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事態急転

バデラスはシェキーナの前で公言した通り、精兵を連れて狩りへと向かった。

彼らの実力をもってすれば、何の問題も起こらないと誰もが考えていた……のだが。

 魔界に生息する草食獣「熊鹿(ディアドップ)」は、基本的に大人しい性格をしている。

 巨大な体躯にしなやかな筋肉を持ち、その巨躯に見合わぬ動きを見せる。その反面肉質は柔らかく、非常に美味であり珍重されていた。しかし、市場にはそれほど多く出回っておらず、価格も非常に高額であった。

 その理由は、捕獲が非常に困難である事に起因する。

 群れで行動するディアドップは、1頭のオスに無数のメスが付き従うハーレムを形成している。力のあるオスの元には、非常に多くのメスが集まってくるのはどこの自然界でも同じだろうか。

 ただ少し違うのは、そのオスの持つ力が並大抵ではないという事だ。

 巨大で鋭い先端を持つ角を持つオスは、素早い動きからの刺突を繰りだしてくる。野生動物特有の不可思議な動きからの攻撃は、上級騎士であっても苦戦を強いられるだろう。

 故に、新鮮な熊鹿の肉を宴の為に用意するという弁は、ある意味で最上の持て成しと言えるだろう。


「よしっ! これより西の森へ向かい、『ディアドップ』の狩猟を開始するっ! オスを1頭、メスを数頭の捕獲を目的とするっ! みな、気を引き締め、魔王様の為の献上品を確保するのだっ! いいなっ!」


「「「「おうっ!」」」」


 シェキーナに熊鹿を献上すると約束したバデラスは、自邸の中庭に集めた私兵たちに向かって檄を飛ばし、兵たちもそれに応じた。

 代々一族の者たちを魔王城へ多数派遣しているだけあって、彼の部下たちも精悍な顔つきの者が多い。50名からなるバデラスの私兵は、全員完全武装で出発準備を終えていたのだった。


「バデラスよ。魔獣如き、そなたとその部下たちには物の数ではないだろうが、それでも油断せぬようにな」


 魔王城にて、センテニオ一族郎党は文武において実績を出している。バデラスを始めとした配下の者たちが屈強であり、魔獣狩りで後れを取るなど少し考えられない。しかし不測の事態が起こる時は、得てしてその様に安泰である際に起こるものである。

 だからシェキーナは、言うまでもない台詞をバデラスに掛けたのだ。


「ははぁっ! わざわざご足労頂いてのお声がけ、恐悦至極に存じますっ! このバデラス、必ずや魔王様のご期待にお応えして見せますっ!」


 些か大仰に応えたバデラスだが、決して油断や慢心を抱いている訳では無い。彼の返答もまた、一つの常套句の様なものだった。

 バデラスの息張った言葉は、そのまま出発の合図となった。彼は配下を率い、自分の屋敷を後にしたのだった。




 予定通りシェキーナは、センテニオンの町の視察と行政府での説明を受けた。この町へは、ただ外遊に来た訳ではない。町の様子をその目で確認し、自治状況を把握する為でもあるのだ。この町に詳しいイラージュに案内を任せ、シェキーナは1日を使って予定を消化していった。


 シェキーナ一行がバデラスの屋敷へと戻ると、騒がしい空気が蔓延していた。空気だけではなく、実際に喧騒が支配していた訳だが。


「何かあったの⁉」


 どうにも切羽詰まるような雰囲気に、父親と確執があるイラージュがそれを忘れて家人に詰問した。


「ああっ、イラージュ様っ! 実は、御屋形様が……っ!」


「父上に何かあったのっ⁉」


 イラージュに声を掛けられた女中は、涙目となってイラージュに縋るように話し出した。かなり混乱しているのだろう、話したい事が口を付かずにしどろもどろとなっている。


「そ……その……。お……御屋形様がお戻りになられて……いえ、臣従騎士に連れて帰られて……それで……」


「お怪我を負われたのかっ⁉」


 女中に説明を任せていては、いつまでたっても核心には至らないと判断したのだろう、イラージュが自ら話の主要点を指摘した。激しく頷く女中から、イラージュの指摘が正しい事が証明された。


「臣従騎士長様も重傷を負われておりましたが、彼が御屋形様を背負ってお戻りになられました。今、御屋形様は自室にて休まれておりますが、あの傷ではいずれ……」


 バデラスの容態を直に見たのだろう、状態について語る女中の顔は些か蒼褪めている。余程酷い怪我だったのが、その姿からでも十分に伺えた。


「……イラージュ、すぐにバデラスの元へ。アエッタはイラージュに付いて行きなさい」


 女中の話を聞いて固まってしまったイラージュに代わり、シェキーナは即座に指示を出した。話の内容を聞く限りでも、一刻を争う事態に間違いないと判断したシェキーナの指図は早かった。


「……畏まりました、シェキーナ様」


 動揺を隠しきれていないイラージュに代わり、シェキーナに応じたのはアエッタだった。彼女の様子は、普段と大差ないように思われる表情と声音だ。


「……バデラス様の私室は……どちらですか?」


 だがイラージュの袖を引っ張りながら質問するアエッタの動きが、彼女にしては早い行動である事がうかがえた。アエッタなりに、事態の深刻さを重く見ているのだろう。


「帰ってきたのは、臣従騎士長だけなのか?」


 その様子を視界の端に捉えながら、シェキーナは女中に質問した。彼女に声を掛けられて、初めてそこに魔王がいる事に気づいたのだろう。


「こ……これは魔王様! し……失礼いたしました!」


 慌てて女中はその場に平伏し、大きな声で謝罪を口にした。


「よい。それで、戻ってきたのはその臣従騎士長だけなのか?」


「わ……分かりません。この屋敷に御屋形様をお連れ下さったのは、臣従騎士長様だけでしたので……」


 女中の必死の謝罪を受け入れたシェキーナが再び質問するも、殆ど怯えたような状態となった女中からは、詳しい内容が聞き出せなかった。


「ふむ……。それで、その騎士長とは話が出来るのか?」


 シェキーナは、この場でその女中から事情を聴きだす事を諦め、代わりに臣従騎士長と会話しようと考えた。事態を詳しく把握する為には、当事者から話を聞きだすのが一番なのは間違いない。


「恐らく……出来ると思います」


 女中の話では、その騎士長も怪我を負っていたのだろうが、バデラスよりは軽いという事なのだろう。シェキーナは、女中の答えからそう判断した。


「それでは、その騎士長の元まで案内してくれないだろうか? 詳しい話を彼から直接聞きたい」


「は……はいっ! こ……こちらにございますっ!」


「それではエルナーシャ、レヴィア、ジェルマ、シルカ、メルカ、セヘル。付いてきなさい」


「「「「「はいっ!」」」」」


 出来るだけ優しい声音を心掛けたシェキーナだったが、女中にはあまり効果が無いようで、裏返った声を発して飛び上がるように立つと、ギクシャクとした動きでシェキーナ達を先導して行った。




 臣従騎士長ロハゴスが体を休める部屋もまた、忙しなく人の出入りが行われていた。この屋敷の主バデラスの親衛隊長とも言える人物が重傷を負っているのだ。バデラスの場合と同様、使用人たちがその治療や看病で慌ただしくするのは当然だろう。


「私の事はどうでも良いっ! 御屋形様の治療に専念せんかぁっ!」


「御屋形様は十分な人数で看ておりますっ! ですがあなた様も、治療が必要ですっ! 安静に願いませんかっ⁉」


「えぇい、埒が明かんわっ! 侍従長を呼べぃっ!」


 もっとも、部屋の中からは怒号が飛び交っており、とても怪我人が安静にしているとは思えなかったのだが。

 部屋より漏れ聞こえてくるやり取りを聞いただけで、臣従騎士長の為人を察したシェキーナは、場合に見合わぬと知りつつ失笑を堪えていた。


「騒々しいな。……失礼するぞ」


 可能な限り冷静さを取り繕い、普段の魔王然とした表情に戻したシェキーナだったが、やや頬が緩んでいるのは仕方がないだろう。


「こ……これは魔王様っ! このような所へ何故っ⁉」


 シェキーナの登場が余りにも不意を突いていたのだろう、先ほどまでの剣幕はどこへやら、ロハゴスは驚きの余り絶句し、弾かれた様にベッドから飛び出すと膝を付き頭を垂れて礼を取った。


「礼は不要だ。ベッドへ戻るがいい。怪我人にそのような真似をされては、落ち着いて話も出来ないではないか」


 主同様に仰々しいロハゴスの態度に、不謹慎と思いつつもやはりシェキーナは込み上げてくる笑いを堪えられなかった。もっともこの場合ロハゴスにとっては、肝要な支配者の笑みに感じられたに違いない。


「ははっ! 失礼いたしました」


 実際かなりの重傷だったのだろう、床の上に跪いているロハゴスは1人でベッドに戻る事が出来ないようで、成り行きを見守っていた使用人が慌てて駆け寄りその肩を借りて自分のベッドへと戻る程だった。


「それで……何があったのだ?」


 怪我人であるロハゴスの部屋に、魔王であるシェキーナが長居したのでは休まる体も休まらない。余計なやり取りを省き、シェキーナはいきなり本題に入った。

 その心情を察したのだろう、ロハゴスも勿体ぶることなく、バデラス達に起きた事件を説明したのだった。


バデラスを連れ戻ったロハゴスだが、自身も重傷を負っていた。

しかし事態の全容を把握するために、シェキーナは彼から事情を確認する事にしたのだった。

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