20. エーレンベルク卿……。なぜそれを、わしにすぐ見せなかった
◇◇◇
お久しぶりになりますねみなさま。語りのスチュワートでございます。えぇそうです。今回もどうぞお付きあいをば。
幽霊となられて六〇〇年が過ぎ、メルさまは亡きクラウスさまのあと、新たなお慕いになる騎士さまをそばに置きました。セオさまは、メルさまにとって心の拠りどころであり、またセオさまもその気持ちはまったくおなじでありましょう。私はそんなおふたりがとても好きであります。……ちょこっとばかり悔しい気分もありますが。
おおぉっとぉ! いまの私のひと言はお忘れになってください。
……ごほんっ! と、ここまでは、みなさまが把握しておられること。しかしながらみなさまお気づきでしょうか。リメイア城のあれこれや、ほかにもいくつかある、不可思議なものごとを。……ほう、「具体的に挙げてほしい」と? ふむふむ、そうですね。沢山ありますが、たとえば、
――六〇〇年前に廃墟化した荒城なのに、一部で劣化がみられないリメイア城のわけ。
――エギシア国がリメイア王国を突如として攻めた理由。
――メルが好いていた騎士、クラウスはなぜ国を裏切ったのか。
――エギシアを征した巨大国家シュトルグ帝国の、異様な早さの情報網はどのような仕組みなのか。
……まぁこのぐらいにしておきましょう。当時、事実を知った私たちは驚きっぱなしでございました。そのとおりです。私たち三人は、これから知ることになるのですよ。六〇〇年前のリメイアに何があったのかを、そしてそれがいまになって、大きなうねりをつくりだすことを……。
では私の語りは終えて、始めてまいりましょうか。転調の兆しはある日の、シュトルグ帝国領になった旧エギシア王城『第二六総督府』の広間からでございました。セオさまを追い出した黒鎧の騎士、カミル・エーレンベルクもその場におりました。
◇◇◇
総督府の広間にはボラス公爵の前にひざまずく一三人の男たちがいた。黒鎧の騎士カミルも提督のとなりに立ち、彼らを見下ろしていた。ボラスは咳払いしたあと、彼らに尋ねた。
「お前たちは盗賊団と聞いている。戦について腕に自信はあるか。答えよ」
顔を上げた金髪の男は言った。
「恐れながら。我われは孤児や傭兵崩れの者で構成されています。身につけた戦闘術は独学がほとんど。家業については正真正銘の精鋭だと胸を張れます。しかし本格的な、国の戦となりますれば」
「ほう、貴公だけは出自が異なるらしいが? アーヴィン・メアンエルツ卿よ」
「……私に、卿は。もう騎士ではありませんので」金髪の男――アーヴィンは頭を下げた。
「我われには力不足であります」
だがボラスはアーヴィンの否定を、彼が言いきる前にはねつけた。
「貴公は有能な騎士であったと聞いた。もし得意ではなくとも、この者たちに戦が何たるかを教えることはできるはずだろう」ボラスはため息を鼻でついたあと、眉をつり上げた。
「お前たちは盗賊、犯罪者である。偉大なる帝国領の総督府、しかもその中枢に連れてこられ『頼みを無下に断り、無事に帰る』ことが許されると思うのか」
静寂。アーヴィンは、口を開いた。
「かしこまりました。ボラス公爵閣下」
「うむ、よろしい。そうでないと困る。……これは、わしが決めたことではないのだ」苦笑いを浮かべたボラスは続けた。
「怪我をしている者もひざまずかせてすまなかった。依頼を受け入れたのなら、もう貴公らは帝国の兵士だ。治療や食糧、寝床を保障しよう。下がるがよい」
生まれて初めての厚遇の保障に、喜びを隠しきれない者、身を固まらせる者など、盗賊たちの反応はさまざまだ。アーヴィンは、喜びにも虚しさにもとれるような複雑な面持ちでいた。
盗賊団が広間から去り、ボラスは「やれやれ」とふたたびため息を漏らした。
「まさか、あのような者たちを……」
ずっと黙っていたカミルが、ぼやいたボラスに言った。
「我らは従うまでです。これは、皇帝陛下じきじきのご命令でありますから」
カミルは懐に入れていた一通の書簡を大事そうに取り出す。その光景をボラスは不愉快そうに横目で眺めた。カミルは書簡を広げ、その一部を読み上げた。
「『――さきに記した地にいる、アーヴィン・メアンエルツ率いる盗賊団を無傷で捕らえ、第二六総督府の兵に加えよ。また件の一味からメアンエルツは除いた一名を選び、その者に以下に記す場所の地形と構造物、その他くわしい様子をなんとしても聞き出し、文書化せよ』……。ほかにも要件が、」
「はぁ。皇帝陛下は急にいかがなされたのだ……! これから言うことはここだけの話にするが、こたびの陛下の書簡は指示が細かすぎる。なんだこれは。内容も、正直腑に落ちん」
「……。なにかお考えがあると思われます」
カミルは黙ったあと、そう付け加えた。
「だろうな……。しかし恐れ多くもだが、こちらの身にもなっていただきたいものだ。いちどでよいから我が総督府にお越しになって――」
「公爵閣下。陛下は、この総督府にお見えになるそうですよ」
「……。なに?」
ボラスの前でカミルは、懐から『もうひとつの書簡』を取り出した。
「エーレンベルク卿……。なぜそれを、わしにすぐ見せなかった」
「さきほど総督府に届きました。盗賊たちを広間に入れる直前でしたから、そのあとで閣下にお伝えしようと」
「なぜ内容を知っている!」
「私宛、でありましたので」
涼しげに答えるカミル。そのまま書簡を広げた。
「『余はそちらの植民地を視察する。よってカミル・エーレンベルク卿、および当植民地の総督、総督府は準備をせよ。もてなしを期待する。つぎの日付に到着する予定である――』……。到着予定日は、きょうから、あとひと月ほどです」
ボラスはカミルから書簡をひったくった。もつ手が震えた。どう読んでも指名の順番はカミルがさき。そのうえカミルの名はあっても自分の名前はなく、役職名の『総督』という言葉しか記されていなかった。
「どういう、ことだ……」
「わかりません。しかしながら公爵閣下、私は皇帝陛下に気に入られているのかもしれません……」
ボラスはカミルを見た。窓から外界を眺めているカミルは口元を緩ませていた。だが傷がある鼻筋と眉間には深い皺が刻まれている。眼光は鋭く、まるでなにかに挑むような顔だった。
「私は、成せるかもしれない。一族の悲願を、私の呪いを……! そのためならば」
カミルは、携える黒鉄の剣の柄をにぎり、その手元に目を落とした。
シュトルグ帝国の皇帝から届いたふたつの書簡。そこにはつぎの命令も記されていた。
『盗賊団が襲撃した地に建つ荒城へ向かい、前述した任務を遂行せよ。余は大いにその活躍を期待する。また、荒城には騎士崩れの男がいるため注意せよ。男の名は、セオドア・ベルナルドである』




