27. クラウスも戦いにいくとき、こんな気持ちだったのかな
二週間後。旧エギシア城、第二六総督府は戦闘態勢に入っていた。鎧に着替えた兵たちの走る音がどの廊下でも響いている。なぜならば、民衆が一斉に蜂起したからだ。またほぼ同時に抵抗勢力『解放同盟軍』も都市に侵攻した。『民衆と同盟軍の同時攻撃』。諜報活動で得ていた情報を大きく超えた規模で、想定外の勢いに総督府の正門と東門は囲まれた。門の突破は時間の問題だった。
兵たちの足音を耳にしながら、カミルは広間でひざまずく。玉座には、皇帝がいた。
「面を上げよ、カミル・エーレンベルク。貴公の配置を変える。余の護衛をおこなえ」
「……はっ! ありがたき幸せであります」
しかし、カミルの返答を皇帝は、鼻で笑った。
「貴公の野望どおりに事が進んでいるな。いや、余が進ませてやった。どうだ気分は?」
「……っ!?」
カミルが目を見開く様子を、皇帝は愉快そうに声を出す。
「余は、貴公がこの植民地に配属されたときから監視をしていた。身に覚えがあるのではないか。どれだけの距離があろうと余の眼から、逃れられるものはいない。貴公が腹に隠す野望もな」あざ笑うように、言い募った。
「『騎士としてその権力を盤石にし、王の信頼を得る。……そしてその王を殺し、自らが国王になる』。ずいぶんと意地汚く、卑しい野望だ。何代にも渡る貴公一族の悲願らしいが」
「……えぇ、すべて、そのとおりであります。いわば呪い。私は自分の一族に憎しみしかありませんが」
普段の冷淡な口調に、揺るぎない重みが混じっていた。
「……しかし、だから、こそ、」
カミルは静かに立ち上がり、迷いなく剣を抜いた。
――と、
「素直なことはよいことだ。……では余も正直になろう、この姿のように――」
カミルの前で、皇帝は『認知を歪める力』を取り払った。カミルの目には、皇帝の姿が、人間の形が、みるみる溶けて変貌していくように見えた。カミルは驚きのあまり、動けなくなった。
「エーレンベルクよ、これが余、いや――我われの真の姿だ。遠方まで監視できる力を、生身の人間がもてるはずがなかろう。……準結晶――ピクシーの複製を余に渡してくれたこと、あらためて礼を言う。よって貴公を、この準結晶の実験体にしてやろう」
カミルの身体に激痛が走り、足元から、深緑色の肉が這い上がってくる。
「……ぐあぁっ!!」
「貴公が抱くその強い欲望が必要だったのでな。……そうだ、攻めてくる者どもをすべて殺したら、余と戦う権利を与えよう。ふふっ、戦果を期待するぞ。卑しい騎士よ」
総督府の正門と東門が攻められているなか、南東の方角に、セオとメルがいた。
「うまく進んでいるみたいだな」
セオは、兵と民の群衆を見て安堵した。エギシア王に作戦の助言をしながら、裏ではスチュワートに、彼の思いがけない能力、『自身の周辺が皇帝の盲点になる力』を駆使してもらった。ただし範囲の広さがわからないので、各地点を常に超高速で移動してもらったわけだが(スチュワートからは「ほんとうに幽霊づかいが荒いお方ですね」と恨まれた。いまも彼には高速移動を続けてもらっている)。
おかげで『皇帝の目』をごまかし、大勢の民も勢力に加わった、二週間という短いあいだに。……メルを救うための色々もそうだったが、これほど短期に反転攻勢をおこなえたのは、奇跡だろう。セオがメルに話すと、しかしこう返してきた。
「もしかしたらね、このピクシーが望んでいるのかも。……『自分の複製品は許さない』って。そんな力があるか、わからないけどさ。でも不思議な力を持った石だから」
セオもそんな気がしてきて、頷く。メルはペンダントのピクシーに指を触れた。
「これがわたしを生かした。父上は嫌いだけど、でも……。うん嬉しい。だからこそわたしは、自分の使命を、できうる限りの全力で果たしたい。……クラウスも戦いにいくとき、こんな気持ちだったのかな」
「あぁ、そうだろうな。俺もおなじだ。シュトルグからの解放と、そしてメルが望むものを叶えたい」剣の状態を再確認して、鞘に収めた。
「念のため俺のなかに入っておいてくれ。……別動隊と合流するぞ」
メルを身体のなかに取り憑かせたセオは、ひと気がなくなった南の、合流地点に着いた。そこでは同盟軍の兵士、別動隊の七人が『地下へとつながる隠し穴』の前で待機していた。目的は総督府への侵入。旧エギシア城で総督府には、エギシア王の脱出用につくられた極秘のトンネルが存在する。だがシュトルグはいまだにそれを把握していなかった。選りすぐりの兵らとセオで編成された隊で広間にいるとされる皇帝を殺し、ピクシーもどきの準結晶も破壊、敵の士気が落ちたところで門の同盟軍と共同で総督府を制圧する計画だ。陽動を兼ねた両門の味方に、シュトルグ兵は完全に釘付けになっているようだ。
隊のリーダーが指示を出し、ひとりずつ地下に入っていく。セオは待つあいだに、スチュワートを呼んだ。
「なんでしょうかセオさま」
「すまんがつぎは別動隊を守ってくれ。あと、ひとつ聞きたいことがあるんだ……」
セオの質問に、スチュワートは『答えた』。
「なるほどな。ありがとうスチュワート」
セオの順番になり、地下へと入っていった。
隊は脱出用のトンネルと脱出経路の梯子をさかのぼり、隠し部屋に着く。広間は目と鼻のさきにある。リーダーが『突入』の合図をした。
廊下の敵兵と門番が一瞬で片付けられる。隊は広間へとなだれ込んだ。が、
「なんだ、あの……でかい石は」
隊員がつぶやいたとおり玉座の位置には巨大な石が、鎮座するかのように留め置かれていた。あまりに巨大で人が五、六人腕をまわしても足りないだろう。形状は面取りされた球と、トゲトゲした部分とが混在している。例えるならば『楓の実』に似た姿だろうか。
スチュワートがセオに知らせた。
「セオさま、私の見方が正しければ、あの石がシュトルグ帝にございます」
「なんだと……。あれが皇帝か」
セオの言葉に隊がざわつき始めたとき、
「……面白い。じつに面白い! この姿が見えるというか」
男女混声のような声が石のほうから発せられた。驚くべきことではあるが、異能な力となにより、三〇〇年を超え生きる存在が生身のわけがない。……そう納得したセオは構えの姿勢をとり剣を引き出した。ほかの者たちも続く。
皇帝は、喋るたび巨石の身体が玉虫色に光った。
「このようなことは初めてだぞ。……聞こう、どういった技術だ」
「お前に教える義理は、ない。だがお前に『未来がない』ことは教えてやる。俺の友は未来が見えるが、お前が心血を注ぐピクシーの準結晶技術は、世界にまったく影響を及ぼさない」
――トンネルの穴に入るまえ、セオがスチュワートに聞いたのは、『彼がこれまで透視してきたあらゆる地の未来に、シュトルグ帝の技術は存在するか』というものだった。答えはノー。ピクシーのような技術は影も形もなかった。
セオは言い放った。
「お前の企てはすべて潰える、きょうこの日に!」
聞き終えた皇帝は、しだいに身体の色味を揺らめかせだす。見るからに怒りを溜めているようだ。
「まさか余を……我われの力を超える者がいたわけか。よかろう」皇帝が声を震わせる。
「そやつの仕業だろう、いまお前たちの姿をはっきりとは見られない。しかし、こいつは違うぞ……!」
スチュワートがセオに叫んだ。
「いけませんセオさま、前方にお逃げください、はやく!!」
「……っ!!」
セオが回避した瞬間うしろを何かが通り過ぎる。逃げ遅れた七人は、横一文字に斬られ息絶えた。セオの真上を飛び越えた何かが、皇帝を背に立ちふさがる。
その人物は、カミルだった。




