#06 意気揚々と街に繰り出し5秒で絡まれるキッズやつ
元亀二年(1571)四月四日
桜舞い散る菊亭公家屋敷裏門。そこから程近い隘路にて。
「若とのさん。そんなずぼらなお姿さんで、いったいぜんたいどこに参らはりますのん」
「ぎく」
こそ彦が振り返ると三色団子をむしゃむしゃ食む、自称菊亭一のお家来さんの姿があった。
「むしゃむしゃごくん。わざとらしい“ぎく”をどうも。で?」
「お雪ちゃんこそわざとらしいむしゃむしゃやな。何してるん」
「先に訊いたのは某です。お答えください」
「北野天満宮さんやで」
「某、誘われてませんけど」
「誘ってないから当然やな」
「あ」
「あ」
懐から取り出したべっ甲飴で買収(お詫び)して。
「おおきにさんです。御供も連れずに?」
「これにはマリアナ海溝より深~い事情があるんやで」
「まりあなさんて何ですやろ。この飴ちゃん甘くて美味しいですね」
「この場面、そこに引っかかるんはなんか違うで。美味しいさんやろ、またあげよ」
「さようですか。おおきにさんです。それで、どないしはりましたん。御供も連れずにお家抜け出さはって」
「御供は……、捕まえた! ほら、こうして青侍衆筆頭のお雪ちゃんが居てくれてるやん。やろ?」
「あ」
「あ」
雪之丞は基本自信家ではない。ただ少し自惚れが強くて食い意地が張っていて空気が読めない天然素材なだけで。
「頼りにしてるというこっちゃ」
「取って付けたように。で、天満宮さんに何をしに参らはるんですか」
「オモシロを探しに。やなくて、武官採用面談の面接官を仰せつかった」
「面接官? はて、どなたさんから」
「何でもかんでも身共に丸投げする、人使いのオニ荒いど阿呆のど畜生さんからや」
「ああ実益さん。つまり太政官府に侍る青侍採用面接ですね」
「そや」
「なんで御供を付けはらへんのです。危なないんですか」
「危なないよ。上杉さんが参らはってからの京は、息も凍るほどの静寂が降りていると専らの噂やし」
「織田方と上杉方の市内見回り組のにらみ合いは壮絶やと、たしかに市井での噂らしいですね。さてはそのお噂の検証ですか」
「まあ、そんなところや」
「安全ですやろか」
「安全やろ。知らんけど」
「そこは知ってくださいよ。でないと某、青侍衆に報告せんとあきませんやん」
「たった今知った。洛中は安全ねん」
「ほな参りましょ」
「ん」
それでいいのか雪之丞。いい。らしい。
天彦は束帯でも衣冠でも直衣でもなく、日常的に纏う作業着的狩衣を着て屋敷を出ている。奇しくも雪之丞も。
むろん狩衣なので生地は粗末で作りも荒い。家紋など入っているわけもなく、360度どの角度からみてもこの国のナンバー2とは思えない。
なぜそんな姿で臨むのか。一に言葉通りオモシロを求めて。二に採用する青侍の本音の意気込みを探りたいから。配分は4:6.あるいはその逆の6:4でもいいのだが、いずれにせよあまり乗り気ではなかった。
それはそう。
必死の全力で後宮へと向かうよう説き伏せてくる、何らかの密命を帯びているのだろう烏丸光宣を、こちらも必死の全力マンキンで撒いたのに。
何が哀しくて持ち場ではない人事にまで首を突っ込まなければならないのか。
現場で待ち受けているのはどうせ西園寺家の重鎮諸太夫なのだ。ただでさえ煙たがられているところに、抜け抜けと間抜け面を晒して参るほど天彦は厚顔無恥ではない。普通に考えて気まずい。気まずすぎる。
その気まずさたるや。満員電車の車中で眠りこけて何かの拍子に有線イヤホンが外れて、爆音でエンドレス聴いていた46億年LOVEが漏れ出たのと同じか、あるいはそれ以上なのである。
「久しぶりですね、お忍び探検。某わくわくします」
「レッツゴー!」
「おー!!!」
この二人が集えば天下無敵である。何が。何を。どこの。は?
無粋な真似は控えておくとして、本来、武家執奏は西園寺家の領分だ。いやだった。これまではそうだった。元号が元亀に入り室町幕府が消滅した今、執奏としての正式な任は解かれている。
この武家執奏。おさらいすると公武との繋ぎ役を意味する室町幕府に認められた正式なお役目(役職)であり、即ち公家と武家との良好な関係を取り持つ仲裁または橋渡し役として内裏内でも重要な役割を担っていた。
だがこのお役目。目下宙ぶらりん状態で誰もなり手がいなかった。
この担い手不足は深刻で、太政官府でも公募を募っているとかいないとか。それでも応募がゼロだと訊く。それほどの不人気職に成り下がっていた。
それはそう。このお役目、実を明かすと魔王とドラゴンとの仲裁役も兼ねるのだ。誰が好き好んでそんな地雷原に突っ込んで行くのか。厭すぎる。どんな甘い報酬をぶら下げられようと控えめに言って御免である。
といった鬼面倒なお役目を、室町第が消滅してしまったことをいいことに西園寺家の俊英新任太政大臣閣下は、このお役目をていっ! と、放棄。まんまと実務担当の天彦へと押し付けたのだった。とか。
「お仕舞いお仕舞い、ちゃうねん!」
「若とのさん!?」
「こっちの話や気にせんといて」
「気にしますて」
「さよか。ご馳走したるから気にせんといて」
「はい。ほな気にしません」
北野天満宮へと向かった。
◇
「お公家さん。えらいご不便掛けますけど、申し訳ございません」
そこには忌避すべき死の穢れも憐憫の情もない。
ただ、生と死を切り離すことなく受け入れるための厳然たる儀式が行われていた。
つまりお葬式である。
憐憫の情がないは盛ったが、二人がぷらぷらと歩いているとお葬式の場に行き当たった。
規模的に町内葬なのだろう。そうとうな数の参列者の列ができていた。
その様子からも故人の生前の生き様が想起されるのだが、帝にお仕えする公家は穢れを忌避するのが通例であった。
もちろんあくまで内裏の常識、公家社会の一般論だ。例外中の例外であるイレギュラー存在には当てはまらない。
「かまへんよ」
「穢れを忌避されませんので」
「せーへんよ。な、お雪ちゃん」
「はい。お葬式ですやろ。どなたさんが亡くなりはったんや」
「はい。主人が……」
「若とのさん、お香典置いて行きましょ」
「ん、あんじょうしたって」
「はい。女、主がこう仰せや。お悔み申し上げます。これが今の有りっ丈や、遠慮せずに取っておけ」
「え、こんなぎょうさん……」
「え、やない。御家の大黒柱がのうなったんや。これから入用のちび抱えて、困るやろ」
「あ、ありがとうございます。何もお返しできませんが、せめてお名前だけでも御聞かせくださいませんか」
「名乗るほどの、痛い! 何しはりますの」
「ええことしたんや、名乗らんかい」
「え」
「えやない。今の家はカッコつけてるゆとりはないんやで。ええことしたときは盛大名乗っていい人そうキャンペーンを張ったらんかい」
「奇麗事やってますプロモーションとか、ダサいから厭です」
「やかましい」
あとそこまでは言ってない。
だがこの主従のバカ騒ぎは参列客の目を引いてしまう。
すると後家の親なのだろう父親が、野次馬の列を縫って天彦たちの前に進み出た。
娘が頂戴した雪之丞のポケットマネーを確認するや、仰天の眼差しで固まると突如としてその場に膝をついて叩頭した。
「お公家様。ありがとう存じます。不遜とは重々承知しております。されどこれだけの御温情を頂戴したのです。平民とてただご温情に預かっているばかりでは立つ瀬がございません。何卒お名前をくださいませんか」
「名乗るまでもない木っ端公家の木っ端用人におじゃる。苦境に立たされている民草が恩に着る必要はおじゃらぬ」
と、天彦はいつも通りの言動不一致の挙動を披露し、有りっ丈の粋を張った。
当然雪之丞に“ご自分だけいいカッコして”のジト目を送られる。
だがそんなことは気にも留めず、天彦はいい気分で言い放つ。何か困りごとがあれば当家を頼れと。
おまけに愛用のサブ扇子をさっと預け渡し後家に下賜してやるのだった。
「アホやん」
「誰がじゃい」
「若とのさんに決まってますやろ」
「なんでや」
「あいつらの顔見ればわかりますやろ」
「……あ」
逃げろ。
扇子に描かれた家紋を見た民草は、見たものから順々に、地面に額をこすり付けていった。
そして誰もが同様に敗北した国の奴隷でさえしないだろう屈服の態勢で、感謝という名の畏怖の念を体現していくのであった。
まんじ。
◇
「おいそこの公家、首を振って指を差し合っているお前らや。そう、お前ら、待て」
ええええ。
どんな!?
この気品あふれる風体を前にして。軽々しく声を、しばく。
天彦はそんな感情で雪之丞と目を合わせた。
「どこが平和ですの、秒で絡まれてますやん」
「お雪ちゃんのせいやろ」
「何でですのん、若とのさんのせいですやん」
「アホを申すな」
絡まれていた。おそらくは町人の、いや腰の物から判断するならどちらかというと武家よりなのか。
いずれにせよ富裕層であることは間違いない三人組の悪ガキどもに。
やはり二人そろえばネタに尽きない。ある意味無敵である。笑
「おいそこのシバイヌ眉。待てと申す」
「待つけど。柴眉はやめとけシバく」
「あははは。弱そうな成りをしてシバくんか。それはええこっちゃ」
「ふん」
基本はこの手合いを相手にはしない。だがこれが目下の公家に対する距離感なのだと痛感すると、どうしても興味が勝ってしまう。
天彦にはそんな感心と関心が生じる。興味が生じたらもうお仕舞い。
仮説を立てたら立証せずにはいられない。未知との遭遇には理解せずとも納得せずにはいられない。
数式を解き明かせない気色悪さは天彦を最も苛むものの一つだった。
よし。ええやろ。この小芝居、付き合うたろ。
「そうふてるな。公家眉。これでええか」
「ええわけあるかっ!」
「そう気張るなよ。どうせ半家の半端公家やろ。それも家業には用事のない次男坊以下の」
「そう申すお前さんは、どこのどなたさんなんやろ」
「儂は商家の御曹司や。叔父上はこの度、半家に昇爵された貴人であるぞ。控えおろう」
「あはは、おもろ。お前さんのオモシロに免じて予言したろ。お前さんそう遠くない明日、その口で大きな災いを呼び込むと」
「ぺっ――、言わせておけば。まあええやろ。世間を知らんガキのようやし」
生意気そうな三人組を牽引する悪ガキ大将は、ぺっと唾棄と共に気焔を吐くと天彦の実に当たりそうな予言を一笑に伏した。
そしてガキ大将は天彦を下目使いに睨みつけると、
「で、その陰陽師公家はどこに行くんや」
「陰みょ……、天満宮や」
「奇遇やな。儂らもや。丁度ええ、随行せえ」
「随行、やと。ほならお前さんは太政大臣さんなんか」
「あははは、そら景気のええこっちゃ。おう儂は未来の太政大臣様や。随行せえ陰陽師公家」
「なんでや」
「阿呆か、シバイヌ眉を従えている方が箔がつくからに決まってるやろ」
「誰がアホじゃい!」
「お前がやろ」
「おのれ……」
やはりDQNとはどう歩み寄っても波長が合わない。
天彦が間の取り方に苦心していると。
天彦の陰に隠れて気配を殺していた自称菊亭一のお家来さんが、満を持して言葉を発した。
「若とのさん、ここは我慢です」
「お雪ちゃんさあ」
「ええから。ここはじっと我慢です」
「……さよか」
ぷるぷると肩を震わせ怒る天彦を、珍しく雪之丞が諫める。
公家に対する庶民の応接にも驚きだが、それにも増して雪之丞のこの応対には驚きを禁じ得ない。あるいは雪之丞の視野の広さに。
というのもガキ大将が従える二人組の片割れが、腰に佩いたさらピカの刀の柄を撫でながら、今にも試し斬りをしたそうな剣呑な目をして、天彦をじっと見据えていたのである。
どこでワクテカしとんねん! じんおわ。
自分の世界を単純に言語化できる確たる方法論を持っている時点でそれはもう信仰となりうる。
これは天彦がよく口にするいわばフレーバーテキスト(進行に影響しない口癖)のような持論である。
だがこんな信仰は厭だ。その最たる代表格が目の前にいて、今にもイッツマイワールドを解放しようとワクテカしていた。こんな場で自分の世界を展開されてはたまらない。
ならばどうする。触発しないよう穏便にスルー一択。それしかない。
「びびったんか」
「びびった」
「ほう、生粋の公家はそんなもんか。もっと意地を張ると思ったけどな。案外素直なんやな。見直したぞ」
「どうでもええわ」
「褒めたったんやぞ、ありがたく頂戴せんか」
「痛いやろ! どつくな」
「何を――」
ガキ大将が天彦の肩を小突いたその時、背後に控えていた子分AとBが騒ぎ出した。
「おい又蔵、あれを見ろ」
「なんや騒々しい。……ふぁ!?」
彼らの視線の先には、見事な馬体を誇る駿馬に跨る武人の姿が。
この乗馬が許されない洛中にあって、鞍上にあるだけでそのおよその身分は知れるのだが、中でも彼はこの都で名が知られた京雀に大人気の人物であった。
「かっこええお武家様や。いったいどなた様なんやろ」
「おい又蔵。お前、あの御方を知らんのか」
「知らん」
「呆れた。あの御方こそ陸奥石巻の悪四郎様じゃ。先の帝が催された天覧馬揃え会に措いて、主賓であらせられる織田様に天晴れとお褒めの言葉を頂戴為され、金貨千枚を賜った当代一の豪傑様よ」
「あの悪四郎か!」
「そうじゃ。それ以降目立ったご活躍の噂は耳にしておらぬが、やはりああして見事なお役に就いておられたか。おい、何をぼやっとしておる。ご挨拶に参るぞ」
「お、おう」
三人のうっかりさんはそそくさと向かっていった。当代一の誉れ高き豪傑様の御座す騎馬の下へ。
その当代一の豪傑様が毎夜泣きを入れては酔った勢いで、鬼の高虎率いる高虎隊からの脱走を試みている弱虫四郎とも知らずに。笑笑
だが幸か不幸か。鞍上の侍が先にこちらの存在に勘づいた。
すわ一大事。とばかり両の眼を見開くと先陣を駆ける一番槍の突貫の如く、駿馬を駆って馳せ参じた。
その猛威たるや凄まじく、砂塵を巻き上げ、周囲の驚嘆も物ともせず、見事な手綱さばきであっという間に騎馬を寄せた。
寄せた騎馬の手綱を追っ付け追い付いた槍持ち従者に預けると、自身は颯爽と鞍上から飛び降り、瞬く間に膝を屈して叩頭した。
「殿――ッ!」
誰に向け威儀を正しているのかは一目瞭然。すると周囲はぽかんである。
中でもガキ大将とその子分AとBは唖然として酷かった。
天彦いやワル彦は、そんなガキ大将を尻目に言い放つ。
「弱四郎。逃げずにお役目は果たせておるのか」
「っ――、はは。殿の御恩情並びに主家菊亭様の御面子に懸けましても、この弱四郎、二度と弱音ははきませぬ所存にて!」
「声だけは無駄に大きいな。まあ無理せず気張りや」
「はは――ッ!」
配置換えを許したのは何を隠そう天彦である。
高虎は切腹すら許さぬ断固とした沙汰を臨んだが、天彦は自分が預かるとそれを固辞して、三介に相談。京都奉行所預かりとして今に至る。
「四郎さん、お元気そうで」
「朱雀様こそご健勝そうで何よりにござる。某のことはどうか弱四郎と」
「ははは、懲りたはる人を追い落とすような真似。ときにお願い事あるんやけど訊いてくれへん?」
「はっ、何なりとお申し付けくだされ」
雪之丞は見せたことのないいい(悪い)顔をして、こそこそこそ。
それを耳打ちされた葛西四郎清高はぎょろ。
魔王をしてあっ晴れと言わしめた胆力を剥き出しにして、三人組を睨みつけて言い放つ。
「貴様ら、よい度胸をしておる。だが度胸だけでは日ノ本の広さは図れぬぞ」
「いや、あ、……え」
「儂にもそんな時代があった。これも神仏のお導きか。よかろう、儂が預かって進ぜよう」
え、えええええええええええ……。
弱音こそ吐いたが悪四郎。当代きっての武将の一人であることは紛れもなく。
高虎に目を付けられた不運を除けば、菊亭でも一二を争う武人でもある。
その四郎が請け負ったのだ。悪ガキ三人の矯正は確定したのも同然である。
と、ここで天彦はつんつん。雪之丞に促されネタばらしに興じることにした。
「待て」
「はっ」
ばさ。
天彦は懐から愛用の扇子を取り出すと、家紋が描かれた面を燦然と掲げ見せた。
「お前さんが陰陽師木っ端公家と誹った身共の名は――、菊は朝家、藤は公家、桜は庶人、では紅葉は。で、お馴染みの菊亭天彦におじゃりますぅ」
「きく、てい、え」
「ふぁっ、……六郷満山の鬼神」
「そん、な……五山の御狐さま」
天彦の手には、目にもあざやかな朱が映える、菊亭家の象徴たる三つ紅葉紋が燦然と威儀を放っていた。
「ガキども、こんか!」
「ぎゃあ」
「んが」
「ひえっ」
四郎に軽々と引きずられドナドナ。
どうやら生半可な矯正教練では済まされないことは請け負いのようである。
「ナイスアシスト! さすがやで、お雪ちゃん」
「えへへ、そうですやろか。某も日進月歩。若とのさんの知らはらへんところで成長してるってことですね」
「それは盛り過ぎ」
「ひどっ」
約束の刻は巳刻隅中。すでに昼四つの鐘が鳴って、一刻はたっている。
「やば」
「急いでもどうせ間に合いませんやん。そこの茶店に寄っていきませんか」
「……それもそうやな」
「それしかありませんて」
やはり無敵の主従だった。ルビにバディと打つ感じの。




