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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
六章 天衣無縫の章

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#02 今後十年先を占う岐路と万能出汁と

 




 永禄十二年(1569)七月十五日






「お公家さん、何も考えずにこっちにおいで」

「そんな迫真のお顔さんされたら、参りたぁても参られへん」

「いいから来なさい」


 ん……?


 相変わらず表情は緊迫のまま。だが口調と視線が天彦に完全なる誤解だと訴えている。

 よく見てみると彼女の視線は天彦を通り越し背後の暗闇に向けられていた。

 とんでもない見当違い。大ハズレにも程があった。何が京兆家さんやな(どやぁ)やねん。ハズすぎて氏ぬ。が、気付いたときは遅かった。


「わっ」


 彼女の危惧は正しく、天彦は茂みから現れた賊に取っ捕まってしまい身体の自由を完全に奪われていた。

 賊は二人組。一人が天彦の身体を背後から羽交い絞めに押さえると、別の一人が言う。


「動くな」

「う」

「女、その物騒な得物を放れ」

「……」

「放れっ!」

「くっ」


 彼女は賊の指示に従い懐刀を放った。それを受けて天彦は……、脱力した。

 そう正しく脱力していた。ほんとうに面倒くさそうにして、緊張に絡め捕られていた険しい表情ごと全部の緊張感を解きほぐして言い放つ。


「……気ぃ済んだやろ。離してさん」

「まだやろ」

「そや。この程度では懲らしめが足りん」

「あ、はい」


 だが気圧されてしまう。賊の主張する意味はわかっていた。天彦には思い当たる節がありありだったので反論はできない。それはそう。

 主君同然の友の供役を放棄してその主君同然の友をほったらかして我が世の春を謳歌したのだ。そこそこの懲らしめ程度なら受け入れざるを得ないだろう。そういうこと。


 実益と茶々丸は天彦にお灸を据えようと喜々としていた。

 先ず先鋒の茶々丸が首を羽交い絞めにして締め上げる。


「おいコラ菊亭、大概にせいよ」

「ぎ、ギブ。まぢで茶々丸、入ってる、入ってるからっ! ぐるじぃぃぃ」


 げほげほ。天彦はチョークから逃れて崩れ落ちる。


 はぁはぁぜぇ、まぢに氏ぬ。すーはー。


 天彦の呼吸が整うと当然の帰結へと流れが向かう。実益と茶々丸の二人は興味本位100の感情をあからさまにわからせる目で正面の女を見つめた。その圧は控えめに言ってもえげつなく、並みの女子なら卒倒もの。

 だが対する彼女はともすると恐ろしくすら感じる100の関心を向けてくる陽キャ二人のキラキラハラスメントにまったくめげず、真正面から立ち向かう気概を見せて応じた。……へーやりおる。


「ほう。これはこれは中々どうして容色無双やな」

「ふん、気は強そうやがツラは精々十人並みやろ」

「それを含めて麿は善いと思うが」

「どこがや。こんなんあかん。百歩譲って血筋が先や」


 実益の肯定的な言葉に茶々丸が即応した。むろん語感そのままの100の否定感を前面に押し出して。

 但しこの場合、言い出しっぺが前後しても文脈は変わらないので発言内容にあまり意味はないと思われ。要するに実益と茶々丸はお互いがお互いの発言を絶対認めないマンなのであった。つまり仲良し。そういうこと。


 だがそれ以前に大前提が違っている。完全に逢引きを疑っていない二人の反応に天彦は更に脱力のため息を吐いた。お前らさあ。

 天彦は陽キャ二人が作り上げようとしているアオハルイベント風な展開に心底げんなりしながら、


「で、誰さんなん」


 彼女に言葉を向ける。どんなことよりも何よりも彼女の出自が気になった。

 自身が立てた仮説や推論の答え合わせがないと最低でも今夜は眠れなくなってしまう性質の宿命。天彦にとって究明がすべて。正誤など問題ではなかった。


 と、彼女もどこか呆れた風に、


「これがお公家様の頂点を極めようとする方たちなのね」

「知ってるんか」

「はい。存じ上げております。むろん面識などございませんけれど」

「ふーん。そんなんどうでもええさんや。ハリー」

「ですがなるほど。西園寺家の俊英に気安く語り掛けられ、本願寺の正当嫡子に親しげに肩を組まれる人物とは……、そう。貴方が噂のお狐くんだったんだ」

「くん!」


 天彦は張りよくツッコミを入れた後、くすりと笑う。

 徹底してお姉ちゃんぶるムーブをかましてくる彼女の一貫性が可笑しかった。だからご褒美に名乗ってやることにした。


「参議菊亭天彦。ちまたでは妖宰相あやかしさいしょうなどと揶揄されイジリ倒されているお可哀そうなお子ちゃまですぅ。よろしゅうお見知りおきさんを」

「だれがお子ちゃまや」

「子龍、さすがに寒いんと違うんか」


 天彦の自己紹介は彼女のリアクションより早く入ったツッコミに台無しにして掻き消される。正直うざいが無視もできない。


「ちょっと黙っててもらえませんか」

「ちょっとやぞ」

「おう。早よせえ」 


 天彦は誰がボケ役やねん。身共はどう考えてもツッコミ役やろ。と内心の感情は言葉にせずボケの二人を視線で咎めるにとどめ彼女と向き合う。


「膝を屈した方がよろしいですか、宰相閣下」

「冗談。あんたとお前さんの仲やないか」

「先ほどまでとは事情が変わりましてございます」

「身共にはなーんにも変わってへんようにお思いさんやが」

「忝く存じます。ではお言葉に甘えまして直言の栄に伏します」

「うん。ほんで」

「はい。ご推察のとおり、私は京兆家細川晴元の娘にございます」

「ビンゴ!」


 やっぱしかっ! の意味の叫び声だが当然のように備後びんごと叫んだ風にしか受け取られない。天彦の感激の言葉はただの奇声となって場に不思議を撒き散らすだけ。

 だがこの場には天彦の奇怪な言動には慣れっこのまた天彦を深く理解するお二人がいた。


「どういうこっちゃ」

「説明いたせ」


 それでも茶々丸と実益にとっては何一つとして喜ばしい情報ではない。視線も表情も極めて険しく彼女を射抜くように峻烈に見咎めていた。

 それはそうだろう。二人の反応が至って正しい。細川京兆家といえば幕臣中の幕臣であり幕府の要職管領を家職として五畿内に君臨しその名を轟かせていた京の名門武家である。かつては。


 しかし目下の京兆家は敵性勢力の筆頭格。十五代将軍義昭に反旗を翻している三好家と行動を共にしている賊中の賊。つまり室町幕府の敵であり言ってしまえば逆賊である。

 その娘がのこのこと祇園さんを愉しむとかないわぁ。なのである。部外者の二人からすれば。むろん本来なら当事者の天彦としてもそうでないと可怪しいのだが、どうやら違っているようで。

 天彦は親友ずっトモの二人でさえぎょっと仰け反ってしまいそうになる不気味な表情で自分の世界にトリップしていた。その顔、控えめに言ってキモすぎた。


「くふっ、そうかぁ……、くふっくくく、ふはっ」


 この夜初めて実益と茶々丸の心は一つになっていた。この状態の天彦に女を渡してはならないと。


「女、麿の背に隠れるんや」

「はい?」

「もたもたすな。喰われるぞ」

「は、はひぃっ!」


 訳がわからないが、訳もわからないままに彼女は実益の背に隠れた。

 誰も状況をわかっていない。だが明らかに疑わしい。そんな状況証拠だけで犯人に仕立てられた天彦は三人を向こう側に回し、


「ぐへへへ、無駄な抵抗はやめてとっとと女さんを寄越してんか」


 悪役100の言葉を吐くのであった。実に堂に入った台詞回しで。




 ◇




「痛い……、おつむが痛い痛いさんなん」


 天彦は本気の不満を言葉に変えて痛みの元凶である実益に訴える。


「場を考えずふざけるお前が悪いやろ。ほら見せてみぃ」

「おおきにさん。茶々丸は優しいなぁ。はいここなん」

「おい子龍。まるで麿が優しないみたいに聞こえるぞ」

「そのままの意味ですけど」

「あ゛」

「二発もどついといてそれはないやろ。ああ痛いさん」

「む。……見せてみぃ」


 天彦がまあまあ本気レベルで実益にシバかれて芝居も終わり、四人は朽ち木ベンチに面と向かって腰かけている。天彦と女の並び、実益と茶々丸の並びの二対二で。


 天彦がちょけたのだ。そこには何か理由がある。絶対に。長い付き合いの実益と茶々丸はとっくにお見通しなのである。それでなくとも天彦があんな下手な芝居を自ら進んでするはずがない。

 つまりあの場で女を攻めてはいけない理由が必ずあった。だからこそ咎めだてせずに済むようにお遊び風に場を仕舞ったのだろう。実益と茶々丸は咄嗟に判断して切り替えたのだ。

 さすがの阿吽の呼吸である。だからといって説明責任から逃れられることとは別物だが。


「子龍、粘るな」

「早よせんかい」

「あ、はい」


 天彦は語り始める前に彼女に確認をとった。


「お前さん、恋千代れんちよさんでええんやな」

「……!」


 彼女恋千代は言葉なく驚嘆を顔に張り付けて固まってしまう。

 否も応もなくただただ固まってしまった恋千代に更なる問い質しの言葉は重ねられない。それは天彦ばかりではなく実益と茶々丸も同様に。

 むろん二人とて天彦のビックリ推察には心底からの驚きを感じているが何を今更だ。


 確認が取れた天彦は“さよか”隣に聞こえるか聞こえないかの小さな声でつぶやくと一瞬だけどこか悲し気な表情を見せて、けれど次の瞬間には常の平旦な無表情に戻して訥々と語り始める。


「恋千代の兄御前さん、先の戦で三好長逸と共に阿波さんへ逃亡されたんは皆さんの記憶に新しいことやと存じますん」

「……だな」

「おう。昭元やな」


 天彦はつづける。


「はい。どうやら兄御前さん逃げ疲れになられたようで、妹御前を幕府に差し出す心算らしいんです」

「和睦の人質か。珍しくもないしいいことやろ」

「おい亜将、ちょっとは頭つかわんかい」

「なに」

「菊亭が困っとるんやぞ。訳があるに決まっとるやろ」

「知ってるわ!」

「嘘をつけ、嘘を」

「黙れっ」

「やんのか」

「上等やないか」


 がるるるるる。


 すぐに脱線するDQN二人。だが天彦は根気よく待つ。常ならあり得ない流れである。つまり話の結末に二人の同意もしくは強固な賛同が必要なのだろうと読み解ける。

 ややあって折り合いを付けたのか罵り合いに飽きたのか、二人は天彦に主導権を譲り渡した。


「もうええわ。茶々丸、ここは引いとけ」

「それは儂の台詞じゃい。菊亭、話せ」

「うん、おおきにさん」


 細川京兆家はこの後すぐ野田城・福島城の戦いに敗れて和睦。その翌年に将軍義昭に対し臣下の礼を取ることになる。それはいい好きにすれば。

 だが問題は三好勢からすれば京兆家の寝返りが、この後続く地獄の本願寺十年戦争の発端になっているという事実である。どうなればそうなるのか、天彦にはその裏の仕組みまではわからない。だがそうなるのだ。史実では。


 少し複雑だが天彦の憂慮を紐解くと、翌年の元亀元年(1570)織田軍は本拠地岐阜に撤収する。これが魔王の悪い癖なのだがどこか京の風を嫌っている節が覗えた。あるいは自らの本拠が天下であるとの暗喩なのかもしれないが、いずれにしてもこの隙を突かれてしまい、地獄の十年戦争へと突入していくのだ。


 三好三人衆と兄御前細川昭元は池田城城主の類縁池田知正と重臣荒木村重を調略して池田城城主池田勝正の追放に成功する。これを契機に挙兵の流れ。

 同時にこの挙兵の裏では近江の浅井、越前の朝倉、そして本願寺の顕如らと共謀して信長包囲網を形成布陣することになるのである。

 その怨恨が本願寺絶対コロスマンを生み出すと考えると、包囲網そのものの根絶もマストの対策となってくるのだが今は後。

 しかもその策謀の裏には水色桔梗紋が確実に絡んでいると踏んでいる天彦は、意地でも、いや意地でこの企みを阻止したいと考えていた。そういうこと。恋千代が惟任に差し出されるのだ。絶対にそうに決まっている。


 つまり恋千代はキーマン中のキーマンだったのである。だが気兼ねはある。むしろ気兼ねしかない。何しろ天彦の閃いた悪巧みには一人の麗らかな女子の犠牲を絶対の必要条件としたから。

 史実通りならこの婚姻外交は暗礁に乗り上げる。あるいはこの破談が戦闘状態への布石か契機なのかもしれない。

 すると縁を結べばどうなるのか。それは天彦にもわからないが、少なくともこれを契機としたストーリーの展開はなくなり、これから最低でも最悪の事態が先延ばしにされた世界線が展開されることになるはずである。


 この場で恋千代を調略できれば天彦の勝利は80%にまで飛躍する。いや100と言っても言い過ぎではない。何しろ様々な手段で絡め捕れる刺客を惟任に最も近い場所に送り込めるのだから。


 恋千代の調略は考えるよりずっと容易いだろう。確定している家の存続を餌にぶらさげればこの気丈な姫のこと。必ず請け負うに決まっている。しかも結果は天彦が動こうが動かまいが口約束通りになるとなれば鉄板だ。

 だが問題はえげつない悪意が含まれているという点にある。策に名づけるとするなら“ロクデナシな上にヒトデナシの巻”であろうか。


 むろん天彦の事、すると決めれば絶対にする。家来や己に付き従う一門を守るためになら鬼になる覚悟はできているから。だが決断までには相当の躊躇があった。

 果たしてそれができるのか、この意気地の無い己に。天彦は策が閃いてからずっとその自問自答を繰り返す。


「恋千代。お前さんが死ねば身共は平和さんや。あるいは天下も太平に導ける」

「宰相さまは私が死ねば嬉しいの?」

「はは、ふざけろボケなす。次に同じ言葉を吐いたらシバく」

「それって哀しいと受け取ってもよろしいでしょうか」

「……」

「では死にましょう」

「なんで!? そんな流れとぜんぜん違ごたよね」

「私、菊亭様が好きなのです。噂に聞こえてくる数々の逸話。屋敷にあって聞こえてくる数々の痛快無比な菊亭譚をいつか我が目で見たいものだと思っておりました。そしていつかお逢いできました日には必ずこの想いを告げようと心に固く誓っておりましたの。念願叶いました。好きです宰相閣下」


 お、おう。


 まあ訊くまでもないだろうが、下の句にはニンゲンとして。あるいはオモシロ生物として、と付くのだろうけど。……けど!


 天彦は半分拗ねて半分は哀し気な表情で本題に切り込んだ。


「その御心さんは」

「このお命、天下のために使えるのなら望むところ。二条城の普請然り、宰相様の動くところ必ず天下へと続く道あり。それは兄御前も申しておりました。私も同感にございます。ですので、むしろ御家のため天下のため命如きを使い捨てられない女子おなごと侮られていることにこそ不快感を覚えます次第にて」

「ほんまもんやったんやな」

「何を指してのお言葉かは存じません。ですがどなた様の心にも残らぬちっぽけな存在。どうぞお気になさらずお使いください。至宝の金言を胸にありがたく頂戴いたしましてあの世へ持って参ります」

「おお、まぢにかっちょええさん。ええ気性してはるわ。身共にはとても真似できん」

「ありがとう存じます」


 その感動は本心から。だからこそ天彦の考えは固まった。そうでなくとも惟任なんかの捨て石になって死なすかボケ。そういうこと。


「ほな天下さんには騒乱してもらいましょ。魔王さんなら大丈夫、きっと」

「はぁ!?」

「おいて」

「宰相、かっか……?」


 もう決めた。恋千代が好き。絶対に哀しい思いはさせてなるものか。

 むろんこちらもお人として。同じ理不尽の海を泳ぐ同士として恋千代の覚悟には感じるところが大いにあった。


「実益さん、茶々丸も。身共に味方してくれる?」

「おい子龍、理由を話せ。まずはそこからやろ」

「お前はいつもいつも……、せこいぞ菊亭!」


 嘘つきだしせこい。業腹だがそれは片一方の事実でもある。何しろ否定しようにも話せない内容が多すぎた。

 我ながらしんどい人生だとしみじみ思いながら天彦は、だが何故だかは明かせない。あまりにも荒唐無稽なメタだから。だからゴリ押す。己のあるかないかわからない魅力と信頼度の一点突破でこじ開ける。


「恋千代はこのまま身共が匿います。でないと兄御前に成敗されてしまうから。それを惟任が望むから。お願い。最初で最後のお強請りなん。身共に協力してください」

「子龍お前は口を開けば一生強請ってるやろ」

「嘘をつけ嘘を。お前の口からはお強請りしか聞いたことあらへんわ」


「あかんのん?」

「あかんやろ」

「まあアカンわな」


「ほんまにほんま。あかんのん?」

「しつこいぞ」

「うざいんじゃ」


「じゃあ絶交するん。ぐすん、つらたん」

「おま」

「おまっ」


 二人は声を揃えて発狂した。激しく地団太を踏みながら。嘘つきだしずるいヤツであることをさっそく実証してみせた形だが、どうだろう。二人はどう感じているのか。

 実益と茶々丸はむろん続けて激怒の言葉も吐き浴びせかけるが、だが言いながらも最終的につづく言葉は、はぁしゃーない。なのである。

 はいチョロ。一丁上がったところで、天彦は恋千代に向き直る。むろんこのお二人さんけっしてチョロくなどない。天彦だから成し得た技。


 そんなことはどうでもいい。天彦としては文字に通じる清廉な人にほど長く生きて頂きたい。そんな単純な思いも少しあって身内に取り込むことに決めた。


「この通り身共の最も信頼するお二人さんからも信を得た。お前さん、もううちの子やから。天下さんであろうとどこのどなたの将軍さんであろうと、誰が相手でもどうぞ、お好きになさってください。身共は全身全霊を以って当たらせてもらいますよって」


 ということやで。

 天彦はここにはいない誰か複数に向けて宣言するかのように言い放った。


「でた。子龍おまえ」

「はい出ました」

「しゃーないな。家来の覚悟や付き合うたろ」

「おおきにさん実益」

「確と貸したぞ」

「うん、確と借りました」


 主従のやり取りを受けて、


「あちゃぁ。アホとアホが共感しあって本気のアホになりよった」

「なんや真のアホは傍観か。おい茶々、何でもいっちょ噛みのお前にしては似合わんの」

「舐めるなっ」

「やるんか」

「やらいでか」

「ふっ、それでええ」

「やかましいわっ」


 カリスマの合意もなった。


「……!?」


 一人状況が飲み込めない彼女だが、細川恋千代は自身の覚悟によって当座の生存を勝ち取るのであった。今はその事実を持ち帰れればいいだろう。

 何しろ彼女、幸か不幸かあるいは善きにつけ悪しきにつけ、こうして史実には名さえ知られなかった存在がもはや中心的役割を得て、激しい歴史のうねりに巻き込まれていくのだから。天彦のせいで。ご愁傷さまです。ちーん。


「わかった!」

「なんや亜将、いきなり大きい声出して」


 すると実益が恋千代を指さし、


「お前さん、れ文字姫さんやな」

「まあ、よくぞご存じで」

「おう。実はお前に文を認めたことがある。むろん返ってはこんかったが」

「その節はご無礼を」

「いいや。麿より深刻に入れ込んでいたんは光宣や。だがそうか。お前があの……」

「然様にございます。よろしければお見知りおきくださいませ。細川恋千代と申します」

「見知ったぞ。近衛中将西園寺実益である」

「三つ巴の君に覚えて頂くなど光栄至極に存じます」

「うむ、苦しゅうない」


 さすがに天彦の理解も追いつかない。実益と恋千代は当人らだけに理解できるともすると仲睦まじい雰囲気を醸造して距離を一気に縮めてしまうのであった。


「おい菊亭、あいつ生かしておいてええのんか。全部浚っていきよんぞ」

「あかんやろ。あかんに決まってるやろ」

「そやろ」

「うん」


 そういうこと。天彦も茶々丸の厳に100同感だった。願わくはイケメンの文言も欲しかったがいずれにしても、イケメンで無双できるレベルの茶々丸さえ嫉妬に悪態を吐きたくなるほど西園寺の俊英が放つ美貌は極まっていたのであった。


「そうとわかればこれは大事。菊亭より当家に参れ。その方が百倍安全ぞ」

「まあ。よいのですか。嬉しいです」


 スペックえぐっ! ほんでなんそれ。

 教訓、イケメンはどの場面でも無双するとしたものである。


「もう全部実益が解決すればいいと思う出汁憐れ。字余り」

「月が綺麗や。つまり結局出汁なんかい。字余り」

「いやその前に下手すぎ!」

「上手い下手なんぞ亜将の前にはごみ屑や」

「ほんまやね」

「菊亭、ほな帰ろうか」

「うん帰ろ」


 脇役二人はそっと震えて合意する。

 いずれにしても十年後を見据えた悪巧みはどうにかなりそうである。その前にイケメン爆ぜろ、シンプルに。













【文中補足・人物】

 1、細川恋千代(ほそかわ・れんちよ数え14)

 第十九代細川京兆家当主・細川昭元の妹、室町幕府34代管領細川晴元の娘、

 母は六角定頼の娘、兄昭元の妻は信長の妹御前であるお犬の方、朝倉義景正室の姉御前を持つ(名前不詳)

 猶、天彦の曽祖父今出川季孝すえたかの室は六角定頼の妹なため、かなり遠いが天彦とはガチに血縁のある親戚筋の可能性も少なからずある(じっじの生母が不明なため)。

 彼女の文才を認めていた兄昭元は彼女をしばしば祐筆として使い、また彼女自身も好んで文をしたためた。特に有力な公家の子弟には多くの文通相手がいたとか。

 またこの時代の女性は名を伏せていた。しかも加えてこの時代女性は花押を使えなかった。すると送り主が誰だかわからない。恋千代は花押の代わりに“れ”と揮毫して自らの証と代えた。ため一部文通先では“れ文字姫”と呼ばれている。











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― 新着の感想 ―
[一言] ほーん今年最後の満月… 見たかった!! お疲れさまです〜前章はなかなかの難産でしたのね…それなのに好き勝手に感想書き散らかして失礼しました…。 というか仕事の〆切と資料作成に追われて忙し…
[良い点] いつも楽しく読ませていただいています ほぼ毎日投稿してくれているのがとても嬉しいです [気になる点] 誤字報告ではないのですが 文中補足の曽祖父今出川季孝は六角定頼の妹なため とありますが…
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