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雅楽伝奏、の家の人  作者: 喜楽もこ
肆章 切切偲偲の章

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#02 有罪無罰の系譜、乙

 



 永禄十二年(1569)三月十七日






「続けよ」


 天彦は慎重に言葉を選ぶ。間違えると終わる。そんな無言のプレッシャーに曝されながら。


「この加署(署名)のことを仰せにあらしゃりますか」

「で、ある」

「堺攻略にその都度認可を待たせていては行動に支障をきたすと追認形式をとっておりました。ですのでこの加署が身共の自筆やのうてもそれは身共の責任におじゃります。誠に申し訳あらしゃりません。この通りにおじゃります」

「なぜ公家に堺の攻略が必要ある」

「いずれ繋がって参ります。今はその時にあらしゃいません」

「いずれ、いずれか。舐め腐る」

「くっ」


 謝意100の土下座。これはスタイルではない。本心からの姿勢である。

 さすがに魔王とてここまでの屈服姿勢は見たこともないはず。天彦はここぞとばかり全力で謝意を示した。


 天彦は貴種。有罪無罰の血族である。だがその仕来りを余裕でぶっちぎる代表格が目の前の人物。土下座のやり甲斐もたっぷりあった。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。心の中で五十回ごめんなさいを唱えてみると。すると誠意が通じたのか(棒)、信長が、


「貴様のことだ。必ず辻褄は合わせるのであろうよ。もうよせ。それでは話にならぬ」

「はい」


 定型文を読み上げた。天彦は顔をあげる。


 むろんそんな定型句はないのだがなぜだかそうではないかと勘繰ってしまうほど感情を極めて殺した表情で言ったのだ。あるいは懸命に探せば呆れという単語が見つかるかもしれないが、そんなもの必死で探したい者は誰もいない。そういうこと。


 目が合うと信長はもうするなと目で咎める。なんと土下座禁止令である。天彦は即座に首をぶんぶん上下に振って秒で従う。本来そんなことやりたいはずもないのだから。


「さて狐。訊くところによると貴様に頭を下げられた相手は必ず凋落すると都では専らその噂で持ち切りとのこと。如何」

「京雀さんらもお暇なのでしょ。尤もそんなお方さんは身共が頭さんを下げずともいずれ凋落されますのでは」

「否定せぬのか。呪いではないと」

「はは、まさか。しかし第六世界あるいは畿内に君臨なされる天魔王さんとも思えぬお可愛らしいお疑問さんにあらしゃいます」

「なにを」

「呪いや呪詛を信じておられるお方が、寺社と敵対するでしょうか。身共にはわからしゃりませんけど。どうしてもと仰せなら半笑いで――」

「ちっ。で、あるか」


 せーふ。


 お許しの言質を頂き当座最大の窮地は脱せた。信長は天彦の行動と何らかしらの法則を紐付けたいから訊ねたのだろう。合理的思考なだけに考えていることが実によく伝わった。便利。


 さてと天彦は家来を探す。やはりと言うべきか誰ひとりとして天彦と目線を合わせようとする変わり者はいなかった。正解です。

 皆すでに主君のやり口には明るくなっている。中にはうんざりしている者もいるのだろう。お願いだから口を閉じてのシュプレヒコールが幻聴で聞こえるようだ。ラウラお茶。

 期待に沿えるかは展開次第。天彦はからっからの喉を潤して第二ラウンドの鐘を鳴らせる。その前にこうなった経緯をさらっとおさらいするべく有余時間を申し入れる。


「少し思案の時間をください」

「ふん」


 くれたということで。

 信長が天彦に手渡した文は認可状であった。中身はこうである。



 原文)

 父権八時國去七月八日、於河内国光前寺合戦討死、神妙是哀悼之至候、雖為女子、遺跡事相計、以代官軍役奉公動之、当知行領掌不可有相違之状如件、恐々謹言


 八月朔日 藤原朝臣六位蔵人今出川内菊亭天彦 花押 片岡野蘭殿 進之候



 意訳)

 貴殿の父、権八時國が去る七月八日に河内の光前寺合戦で討ち死にしたことを神妙に受け止め哀悼する。貴殿は女子の身であるが父の跡目をどうするかよくよく考え、代官に軍役・奉公を務めさせたいのなら現在の知行経営を引き続き認めるものとする。


 八月一日 藤原朝臣六位蔵人今出川内菊亭天彦 花押 片岡野蘭殿



 あ、はい。誰が。どの立場で。何を。射干党さぁ……、死ぬの?


 ラウラを見咎めようと思ってさすがに遠慮してやった。可愛そうすぎる。これの責任を求めるのは。絶対にござるとため口のふたりのせい。違ってもどちらかは必ず絡んでいる。悪い方の勘だけはやたらと当たる不都合な直感が訴えていた。


 というよりなぜ自分が発給した手紙の中身を自分が読み解かなければならないのか。その不毛さたるや。……ラウラ、この貸しはでっかいで。言った尻から秒で八つ当たってしまうのも人情か。ゆーとりますけど。我慢ならん!

 天彦がその意を込めて横目でラウラを見咎めるも彼女はすでにお星さまになっていた。ちーん。



 閑話休題、さてしかも中身は所領の安堵状。並びに家督相続の承認。清華家今出川として枚方城及び城の版図である河内国交野郡樟葉荘・牧野荘の所領安堵を約束しかつ相続人を承認した公文書であった。

 花押で十分なところご丁寧にすべてみっちり書き認めてあった。むろん家来の誰かの代筆で。


 泣き言を言っていても始まらない。天彦は涙目で細部を紐解く。

 まず可怪しな点がいくつか見えた。いやこの短い文言の中にいくつも。つまり第一感かなり粗いと思って正しい。状況はわからないが相当やっつけ仕事であろう。

 第一に守護を飛ばした所領安堵。これは菊亭サイドだけではなく片岡家の応接にも疑問を覚える。河内守護なら畠山高正であろうか。あるいは三男の秋高か。この時代河内国は半国統治だったので。それとも守護代の遊佐信教か。いずれにしても大名である。木っ端公家の出番はないはず。


 第二に相続人が片岡野蘭となっている。普通に考えて女性名でろう。井伊直虎や立花誾千代たちばな・ぎんちよの事例もあるのでなくはないのだろうが突飛すぎた。尚且つ天彦は朝廷の人間。他はやっていいが菊亭がやってはダメなやつ。そういうこと。


 第三に代官に任せよの文言である。通常なら然るべき相手を婿に迎えよの一言で解決である。するとこの女城主は結婚適齢期ではないと読み解ける。かなり上かかなり下か。この場合はおそらく幼女、もしくは少女なのだろうと推測される。つまり傀儡。背後の誰かと裏で手を握っている図が思い浮かんではこないだろうか。普通は浮かぶ。


 しかも考えれば考えるほどよろしくなかった。河内国交野郡は河内・大和・山城の三か国の国境にある要衝の地。だからこそ堺攻略の拠点とし堺と京とをつなぐルートとして射干党が目を付けたのだろうが、そのずっと以前から織田氏の唾がついていた。

 河内国交野郡津田。はいもうお察しです。津田氏とは織田氏の庶流。直系一門衆も迎え入れまたは輩出する織田内部での名門一党である。たとえば三郎信長の実弟信勝の子、津田延澄などが該当する。あっ。

 その織田一門衆の津田氏が間接的にせよ支配する関連所領に勝手に口を挟み、尚且つ所領安堵とか狂っているのか。狂っている。おいヤバいぞ菊亭は。となったのだろうおそらくきっと。


 この話がどこまで上に上がっているのかはわからない。信長のレベルで止まっているのか、それとも守護畠山か、あるいは既に将軍義昭まで上がっているのだろうか。はたまた逆にこの問責の結果如何で上げる先が決められる可能性も否めない。将軍さんはあかんやろ、ゲロ吐きそう。


 天彦は自らの承認した状況を推察するという不思議に心底うんざりする。


「お茶を頂いてもよろしいですか」

「貴様の屋敷だ、好きにいたせ」

「では。茶を淹れてくれ。熱々でな。信長さんは」

「頂こう」

「ではお二つさん」

「はっ」


 小休止。


 茶が運ばれてずずずと頂く。うひょ。天彦は絶対にバレないようにハッとした。

 やりおる是知。まさかのここに来て二級茶葉を出してきたのだ。何という度胸、何というバカさ。是知はさす知だった。

 

 天彦は是知の評価をこっそり二段階引き上げそっと再開。バレたら氏ぬ。


「五つ六つほど首を撥ねて仕舞おうと思うたのだが、中々どうして女々しい男じゃ」

「家来思いよなと言い換えてくだされば、身共も素直に光栄さんにおじゃりますと応じることが適いますのに」

「抜かせしゃらくさい」

「あ、はい」

「馳走になった。二級茶葉にしては乙な味じゃの」


 ぬおっ。おもくそバレとるやんけ! でもせーふ。


 天彦の応接は正しかった。少なくとも家来の命は救っていた。信長の表情から、言葉が嘘ではないことが読み取れた天彦は心底から安堵する。

 おそらく射干党を率いてこれを何らかの形で指揮したラウラが獲られていたことだろう。否応なしに。御家制度とはそういう性質のものだから。

 信長としては穏便にトカゲの尻尾切りで手を打とうとしてくれているのだろうけれど。しかも100の恩情で。むろんありがた大迷惑だが身が入った。


 天彦としても言い訳はあった。堺攻略はすべて射干党に丸投げ、ラウラに一任していたのだ。しかも特に意味はなかった。だが信長の目にはそうとう不審に映っていることだろう。想像はできる。今回はその迂闊さのツケが回った。だから身共ワルクナイ。悪い。


 堺とはかなり距離がある。未来の現代人が思う何倍もずっと。

 そのため指示命令はすべて追認方式を取っていた。家来の家来などは顔も知らない。故に場合によっては奉書(天彦の意向を受けた家来が出す命令書)を認めていた。今回の認可状である。さすがに酷ない射干党さん。


 だがそれらは内情。対外的には通用しない言い訳である。よってこの認可状も天彦の振り出したものとなる。但し天彦が認めればだが。この時代いくらでも偽造文が出回っていたからだ。

 だからといって知らぬ存ぜぬは通用しない。すでに土下座外交に踏み切っているから。先に思いつけばやり方は違った。天彦なら口先でいくらでも逃げ口上が思いついたから。

 ところが今は思いつくだけで言葉にはできない。家来の首が物理的にちょんぱされてしまっては滑る舌もざらついてしまって尤もだった。



 閑話休題、

 さて弱った天彦は必殺奥義、身共子供やから堪忍さんなんの巻を繰り出し。

 現在の津田荘がどうなっているかを知らない。その補完を兼ねおっかなびっくり三郎信長に訊ねてみることに決めた。


「狙いはなんぞ、どこにある。余が知りたいのはその点だけよ」

「狙いなどあろうはずもおじゃりません。阿呆な身共に何卒、どうか津田荘の経緯やあらましを教えてください。お願いさんにあらしゃります」

「本気か」

「はい」

「ふむ。どうやら存じぬとは真実のようであるな」

「はいっ」

「たわけが、誇らしげに胸を張るな」

「はぃ」

「極端に萎れるでない。まったく貴様ときたら」


 勝ったったん。


 困らせたら勝ちの巻。

 確かに二択なら勝ちであろう。勝利をもぎ取った天彦は意気揚々と質問を浴びせた。


 信長曰く河内津田氏が依頼してきたらしく、まあ彼方で在り来たりなお家乗っ取り工作でもしていたのだろう。それとももっと直接的な戦闘を交えたか。

 ところが片岡家には清華家の所領安堵状と尚且つ跡目を約束する認可状まで出てきてさあたいへん。守護と縁戚の二択で思案し、河内津田氏は縁戚を選んだ。

 そこには欲目もあったのだろう。さっそく本家主筋にあたる目下飛ぶ鳥を落とす勢いの織田弾正忠家に仲裁を打診したという流れのようだった。待てよ。……河内津田家。


「こちらさん、ひょっとして先の戦で阿波さんに御味方してはりませんでしたやろか」

「知らぬとは。貴様」

「う」

「おい狐、さすがに看過できぬぞ」

「ぼ、忘却も含まれますよね知らないという字義の内には。はは、ははは、あはははは……ごめんなさい」


 ごんっ。


 

 ぬおぉぉおおおおおおお!


 

 く、首とれ、あ、はい。軍扇の破壊力ヤバない。一発ごとにIQ15くらい持っていかれていそうなんやが。

 口がすべった。まじでしくった。だがそれでもどつくことはないはずだ。天彦は猛然と抗議する。むろん建前。それを口実に最悪の状況から脱したい一念で。


「痛いです。もう厭になりました。帰らせてください」

「ふん、ここがその帰宅先であろうが。それとも他に隠れ家でもあるのか」


 あるかぼけ。うぅ痛い。


 腹立つわぁ。

 だがまさにその通り。さすがの五山のお狐さんでもぐうの音もでなかった。
























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