25. メル、いまから俺の言うとおりに、さっきのやつを
メルを救いだし、セオは味方のところへあっという間に飛び込んだ。ただし息も絶え絶えに。両手と両膝を地面につき、ぜぇぜぇあえいだ。
(ほんとに、大丈夫?)
「だい、だいじょうぶだ。急ぎすぎた、かな」
「ベルナルド殿、お怪我は」
兵の一人がセオを気にかけたが、セオは手で心配はないと伝えた。
息を整えて、セオは立ち上がった。周囲だけで、たくさんの兵がいる。
(この人たちが、全員……?)
「そうだ。俺たちの味方……『解放同盟軍』。少し前は『エギシア再興軍』と呼ばれていた」
メルは『エギシア』という国名に口をわずかに歪ませた。……わたしの国リメイアを滅ぼしたあの国の名、それが味方っていうの……? でも、
(たしか『エギシア再興軍』って、あのとき助けた……?)
セオと初めてクワルツヴィルに行った日、四人のゴロツキから男の人を助けた。奴らの会話によるとその人がエギシア再興軍の仲間だったとか。……本人からは聞けずじまいだったけど。
セオはメルに「じつはな」と続けた。
「あのときの男、本当にエギシア再興軍の一員だったんだ。彼づてで俺は、彼らの仲間になれた。目的のために手段を問う暇はなかった」
(セオ。……あのね、経緯がちょっと複雑なんだけどね、ただ、あなたが質屋に盗品を持っていくのを見たんだけど。リメイア城のじゃないやつ)
「見た、のか? ……ええっと、あれは、返したんだ」
(は?)
「あれはシュトルグから奪い返した各国の宝物だ。植民地にされて取り返せなかったらしい。だからスチュワートの能力で、帝国の宝物庫から引き出した。ほら、いつもリメイアの宝物を出すときのアレ」セオは続けた。
「他の植民地にも帝国を倒したい抵抗勢力がたくさんいた。彼らに、質屋経由で宝物を返して、一緒に力を合わせるよう頼むことになった。それでできたのがこの『解放同盟軍』だ」
(……よく、怪しまれなかったね。いろんなところでさ)
「なんとかなったよ」
「……ベルナルド殿。あの、ほんとうに大丈夫ですか」
連合軍の兵がセオを心配する。当然だった。メルの声はセオにしか聞こえないのだから。
セオは「気にしないでくれ」と兵に伝えて、礼を言った。
「攻撃を待機してくれて感謝する。おかげで俺は、奴らから大切なものを取り返せた。ほんとうによかった」セオはメルに言う。
「メル。俺は元ユークの騎士として帝国に戦いを挑めたことを喜ばしくは思う。だがそれよりも、お前を助けることだけで動いた。それが叶って、本当にうれしい」
(……ありがとう、セオ)
メルの声に、セオは何も言わず、けれど笑顔でいた。
兵はセオに言う。
「我が王を助けてくださるあなたさまからお言葉を賜れて光栄です。作戦も兵装もセオドア殿のご尽力のおかげ。これで我らは、心置きなく戦えます」
「嬉しい言葉だ。思う存分やってくれ!」
セオに応えるように、兵たちから鼓舞の掛け声があがる。掛け声は伝播して、ついにはシュトルグの隊列を囲む喚声に変わった。
――だが、そのときだった。
閃光。シュトルグの隊列から一瞬のまばゆい光がさし、大地が突然揺れた。風も吹き荒れ、空は鉛色を濃くして上空に巨大な渦の雲が現れる。渦の中心から降りてくる稲妻と、『漆黒の球体』……。同盟軍も、シュトルグの兵たちさえも、誰もがその場でうろたえていた。
(まさか、偽物で高位次元の、を……! セオ!)
「なんだ!」
(あれは兵器なの! シュトルグの皇帝から聞いた。リメイアが滅んだきっかけの……。――わっ!!)
「メルどうした!」
メルが強い衝撃を感じると、上空の球体は縮む。同時にシュトルグ側の地面が漆黒に染まって、兵たちの身体へと這い上がった。
数多の悲鳴が、無慈悲に断末魔へと変わった。遠くからでも聞こえた、なにかの骨が砕かれる音。兵の身体を覆った漆黒は、ヘドロのようにのたうちながら厚みを増す。漆黒から深緑色をした分厚い筋肉に変異し、そして――
『グオオオォォォォォッ――!!』
「あれ、は……」
セオは、生唾を飲む。……異形たち。セオの目にはまさにそうとしか見えなかった。
人ならざる屈強な肉付きで、雄牛やヤギのような頭部だったり、頭自体がなかったりする奴らもいる。二足に限らず四足や六足のものもいた。……人も馬も、馬車の客車も、あの異形たちの芯骨になっていると直感でわかる。そして見覚えもあった。
……こいつらは、絵本『リミーアの妖精』に出てきた、挿絵の『マモノ』そのものだ。
真紅の目が残像を引く。マモノたちは不気味な合唱のように咆哮をしていた。それが止むと、同盟軍にむけ進軍を始めた。
「な、なんだよあいつら!」
「ひるむな剣を抜け! 祖国を取り戻すんだ。突撃!」
同盟軍の兵たちが挑み、一体のマモノに迫る。が、――マモノが振り下ろした太い腕に、兵たちはその形をなくした。
……セオの耳に、風を切る音が聞こえた。
「伏せろっ!!」
地面に伏す瞬間、衝撃と、土くれが飛び散った。顔を上げると、右側の兵たちはなぎ倒されている。飛び散った赤い色――方向的に撃ってきたやつは、六足のマモノ。射出器のような器官が背中に生えていた。マモノは歯をのぞかせて笑っている。
射出器がふたたび動いた。
「……っ!」
セオが逃げたすぐに投擲物が着弾。近くにいた兵たちは死んでいた。
味方の喚声がかき消され、潰されていく。一方的な力に、理不尽なほどの残虐さに、同盟軍の兵たちが殺されていく。荒野にねっとりとした鉄の、血の臭いが漂い始めていた。
(これが、このペンダントとおなじ力っていうの……。……ひどい)
惨状に、だが、メルは目をそらせなかった。六〇〇年前にリメイアはこれをエギシアとの戦闘に使ったのだ。どちらの兵も多くが死んだことは話に聞いていた。……けど、こんなことになっていたなんて。セオの身体のなかにいなければ、きっと震えがとまらないでいた。
「メル、さっきの痛がりは大丈夫か」
(もう平気。ちょっと『変な感じ』はあるけどね。それより、)
「あぁ。……どうすればいい?」
(……恐く、ないの?)
「いや、……怖いよ。ものすごく怖い。でも、何かをやらないと、だろ。メルは?」
(おなじ、ね。もうこんなひどいのを、繰り返したくない)
メルは覚悟を決める。セオに伝えた。
(よく聞いてセオ! あいつらはたった一個の石、準結晶が生み出したものなの。お願い、たぶんそれを壊せば、)
「……やつらすべてに効く、のか。正しいのならやる価値があるな。石の場所は、……近づかないとか。よし――!」
息を細く吐く。セオは脚に力を込めていき、一気に疾走の勢いへと変えた。空気が裂かれる。流れる景色と迫るマモノの群れ。一体が気づいたのを見たセオは鞘から剣を抜いた。
メルは、身体の違和感がいまだ気になったままだった。……一度目は皇帝にピクシーを複製されたときの衝撃。そしてさっきの。
しかもなんだろう『この感覚』。まるで、空から俯瞰しているみたいで。それに……。
セオは駆け抜けながらマモノに斬りつける。筋組織の密度に剣がしなるがそのまま斬り抜き、マモノは絶命した。
「……皮も肉も硬い。剣がもたないぞメル」
(この感じ、ひょっとして)
違和感の正体をメルは理解した。直感だけど、確信がもてた。
新たなマモノがセオに迫る。
(セオ。身体をちょっとだけ貸して、というか身構えて!)
「はい? なっ、うわあぁっ――!」
マモノが右腕で殴打しようとした瞬間、セオは左方向へとすっとんだ。まるで上空から吊られ、移動したかのように。セオは仰天しつつも冷静に着地した。
「……な、なにしたんだ、お前」
(あなたを『選んだ空間』に動かしてみた。感じたの、ペンダントの準結晶がこれをやってくれるって。皇帝に複製されたときへんな感覚がしたけど、あの刺激でこの準結晶になにか起きたかも)
「……よくわからんが、たださっきのやつをいきなりやるな」
(距離は稼げるでしょ。息切れしなくてすむ)
「急にやるなよ! ……ほかには。何ができる」
(ふふん意外と気に入った? あとは、これかな)
セオが持つ剣、その剣身が、てらてらと輝く膜にコーティングされていった。
(どう? たぶん強化できてる)
「……いいだろう! いくぞメル!」
セオはふたたび地を駆ける。目指すはシュトルグの隊列だった、マモノたちの列。
「メル、いまから俺の言うとおりに、さっきのやつを、――」
(……なるほどね。そうする)
マモノたちに迫った。
「いまだ!」
セオの声にメルが力を放つ。人間の脚力を上回る圧倒的な速度。ひと跳びにセオは横に並ぶマモノの端から端へ刃を立てる。深緑色をした異形たちの肉が大きく切れた。
「もういちどだメルっ!」
セオは宙返りして、マモノたちにもういちど突っ込む。斬り抜ける途中に――
(あったよ! 真ん中のでかいマモノ!)
牛のような頭をしたマモノ、二か所ある深手の傷の奥に、ピクシーもどきが埋もれていた。
地を滑るようにセオは旋回。牛頭のマモノに狙いをさだめ突き進み、そして――
「たあぁぁっ!!」
袈裟懸けになったマモノの胴はふたつに分かれ、ピクシーもどきが転げ落ちた。
(やった! はやく壊して)
「わかってる!」
球体に近い形状のピクシーもどきが地面を転がっていく。だが、運悪く荒野にふたたび霧が現れ始めていた。セオがピクシーもどきを刺そうとした、その瞬間、
――馬のいななきが聞こえた。
「……っ!!」
急襲してきたひと突きをセオは防いだ。そのわずかなあいまに、ピクシーもどきが『馬に曲乗りする人物』に奪い取られる。見えたのは一瞬だがセオはその顔を知っていた。
「エーレンベルク! ……おい待てっ!」
カミルが乗った馬は、ひづめの音を激しくして遠ざかっていく。
「くそ! メルいそげ」
(わかってるよ! けど、……どこなのっ!)
霧はその密度をさらに濃くし、俯瞰視するメルはカミルの場所がわからない。
マモノたちの身体は崩れ始め、荒れ地は、静謐にかえった。




