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23. どれ、いまの彼を見てみようか

「そん、な」


 メルは声を震わす。セオが読んでくれた、大好きな絵本……。その物語がリメイアのことだったのなら、妖精って、このペンダントのこと……? それにさっき見た走馬灯は。


『そなたが眠っているあいだに、ピクシーの状態を調べた。記録を残しているらしい。……その顔、何か見たようだな。すべて実際に起こったことだ』皇帝は続けた。

『先代と懇意だったリメイア人の男がピクシーを盗みだし、そなたの父、リメイア王に謙譲した。王が事情を把握していたかは不明だが、この準結晶の力を国の発展のために使うことを決めた。実験を繰り返し、ピクシーを制御する知見を深めていった。のこりはおとぎ話と、そなたが見た記録で察せられるだろう』



 ……リミーアの妖精に出てくる『王様』は、じつはエギシアの王で、彼はピクシーの野外実験を目にした。エギシアがわたしの国(リメイア)を襲ったわけは、諸国の力の均衡を崩しかねない存在、ピクシーを奪うため……。そして最初の戦場で、きっと双方の兵がたくさん死んだんだ。父上が『世界の破滅』を予感するほどに。そうしてリメイアは滅びの道を、自ら選んだ。たった小さな石の、でもそれがもつ力に恐怖して……。


『ピクシーの基本能力は、高位次元の世界に棲む生命体の断片を、この次元に現出させること。戦場で準結晶は本来の力を発揮した。一〇〇〇年前とおなじく、ひきおこした惨劇は魔物の所業に見えただろう』言い終えたのち、皇帝は冷やかすように笑った。

『ただし、そなたの父は最期にピクシーで賢い選択をしたようだ。ピクシーは自身と強く関わった物質の劣化を止める。また、自らが分かたれ、一方が完全に破壊されたとき、身につける持ち主ごと実体を高位次元に送る。無傷な片割れとの再会を待ち、持ち主ともども復活するために。……ペンダントにつけられた輪状の石、それはピクシーの一部。娘を守るためのリメイア王の策略であろう。そなたは六〇〇年ものあいだピクシーに守られてきた。その輪に対である準結晶が嵌れば、実体を取りもどせる。石とともにな』


「実体が、もどる……。父上がわたしに」

『だがその片割れが見つからない。城内にはなかった。ピクシーを直接手に入れられぬことは残念だ』


 ……リメイア城の地下や道具の一部が劣化していなかったわけは、たぶんピクシーの実験と何らかの関わりがあったから。わたしの部屋も、ペンダントをつけたわたしがいたから……。国の滅亡も惨事も、幽霊もぜんぶ、このペンダントの石が起こしたこと、だったなんて。


「……うそ。そんな、魔法や呪いみたいなもの」

『あらためて言う。事実だ』

 ……なにも言い返せない。そうしてメルがうろたえている姿に、皇帝はしばらく黙っていた。



『先代はピクシーを奪われ解散に至ったが、彼らの志をつぐため我われは「高位次元準結晶研究団」を結成した。いちど途絶えた技術は復元されていった。しかし、それでもピクシーと同等の準結晶は産みだせなかった。だから我われは求めたのだ。行方知れずの究極の準結晶、ピクシーを』皇帝は語気を強めた。

『三〇〇年間だ。……断片的な資料ばかりで滅びた国名さえわからない。捜索拠点はいつしか国の体になり、シュトルグと呼ばれるようになった。捜索を効率よく行うためには他国を滅し自国に取り込めばよい。我われの「孔をもった準結晶技術」は、はるか彼方の地を透視でき、選んだ者の認知を歪めることもできる。戦場では遠隔地の情勢を把握して、配下の兵へ即座に、その場で書かせた伝令を広めた。植民地は急速に増大し我われ研究団は「皇帝」を名乗った。だがそなたとピクシーを、クワルツヴィルで発見したのはたった数ヶ月前なのだ。ときおり姿を見失うことすらあった。それが不思議でならん』


「……あんたたちが国を滅ぼしていったわけは、ピクシーを、ただ探すため?」

『そのとおりだ』

「……っ! ふざけるなっ!」

 メルはもう怒りを抑えられなかった。セオの悲しい顔が、荒んだクワルツヴィルが脳裏によぎった。淡々と認めた皇帝に憎しみが沸き立った。


「こんな小さな石のために、たくさんの人を殺して苦しめたの!? みんなの自由を奪ってたがいにいがみ合わせて、そんなことを三〇〇年間も。……許さないっ、絶対に許さないから! そんな欲望におぼれた奴らに、父上がくれたこのペンダントは絶対に渡さないっ!」


『技術は人類の宝なのだよ、リメイアの王女。この世界は文明の停滞期に入っている。六〇〇年以上も技術水準は上がらず、時だけが過ぎている。これは人類史の不幸だ。我われは途絶えかけた準結晶の技術で、将来の人類に発展を与える。最良の道具、最強の兵器……その始まりがピクシーになるのだ。我われは技術でこの世界を統べ、革新的なこの技術を世界に根付かせるその日まで、勢力をいっそう拡大するつもりだ』


「黙りなさいっ! あんたの野望はかならず失敗する。三〇〇年もわたしを見つけられないような、詰めの甘いやつがなにを言おうが無駄よ。わたしを助けにセオが来るんだから」


『セオドア・ベルナルドのことか? 面白い冗談だ。どれ、いまの彼を見てみようか』


 赤い準結晶から聞こえる皇帝の声はそう言った直後、部屋の空間にビジョンが現れた。それ自体にもメルは驚いたが、映っていたものは、


「セオ! ねぇセオっ!」

『彼には聞こえていない。……何かを売ろうとしているようだ』


 セオはクワルツヴィルの質屋に入ろうとしていた。バッグはパンパンに膨れ、脇には宝石がちりばめられた鎧を抱えていた。……こんな鎧をメルは見たことがなかった。


『リメイア城跡内の地下にあった宝物は、落石をならす仕掛けを作動させ、帝国がすべて回収した。いま彼がもつお宝は、……盗んできたものだろうな』

「ち、ちがう。セオはそんなこと」


『そなたに嘘はつかん。疑うのなら、なぜこの男は助けに来ないのだ? ここは荒城から五日歩けば着ける建物。馬車を追えばよいものを、こやつはそれをせず、逆の方角に向かったのだ。見捨てられたのだよ』

「セオ。……どうして?」


 皇帝は、ビジョンを閉じた。

『そなたを、大切に扱おう。ピクシーと一体化した、我われにとって重要なサンプルだ。現在、我われ皇帝は旧エギシア城の総督府に向かっている。到着しだいそなたを迎える。……手始めにピクシーの複製をつくっておこう。片割れが存在しない以上、近似的な準結晶になるだろうが。じかに会うのが楽しみである。ともに人類史の黎明を見届けようぞ――』


 赤い準結晶は光を放ち始め、漏れた輝きがメルのペンダントに集中する。彼女の身体に衝撃が脈打ったあと、赤色の準結晶は黒みがかった色に変わった。静寂が訪れ、皇帝の声は聞こえなくなった。


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