界も、俺たちの世界も、根の世界も、その他、数多に存在するであろう、たくさんの世界たち全てを、救えたのだ。


「生きてるってことは、成功よね、タマサ」


「もちろんだグレース。よくやった。本当に、よく頑張った」


 タマサがグレースを泣きながら抱きしめている。


 俺はその光景を眺めながら、一点の曇りもなく、とても幸せな気分になれた。


 結果的に、上空高くに細長い炎が生み出されたことで、根の世界(ロウタス)のなかで、祭壇から最も遠いところに氷が残り、かつては灼熱ばかりだったロウタスに暑い地域と寒い地域と、ちょうどいい地域が生まれた。


 そして、この出来事は、きっと近い未来、この根の世界(ロウタス)の生き物にも人間たちにも多様性を生み出し、人々に楽しみと豊かさを与えることになるのだろう。


 空に伸びゆく静かに燃える炎たちは、マリーノーツからも見えるだろうか。グレースの育った吹雪の世界(ロウタス)の分厚い雲も少しくらいは散らしただろうか。


 確かめに行きたいと俺は思った。


 あれ、でも、根のロウタスまで降りてきたはいいけど、俺たちの世界(ロウタス)まで戻るには、どうすればいいんだろう。




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