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魔獣の奇襲

ジェルマに代わり、先頭を買って出たシルカとメルカ。

彼女たちが前を歩くようになり、進軍速度は上昇したのだった。

 隊の先頭をジェルマからレンブレム姉妹へと変更し、エルナーシャたちは更に森の奥へと歩を進めた。森の深部へと分け入る程に、エルナーシャたちの緊張感は増してゆく。


「せやけどメルカァ? 随分と気持ちのええ天気やなぁ」


「ほんまやなぁ、シルカァ。ここで昼寝したら、めっちゃ気持ちええんとちゃうかぁ?」


「せやなぁ」


 もっとも、先頭を行くシルカとメルカを除いて……だが。この2人は先ほどから、普段と全く変わりなく振る舞い会話を楽しんでいる。張り詰めて声も出せていないエルナーシャたちとは正しく対照的だ。

 薄暗く不気味ではあるが、彼女たちの会話の通り、時折射す木洩れ日は柔らかく、森の中だと言うのに気温は然程低くない。これが散策ならば、最高のシチュエーションであろう。


 シルカとメルカが先頭を申し出てジェルマと交代してから、進軍速度はかなり上がっていた。それは、道なき道を征く事に、この2人が苦にしていなかった事が大きいだろう。

 それもその筈であり、彼女たちの親……父親の出身は、真央山脈の中腹にある部族の出身であり、彼女たちもそこで暮らした経緯がある。環境の厳しい真央山脈での暮らしが、様々な悪条件下での行動を可能にしていたのだ。

 ちなみに、彼女たちの育ちは魔界ではあるが、出身が人界である事はこの場の誰も知らない事実である。それを知るのは、本人たちを除けばシェキーナ、そして今は無きメルルだけである。


「おい、そこのレンブレム姉妹。もう少し緊張感を持ったらどうなんだ?」


 そんな2人に、僅かに後方に位置するセヘルが苦言を呈する。その語調は注意と言うよりも、どちらかと言えば呆れている様にしか聞こえない。そしてそんなセヘルの注意を受けても、シルカとメルカはどこ吹く風で気にも留めていなかった。


 シルカとメルカのレンブレム姉妹が、普段からこのような態度を取る事をこの場の誰もが知っている。今更多少失礼な言動を取られても、気にする者は誰もいなかった。無論セヘル当人も、そしてあのジェルマでさえ、この2人に今のこの場で文句を言うような真似はしなかったのだが。


「……ちょっとヤバいなぁ」


「……注意してやぁ」


 今回の彼女たちは、無駄口を叩く訳でもなく揶揄うような言い訳をするでもない。真剣な表情に緊迫感を纏い、周囲に注意を向けだしていた。


「シルカ、メルカ。一体何が……」


「しいぃ!」


「ちょっと静かにしてやぁ」


 怪訝に思ったエルナーシャが2人に問い質すと、シルカが人差し指を立てて唇に当て、メルカは耳を澄ませる仕草で辺りを探っていたのだった。これにはエルナーシャも、口を閉ざして息を顰める以外に出来ない。


「……この……気配⁉」


「……レヴィア?」


「なんやぁ?」


「ようやく気付きはりましたんかぁ?」


 暫くその場に留まり周辺を警戒していたエルナーシャたちだが、最初に気付いたのはレヴィアだった。無論、シルカとメルカを除いてなのだが。


「エルナーシャ様、臨戦態勢を。……囲まれております」


「な……何に囲まれて……⁉」


「これは……魔獣の群れか!」


 シルカとメルカの憎まれ口には気もくれず、レヴィアは問いかけて来たエルナーシャに注意を喚起した。それを聞いて、ジェルマが慌てて質問するも、それに答えたのは周囲に魔力の糸を張り巡らせる事で事態に気付いたセヘルだった。

 セヘルやアエッタがメルルより教えられたこの魔力の糸は、これ単体では攻撃力や防御力を殆ど持たないが、広く周囲に張り巡らせる事で辺りの状況を察せる事の出来る結界の役目を担い、弱い相手ならば拘束する事も出来る便利な術だ。

 範囲を広げる事で魔力を消費してしまうのだが、呪文を唱える必要がなく、相手に気づかれ難いという利点があった。これを用いて、セヘルは見えない敵の把握に成功していたのだった。


「割と結構な数の魔物がぁ……」


行儀よくこちらを(・・・・・・・・)包囲してんでぇ(・・・・・・・)


 これに対して、シルカとメルカは純粋に自身の技能のみで敵の気配を把握していた。薄暗く樹々が乱立している森の中で、目視出来ない敵の状況を補足出来ているのだ。

 気配を探る事に長けているレヴィアだが、彼女の場合は対人において秀でている。大自然の中に存在している生物の状態を具に把握するには、また別の能力が必要となるのだ。

 それを考えれば、森の中でのシルカとメルカの気配察知能力は特筆すべきものだろう。


 現況を口に出して説明するシルカとメルカだが、その言葉には少し引っ掛かりを覚える言い回しが聞き取れた。それを質そうと口を開きかけたセヘルだったが、最後まで実行する事は出来なかったのだった。


「……来ますっ!」


「ジェルマはセヘルの援護をお願いっ!」


「は……はいっ!」


 さすがにある程度まで近づいてきた、敵意をむき出しにする生物の気配ならばレヴィアでも察する事が出来る。そしてそれも時間をおかないうちに、エルナーシャやジェルマにも知覚する事が出来た。

 出現したのは、無数の熊鹿(ディアドップ)、そして牙兎(ブレザラゴス)だった。


 巨大な体躯で立派な角を持つ熊鹿は、今回の問題となった個体である。しかしこの状況は、ロハゴスから聞いていたものとは少し異なっていた。

 本来ならば群れ(コロニー)を持ち、同種のみで集団を形成する熊鹿なのだが、出現したのはオスのみ、しかも集団行動を(・・・・・)取っている(・・・・・)

 野獣に多く見られる通り、魔獣であるディアドップも1頭のオスが多くのメスを引き連れるハーレムを形成する。オス同士が顔を合わせれば、コロニーの主や縄張りを巡って争いとなる。少なくとも、行動を共にするような生態はない。

 それでも今回は、そのオス同士が集団行動……いや、目的を同じとして行動を共にしていると言うのは、おかしな話としか言いようがない。

 同じく現れた牙兎も、この行動は不可思議だと言えな。巨大な牙を2本持つ、普通の兎では考えられないほどの体躯を持つブレザラゴスもまた、オスを筆頭に集団で生息する魔獣だ。オスだけが集い敵を攻撃するなど、これまでには観測されてこなかった。

 だが、今はそのような事を考えている場合ではないだろう。間違いのない事実は、強力な個体の魔獣が群れを成して襲ってきていると言う事だった。


 レヴィアが魔獣の襲い来るタイミングを告げると、エルナーシャはジェルマへ指示を飛ばした。混戦となれば、魔術師であるセヘルはどうしても分が悪くなる。武術の心得もあるだろうが、武器を使って直接戦うのは魔術師の本領ではない。


「全ての根源たる魔力(マナ)よ。より強固に具現化し、我が隣人を守る盾となれ……堅盾(ソリッド・シールド)


 それと同時にセヘルは、その場の全員に向けて防御魔法を展開する。下級中位に属する防御魔法だが、個別に複数展開するにはかなりの魔力と技能が必要となる。それを即座に、しかも殆ど同時に行使できるセヘルは、間違いなくメルルの弟子であると言えるだろう。


「うおおぉっ!」


 セヘルの前に躍り出たジェルマが、突進してくる牙兎を力強く斬り飛ばした。俊敏で素早い牙兎を一刀のもとに退けた彼の技量は、以前よりも格段に向上していると言える。


「はあっ!」


 エルナーシャもまた、美しい剣筋を見せて熊鹿を切り裂いた。彼女の一刀は、強靭な熊鹿の首を見事に落として倒していたのだった。


 彼女が持つは「エルナの剣」と名付けられた、古龍「王龍ジェナザード」の角を用いた、強力な片手剣だ。

 これは、今は亡き彼女の父である勇者エルスが王龍と対峙した際、彼女の戯れ(・・・・・)で戦闘を行った結果手に入れたものだ。そしてそれをエルスが剣に加工し、エルナの誕生日に送ったものだった。

 この世界でも比類のない古龍の角が材料であるだけに、その切れ味は申し分なく、更には相手のどのような防御(・・・・・・・)も無視して(・・・・・)、剣技でのダメージを与える事が出来る。今はまだ未熟と言えるエルナーシャだが、それでもこの剣の性能を十分に発揮して戦う事が出来ていた。

 そしてこの剣はエルナだけの剣……「エルナの剣」と呼ばれていたのだった。


 レヴィアに至っては、気配を悟られる事なく動き、的確に魔獣の急所を攻撃して仕留めていた。

 先頭だったシルカとメルカは、周囲の樹々を利用して縦横無尽に動き回り、主に後方を攪乱している。森の中での行動は、余程彼女たちの得意とするところなのだろう。その動きは、隠密であるレヴィアよりもスムーズで巧みだ。無論、この森の中に至ってはとなるのだろうが。


 数は多く一斉に襲い掛かってきた熊鹿と牙兎だったが、それでも程なくしてエルナーシャたちに打ち取られたのだった。


苦戦をする事も無く、魔物の群れを撃退したエルナーシャたち。

だが、ここに疑問が浮かび上がり一同は困惑する。

謎の行動を見せる野獣の群れに、エルナーシャたちはどう立ち向かうのだろうか。

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